第39話:水軍

天文18年10月10日:尾張清洲城:織田三郎信長16歳視点


 前田蔵人が軍議の場で、父上の惚けを大きな声で言ってくれた。

 余を含めた家族や一門、忠臣が触れられなかった事を言ってくれた。

 お陰で父上を隠居させて余が織田弾正忠家の当主と成れた。


 織田信康と織田信光の2人の叔父が協力してくれたお陰で、尾張下四郡守護代の織田信友を殺す事ができた。

 清州城と斯波義統を手に入れる事ができた。


 織田信康と織田信光には、林兄弟が持っていた領地を分け与えた。

 庄内川よりも美濃側にある領地は全て2人に折半した。


 前田蔵人の献策に従って尾張下四郡の領地を優先確保して、美濃のマムシが攻め込んできた時に守り易いようにした。


「殿、婿殿から鯨狩りの布陣を聞き出してきました」


 余の直臣に直して軍師にした、前田蔵人が言う。

 潰した前田本家の領地は、青鬼を使うために黒鬼に与えた。

 だから前田蔵人は大隠居と成り、嫡男の利久は家督を継ぐ事もなく隠居となった。


 これまでは黒鬼の祖父として余に仕えていた。

 黒鬼が援軍に寄こした軍勢の陣代として側にいた。

 だがそれでは、どうしても立場が少し弱かった。


 織田弾正忠家の一門や譜代の中には、前田蔵人を一段も二段も下に見る者がいた。

 林一派は滅ぼしたが、まだ愚か者が数多くいる。

 だから黒鬼とは別に、1000貫文の扶持で軍師とした。


 これは前田蔵人の力を手に入れるためだけではない。

 燎原の火のように遠江を切り取る黒鬼への褒美にもなった。

 少しでも黒鬼に直接与える褒美を減らす事ができた。


 前田本家を潰して黒鬼に与えた領地を、蔵人に与えれば良いという馬鹿もいた。

 そんな事をしたら、青鬼を使えなくなってしまうではないか!


 黒鬼の飛び地が尾張にあるから、青鬼を陣代に寄こせと言えるのだ。

 前田蔵人に地位と扶持を与えるから、黒鬼に領地を与えずに済むのだ。

 何も分かっていない愚か者ばかりでイライラする!


「ほう、鯨狩りか、かなりの銭になるようだな」


 鯨狩りの方法を聞き出してきてくれた前田蔵人を褒める。


「はい、順調に狩ることができれば、勝手向きが楽になります。

 美濃攻めの軍資金が確保できるだけでなく、兵糧も確保できます。

 ただ、大物を確実に仕留めるには、婿殿並の強者が必要です」


「黒鬼並みというと、青鬼の事を言っているのか?」


「はい、青鬼でなければ、大きな鯨の急所に銛が届きません」


「分かった、佐治水軍に青鬼を乗せるように言っておく。

 以前聞き出してくれた鰯漁の人工入り江は完成した。

 佐治水軍は知多から津島と熱田に拠点を移させた、大漁が待ち遠しいぞ」


「見に行って参りましょうか?」


「そうか、行ってくれるか、任せたぞ」


「お任せください、直ぐに行って確かめて参ります」


 正直な所、父上が惚けたせいで家臣共に蓄えを奪われていた。

 最初は林新五郎が父上の蓄えを盗んでいた。

 新五郎を追放した後は、卑怯下劣な小者どもが盗んでいた!


 この合戦で叩き潰して奪い返したが、その合戦で多くの銭を使った。

 林兄弟と小者どもも、合戦のために盗んだ銭を使っていた。

 奪い返せた銭は、思っていたよりもずっと少ない。


 できるだけ早く銭を蓄えなければならない。

 黒鬼のやり方を真似てでも銭を手に入れなければ、足軽に扶持も渡せなくなる。

 そんな事に成ったら、蜘蛛の子を散らすように家臣がいなくなる。


 黒鬼と同じ方法で銭を集めたら、鰯油も干鰯も値崩れが起こるかもしれない。

 黒鬼の利が減って恨まれるのは確実だし、離反されるかもしれない。

 それでもやるしかない、やらなければ織田弾正忠家が滅ぶ。


 ただ、いくらなんでも黒鬼が漁をしている大浜周辺の海ではやれない。

 舟がないから佐治水軍にやらせるが、連中の縄張りではやらせられない。


 津島と熱田の湊でやらせれば、半分は佐治水軍に渡すにしても、半分は余の手に入る……が、佐治水軍が力をつけすぎるのも問題だ!

 黒鬼を宥めなければいけないし、何かいい方法は無いか?


 鰯を人工の入り江に追い込む漁を考えたのは黒鬼だ、分け前は渡すべきだが、黒鬼の事だ、蔵人に渡せば喜ぶだろう、佐治に渡す5割を4割にしよう。


 佐治の領内で鰯漁をするのは厳しく禁じよう!

 反するようなら佐治家を潰して余の直轄領にしてやる。


 鯨狩りの分も、1割を蔵人の分にしよう。

 いや、黒鬼も女房に渡す唐物に代価にすればいい、余から女房に渡したら黒鬼が激怒するから、取り寄せた唐物は全部黒鬼に渡そう。


 女房への贈り物に使えば、合戦や領地の事には使えなくなる。

 黒鬼を懐柔して軍備を制限するには良い策だ!

 鰯漁と鯨狩り、多い方を女房への唐物にして、少ない方を蔵人の扶持にしよう。


 それと、大物の鯨を仕留めるのに絶対に必要だという青鬼。

 青鬼にも鯨狩りの1割を与えよう、これで余の家臣になってくれれば儲けものだ。

 佐治に与える鯨狩りの褒美を3割にまで減らせられる。


 織田家の水軍が佐治と前田だけというのは、問題が多過ぎる。

 湊を持つ国人地侍には船の軍役を課そう。


 最初から関船や小早船を持たせるのなら大き過ぎる負担だが、鰯漁や鯨狩りに使う優良な小舟や荷船なら軍役にできる。


 いや、家臣に新たな船を造らせるよりも、もう船を持っている海賊を味方にした方が早くて簡単だ。


 志摩にいる海賊衆や熊野の海賊衆を調略するか?

 中には仲間内で浮いている者もいるだろう。

 だが必ず調略に成功するとは限らない、家臣にも船を造らせる。


「誰かある!」


「はっ!」


「津島と熱田に軍使を送る」


「はっ、直ちに!」


「海沿いに領地を持つ者にも軍使を送る、集めよ」


「はっ、直ちに!」


「鯨漁の船」

勢子船:銛で鯨を仕留める者と漕ぎ手が乗り込む舟、4隻以上で船団を組む。

   :8丁櫓、15人乗りの軽快な小船

双海船:2隻の船で1結の鯨網を張って鯨を捕らえる

   :6丁櫓、13人乗りの100石積網船

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る