第12話 旅路の果て


 アストラルギフト『エンカウンター』、会敵の数だけ対象者の全能力を上昇させていくギフト。


 アリステアの味方、つまりはアリストス世界全てが敵となった俺にとっては誰かと出会うたびに際限なく能力を強化する力となっていた。


 俺はアリステアを断頭台から救い出した後、彼女を抱えてアレクサンドリアの街から逃げ出した。逃走を邪魔する民衆も、全力で追いかけてくる兵士たちも、誰一人俺の相手にはなりえなかった。


「ある意味で、便利なギフトね。世界全てを敵に回すなんてハイリスク過ぎるけど」

 10キロメートル以上は走り続けた先で、小脇に抱えられながらアリステアは嘆息する。


「お前のせいで世界が敵になったんだがな」

 ようやく追手をまけたようなので、俺は彼女を地面に下ろして真正面から文句を言う。


「あら、誰か助けて欲しいとでも言ったかしら?」


「お、お前っ」

 憤慨しかけて、どうにか気持ちを押しとどめる。確かにこいつは助けを求めてなんかいなかった。俺に、後戻りできなくなるとまで忠告した。

 だったら、俺の今していることはただの自己満足で……、


「だから正式にお願いするわ。タツヤ、。私はお礼に、私の全てをかけてあなたの願いをかなえるわ」

 アリステアは恭しく頭を下げ、真摯な声で俺に『助けて』と口にした。


「……あ、ああ。俺はお前を助けるって言ったんだ、それをなかったことになんてしない。だけどもしかして俺は、余計なことをしたのか?」

 あの時、アリステアは自身の死を受け入れていた。絶望がそこにあったとしても、こいつは毅然として全てを受け止めていた。そんな王の覚悟を、俺は汚したのか?


「余計、というよりはしなくてもいいことをしたってところかしら。私を助けない方があなたは幸せになれた。そういう意味ではタツヤの人生にとって余計なことをしたんじゃない?」

 意地悪そうにアリステアは微笑む。


「あの時お前を見殺しにして、幸せになれたとは思わねえよ。俺が不幸になった原因があるんなら、誰かさんが俺を異世界に釣り上げた一点だけだな」

 対する俺も精いっぱいの皮肉を込めて笑った。


「あら、ひどい人もいたものね。それじゃあその不幸を挽回するための話でもしましょう」

 アリステアは真剣な顔になってこれからの話を切り出した。


「1番始めに伝えたことでもあるけど、タツヤを元の世界に帰すためにはアリストスの王城に辿り着くことが必要よ」


「ああ、それはわかってる。だけどその前に、お前の呪いは……」


「現時点で解呪する術はないわ、それは星の図書館で確認済み。だけどそれも王城につけば解決することよ。だから私たちの目的ははっきりしている、『王城を目指す』。……徒歩でだけどね」


「ん、徒歩?」


「だって転移駅はもう使えないもの。おかしいと思わなかったの、私は最初に転移駅の移動は100キロメートル程度と伝えたはずなのに、アレクサンドリアまでは一度に3000キロメートルも移動したでしょ」


「あ、そういえばそうだったな。強引な調整をしたんだったか?」


「そう、世界を走る龍脈にかなりの傷がついたわ。だからむこう半年は転移駅は全て機能しなくなる。この世界の流通はメチャクチャね」


「お前、自分でやらかしておいて」


「あら今は兄様、アルステッドが王よ。後世には彼の治世になった途端に国が乱れたとでも書かれるのでしょうね」

 おほほほ、とアリステアは悪役貴族のように笑う。いいや、こいつは『悪』だな。


「お前を敵に回すと厄介なことはわかった。じゃあこれからは俺がお前を抱えていけばいいのか?」

 アレクサンドリアで大勢の民衆と兵士を敵に回した影響か、俺の能力は異常なほどに強化されている。10キロメートルを走り通しだったってのに呼吸ひとつ乱れない。


「悪くはないけれど、抱えられる側も意外と体力を使うものよ。私だってもう1回同じことをされたら吐く自信があるもの」


「お、おお。それは悪かったな」

 表情からはわからないがアリステアも結構限界だったらしい。


「だから今後は私の転移とタツヤの走りを併用して移動しましょう。魔力が切れても回復できるスポットまで運んでくれたら1日10回くらいなら転移を繰り返せるはず」


「だとしても二人の力合わせて一日の移動距離は50キロメートルくらいが限界か。残りは2000キロメートルくらいだったか、結構な長旅になりそうだな」


「それも何事もなければの話だけど。だって、私たちは街に寄ることも、宿に泊まることだってできないんだから」


「そういえば、そうなるのか」

 忘れていた、アリステアはあの街に限らず全ての場所で嫌われる。宿も買い物もあらゆるサービスを受けられないってことだ。


「野宿なんて初めてだわ。私を襲うのは構わないけど、優しくしなさい」


「だ、誰が襲うかっ」


 こうして、俺とアリステアの王城へ向かう旅が始まった。


1日目


 お互い初めての野宿、かつなんの準備もアイテムもない状況で俺たちは本当に仕方なく硬い地面に寝ていた。


「ちょっと待て、なんでくっついて寝たがるんだお前っ。少しは離れろっ」


「いやよ、タツヤは能力が強化されて少しくらいの熱さ寒さは平気なんでしょうけど、私は何もなしだと寝られないんだから。ほら、今のあなたは暖を取るにはちょうどいいわ」

 顔をこすりつけるようにアリステアは俺の胸元に抱き着いて、10秒後には寝息を立てていた。


「ふざけやがって、眠れねえよ」


2日目


「どうしたのタツヤ、不機嫌そうな顔して」


「一睡もできなかったからだよ。でも不思議だな、全然疲れてねえ」


「今のあなたなら一晩や二晩くらいの不眠、なんてことはないんでしょうね。さながら神話の英雄だわ」


3日目


「おい、アリステア。なんでわざわざ軍の施設を襲わないといけないんだよっ」


「だっていつまでも硬い地面で寝てられないでしょ? 食糧、衣類、寝具、生活調度、奪えるものは全部奪うわよ」


「いや、元国王の発言とは思えねえな。けどやっぱり何で一番難易度の高い軍隊を相手にすんだよ」


「民間の人たちから奪っても彼らには何の補償もないでしょ。軍からの略奪なら彼らは上から重い叱責を受けるだけで補充を受けられるわ」


「軍隊相手に矢面に立つ俺の心配はないんだな。それにそれだけの大荷物を持って逃げるのは難しいぞ」


「それなら大丈夫、の魔法術には収納魔法もあるから。普通の一軒家くらいの大きさなら小瓶くらいにまで小さくできるわ」


「べ、便利な女だな」

 こうして俺たちの生活レベルは一気に向上する、はずだった。


4日目


「おいアリステア、1日中走っても軍のやつら諦めないんだがっ」

 俺の背中におぶさる共犯者に対して文句を投げかける。


「誤算だったわね。軍大将の部屋に押し入って秘蔵の酒を全部盗んだのがまずかったかしら?」


「それとお前が拡声器使ってまであいつらを煽り倒したせいだよっ」


「だって全員引っ張り出した方がタツヤの性能が上がるんですもの。どこまで上がるのか興味ない?」


「そんな性能厨みたいな発想で俺の仕事を増やすなっ。タダで100キロマラソンとか俺はボランティア番組じゃねえっつうの」


「ん? 勝手に走り出しておいてそれが慈善事業になるなんてタツヤの世界は随分平和ね。応援が欲しかったら妾がしてあげる。ほら、頑張れっ、頑張れ!」

 俺の耳元にアリステアが甘い声をかけてくる。そんなもので頑張れたら人間苦労しない。


 その日、俺は200キロメートルを走り切った。


10日目


「タツヤ、軍の支給食材も食べ飽きた。何か作るのじゃ」

 夕食時、高級なお酒の匂いを漂わせながらアリステアが俺にもたれかかってきた。


「未成年が酒を飲むなっ。あと俺はお前のシェフじゃねえよ」


「この世界じゃ15歳から成人じゃ。ほれ、少しくらいあるじゃろ、作れる料理が」


「……文句言うなよ。お前がこのあいだ軍から略奪したモノの中に卵あったろ。あれを2個くれ、あと鍋と水」


「どれどれ、おおあったの。これで良いのか?」


「鍋に水と卵を入れる。あと火は……アリステアが鍋をほど良く熱くしてくれ」


「なんじゃ注文が多いのう、ほい」

 アリステアが指を振ると俺が手にしている鍋がぐつぐつと滾ってきた。

 しばらくの間、2人でじっと外見の変わらない卵を眺める。


「タツヤ、ここからどうなるのじゃ?」


「ちょっと待ってろ、先に中身の具合を確かめるから」

 俺は鍋の中の卵のひとつを取って、適当にヒビを入れた。本当だったらかなり熱いはずだけど、熱耐性も格段に向上してる自分にとっては、なんか熱いなぁ、くらいでしかない。


「ん、上手くカラが剥がれない。そう言えば一度冷やせっていわれてたっけ、アリステア冷たい水も用意しておけよ」


「便利に使ってくれるの」

 文句を言いながらもアリステアは、魔法で収納していた水をさらに彼女の魔法で冷やしはじめる。


「一応剥けたが、中身は、ちょっと半熟ってとこか」

 ゆで卵を軽くひとかじりして、状態を確かめる。味付けもなにもないから淡泊な味がするだけだ。


「ほう、なんじゃそれは?」


「卵をゆでただけだよ」

 シンプルすぎる工程だから、どこの国、どこの世界でも味に大差はないはずだ。


「塩もあったろ、適当にかければまあまあ喰えると思うぞ。アリステアも卵を水に移してからカラを剥いてみろよ」


「おお、ツルツルに向けるわっ。これに塩をかければ良いのか。おおっ、おおっ、単純すぎて上手いという感想しか出てこんわ」

 俺に料理を要求してきたアリステアに対しての嫌がらせのつもりだったが、思った以上に彼女は喜んでいた。


「しかしタツヤよ」


「なんだ?」


「この茹で卵、ほとんど妾が作っておらんかったか?」


「……共同作業ってやつだろ。美味しく卵を産んでくれた鳥に感謝しとけ」

 


20日目


 アリストス国軍からの追撃が本格的になってきた。


「いくら転移しても場所を把握されるのう。魔力スポットに先回りされる回数も増えた。いよいよアルステッドは本腰を入れて妾たちを排除するつもりかもしれんのじゃ」

 

「のんきに俺の背中で考え事してるなよっ。攻撃が全部俺に集中してるだろうが」

 アリステアは俺の背中に取り付けた簡易椅子に座って、じっくりと考え込んでいた。絶え間ない戦闘で目まぐるしく動いているのに微動だにしないあたり、コイツのバランス感覚も異常だ。


「従僕の背で守ってもらうのが一番安全なのじゃから仕方ないじゃろ?」


「そうじゃなくて少しは手伝えって言ってんだよ。いくら俺が強くても一度に倒せる人数は決まってるんだ。こんな逃げ場のない場所だと結構しんどいぞ」


「泣き言をいうな、と言いたいところじゃが。これも仕方ないか、少し痺れるぞ」

 アリステアは唐突に俺の肩に触れ、そこから静電気の20倍くらいの電光が迸る。


「痛ってぇ!!」

 久しぶりの痛みの感覚に、俺は激しく身をよじった。


「アリステア、何しやがる! 俺を攻撃してどうすんだよ」


「よく前を見ろ従僕」

 アリステアの言葉に促されて前を見ると、さっきまで戦っていた兵士たちが死屍累々と地面に転がっていた。


「死んではおらぬ、従僕の身体を抵抗にして雷を流したからの。直接連中に魔法を当てれば消し炭になっておったじゃろ」


「……もうちょっと加減した魔法は持ってないのかよ」

 威力が極端すぎる。


「この規模の魔法は加減が難しいのじゃ。そもそも相手を殺すつもりで放つものじゃからな。ほれ、これで妾の魔力は空じゃ。疾く走るが良い愛しき従僕よ」

 アリステアは再び俺の背中で思案顔になった、フリをして熟睡を始めていた。

 人に背負われておいてよく安眠なんかできるもんだ。


30日目


 連日の長距離移動の果て、肉体的にも精神的にも疲労していた俺たちはゆっくり時間をとって休まなくてはいけなくなった。……露天風呂で。


「なんで風呂なんだよっ」


「いつまでも水浴びで誤魔化せんじゃろ。疲労と匂いをとるなら、温かい湯に浸からんとな」


「だからって一緒に入る必要は……」


「何度も言わせるでない、護衛である従僕が妾から離れてどうする。妾が死んだら困るのはそなたじゃぞ。元の世界に帰るすべがなくなるんじゃからの」


「ぐ、」

 確かにアリステアの言ってることはまともだった。今さらこいつの兄が俺を元の世界に帰すなんてこともないだろう。だけどそれはともかく、隠すところくらいは隠して欲しい。


「なんじゃ、目のやり場に困っておるのか? よいよい、好きに眺めよ。今までも毎晩楽しんだ身体じゃろうが」


「人聞きが悪すぎるっ。あれはお前が毎日抱き枕にしてくるからで」


「従僕の身体は暖かいからの、妾にとっては最高の寝具じゃ。妾と対等な口を聞く従僕への刑罰と諦めよ。いわゆる抱き枕の刑、じゃな」


「そんな刑罰があってたまるか。俺はただ迷惑だって言ってんだよ」


「そのような態度、心外じゃな。いっそここで眠ってやろうか? もちろんそなたを抱き枕にしてじゃが」

 アリステアはスタイルの良い肉体を隠しもせず、お湯の中を進んで肉食獣のように俺に距離を詰めてきた。


「や、やめろっ。それは勘弁してくれっ」

 まずい、色々とまずいっ。


「なに、妾が一糸まとわぬくらいでいつもしていることと変わりはないのじゃ。ああ、あと別に手を出しても良いが、その時は自分の世界に帰れるとは思わぬことじゃな。一生、わらわめかけにしてこの世界に縛り付けてやるぞ?」

 アリステアは俺の胸元まで手を伸ばし、


「浴場で寝るなど……天にも昇る気持ちじゃろうな」

 俺に触れる直前、電池が切れるように湯に沈みかけた。


「お、おいっ」

 反射的に俺はアリステアを引き寄せる。

 すると彼女は、容赦なく俺に抱き着いてそのままスヤスヤと寝息を立て始めていた。


「ふざけるなっ、風呂場で寝るとか本当に死ぬやつだからな!」

 俺の罵声も聞こえないのか、アリステアは起きる様子がない。


「本当に、死ぬんだからな」

 アリステアの鼻と口にお湯がかからないように少し引き上げて、抱きしめる。

 彼女は、ここで俺が助けなければ本当に死んでも構わないと思ってたんだろう。


 とてつもなく我が強い彼女が、時折ひどく自暴自棄のようなふるまいを見せる。


「勝手に死ぬなよ。俺はお前に死なれたら困るんだ」

 こいつが死ねば俺は元の世界に帰れなくなる。そう自分に言い聞かせて、彼女を守る言い訳にする。


 それはともかく、


「…………」

 長い赤髪が花のように湯に開く。

 アリステアの艶めかしい肌は、すでに俺か彼女のものかわからないほどに密着していた。


「ひどい、刑罰もあったもんだな」

 これで彼女に手を出すなとか、俺の理性に対するいじめだった。



40日目


 街外れの廃屋、そこで俺たちは一夜を過ごすことになった。


「いつもみたいに野宿じゃダメだったのか? 正直そっちの方が気楽なんだが」

 アリステアが生活必需品を何でも出してくれるせいで、野宿もとくに苦にならない身体になっていた。

 むしろ今みたいに街の住人に見つかる心配をする方が疲れる。


「もうアリストスの王城も近いからの。今までのように外に拠点テントを張れば警戒に引っかかるのじゃ。こういった家屋で警戒避けの魔法術を使った方が見つかる可能性は低い」


「そういう、ものか?」

 イマイチ理解はできなかったが、そもそもアリステアの言ってることを理解できた時の方が少ないので仕方ないと受け入れる。


「だけど、こんなにくっつく必要もないだろ。ボロい家だけど一応風よけくらいにはなってるし、いつもよりは暖かいぞ」


「そう、じゃな」

 俺の言い分に同意しながらも彼女は俺から離れない。むしろフルフルと震えている。


「アリステア、寒いのか?」

 口にして、気付く。彼女は寒さで震えているんじゃない。


「怖い、のか?」

 口元を結び、何かを抑え込むように震えている。きっと口を開けば弱音がこぼれてしまうから。


「怖い? 妾がか? いくらそなたといえど、馬鹿にするでないぞ。妾に怖いモノなどない。呪いを解く方法もわかっておる。そうなれば、今みたいにお主に頼り切りになる必要もなくなるの」


「そうか、そりゃありがたいことだな。それで、お前の呪いはどうすれば解けるんだ?」


「……言わぬ、別段珍しくもない、どこにでもある解呪法じゃからの。じゃから怖いのは、万が一失敗をした時のことを思ってじゃ」

 失敗、そうすれば彼女はこの世界全ての人間に嫌われたままだ。それじゃたとえ王位に返り咲いても、アリステアが世界でひとりぼっちなのは変わらない。


「大丈夫だろ、お前はすごいヤツなんだ。失敗なんてしないさ」

 本心からこの言葉を口にする。

 アリステアがとんでもない才能にあふれているのはここまで一緒に旅してきて、身に染みるほどわかっている。本当は王様としてだって上手くやっていた。ただ、兄妹の歯車がほんの少し噛み合わなかっただけで。


「妾がすごいのは当然じゃ。あの兄様を差し置いて王についたくらいなのじゃからな。じゃが、従僕の褒め言葉は悪くない。お主に褒められると、少しだけ、世界に赦された気分になる」

 アリステアは瞳を細めて、さらに俺の胸元に顔を押し付ける。

 世界に赦される、か。

 逆に言えば、こいつは世界全てから常に断罪されている気持ちだったのか。


「あと少し、あと少しだけでいいから、私のことを我慢して」

 気付けば、アリステアは俺の胸で涙を流していた。口調も、普通の女性のようになっている。


 いい加減に俺も気付いていた、アリステアの言葉遣いはこいつの精神状態とリンクしてる。

 普通の言葉遣いになってるときは、こいつのメンタルがどん底にいる時だ。


「我慢ってなんだよ。俺が何か我慢してるように見えるか。お前にも文句はちゃんと言ってるぞ」


「大ウソつき。本当は私が殺したいほど憎いのに、呪いたいほど嫌いなのに、タツヤはずっと我慢してる。あなたまでそうしたら、私が本当に世界で一人になっちゃうからって」


「…………」

 アリステアの言葉に、俺は何も返すことができなかった。

 彼女の言葉を認めることも、否定することも。


「でも、あとちょっとだから。こんな呪いなんか解いて、世界中のみんなを元通りにするから。その時あなたの好きにしたらいい。私、タツヤにだったら……」

 殺されてもいい、きっと彼女はそう言おうとしたんだろう。

 俺が彼女にキスをして、口を塞がなければ。


「っ!?」

 アリステアの瞳が見開いて動揺している。

 ああ、こいつはこのくらいでいいんだ。毅然として王様ぶらなくても、悪人にならなくても。普通の女の子みたいにしてるのが、多分こいつにとって幸せな道だったはずなんだ。


「何を、するのタツヤ。私はあなたの、んっ、不敬よ不敬!」


「俺の好きにしたらいいって言ったのはお前だ。少しだけ前借りだけどな。勘違いするなよアリステア、俺はどこかの国の英雄なんかじゃない、どこにでもいる普通の学生だ。殺す殺さないなんかの世界に生きてないんだよ」

 俺は自然と、アリステアの燃えるような赤い髪を撫でていた。


「誰かが嫌いになることだってある。でもな、クラス全員から嫌われた女の子に、俺も嫌いだって言えるほど無神経でもないさ。俺はお前がみんなから好かれるように頑張るし、わざわざ嫌いだなんて口にしない」


「……それ、私のことやっぱり嫌いって言ってない?」


「あのな人の気持ちの裏なんか考えたって、嬉しいことなんかないだろ。それにアリステア、俺はお前のことが好きじゃないとも、一度だって言ってないぞ」


「そういえば、そうだったわね。……やっぱりあなたはウソつきだわ。その気持ちの裏を考えれば、私はちょっと嬉しくなっちゃうもの」

 アリステアの涙は止まり、彼女は再び俺の胸元に顔をうずめる。

 しばらくするといつもの寝息が聞こえてくる。


「ああ、その通りだよアリステア。俺はやっぱり嘘つきだ」

 俺はみんなから嫌われるお前がかわいそうなだけで、お前を嫌いと言えない卑怯者だ。

 かわいそうなお前が殺せなくて、お前がかわいそうじゃなくなる時を待っているだけ。


 もし、もしもだ。


 お前が世界中から嫌われる呪いを解いて、その上で俺を元の世界に戻せなかった時。


 その時は、この旅路の結末に、俺は、お前を……。



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