第17話:奇襲

天文16年9月27日:三河加茂郡梅坪城:前田慶次15歳視点


 奇襲をしたいのかもしれないが、事前に何の知らせもなく領民兵を集められる国人地侍など、ほとんどいない。


 織田信秀は間違いなく耄碌してしまっている。

 或いは、信長の元を去った林秀貞が、信長を陥れようとして知らせなかったかだ。


 だが、そんな見え透いた罠を仕掛けられたということ自体が、織田信秀が耄碌して判断力を無くしている証拠だ。


 俺は急いで足軽部隊を率いて信長の待つ那古野城に行った。

 何度も大きな武功を立てたお陰で、いくらでも足軽を集められた。


 軍役の倍以上の足軽を召し抱えられた。

 半分を義父殿に任せられるので、安心して出陣できる。


 200貫文扶持の甲賀衆は、10人を出陣させた。

 彼らには敵の背後を攪乱してもらう大切な役目がある。

 残る9人には、万が一領地を攻められた時に敵の背後を攪乱してもらう。


 200貫扶持の甲賀衆には28人の軍役を課している。

 織田家の軍役は、7貫文で1人の兵を連れて行かなければならない。

 甲賀衆は実家の家人を兵士として連れて来ていた。

 10人の甲賀衆で280人の兵士を連れての出陣だ。


 譜代衆は100貫だから14人の軍役だ。

 俺が集めた足軽の中から14人を選んで自分の家臣としていた

 更に譜代衆は50人の足軽組を率いている。

 4人の譜代衆で216人の兵士を連れての出陣だ。


 俺は5000貫文の領主だから、714人の軍役になっている。

 それを果たすためには、後204人の兵士を連れて行かなければいかない。


 尾張、三河、近江、美濃から集まった地侍の中で人を率いられる者を組頭にした。

 20貫文の扶持を与えられている徒士武者に、30人の足軽組を率いさせている。


 30人足軽組7組、217兵を加えて出陣した。

 途中で逃げ出す者がいないように気を付けて、あまり急がずに那古野城に行った。


「よくやった、良くこれだけの人数を率いて来た、褒めてとらす!」


 思っていた通り、あまりにも急な出陣命令に、俺以外の誰も軍役通りの兵士を集められなかったようだ。


「余と黒鬼が先に行く、後の者は兵が集まりしだい追いかけて来い」


「お待ちください、あまりにも少ない兵では大殿に御叱りを受けます。

 この状況でここを襲う者はいますまい。

 今集まっている兵を全て率いて行かれませ。

 遅れて集まる兵は某が荷駄兵に見せかけて追いかけます」


 信長の命に平手政秀が待ったをかけた。


「ならぬ新五郎が油断ならん、五郎左衛門には最低限の兵と共に城を守ってもらう。

 後から集まる兵は与三右衛門が率いて参れ」


「「はっ!」」


 平手政秀と青山与三右衛門が即座に信長に従った。

 未だに林秀貞が流す、信長大うつけの噂は無くならない。


 だが、信長に仕える者達の間では逆効果になっている。

 むしろ林秀貞の評判が悪くなっている。

 信長は俺の率いる兵を主力にして信秀の所に急いだ。


「なんだ、この程度の兵士しか連れてこなかったのか?!」


 1000兵ほどの兵士しか連れてこなかった信長を、信秀は叱責した。


「申し訳ありません、先ほど急に出陣の知らせが届きましたので、那古野城と大浜城に居た兵士だけを連れて参りました。

 父上は今朝思いついた出陣で、どうやってこれほどの兵を集められたのです?」


 信長は上手い、信秀の手腕を褒めるように見せかけて誰かの策謀だと言った。

 信秀が耄碌していなかれば、佞臣や悪臣を罰するのだろうが……


「新五郎、どうなっている、昨日のうちに知らせるように命じたであろう?!」


「おかしいですね、臣は昨日のうちに伝令を送ったのですが……」


 林秀貞の糞野郎は、信長が兵を集められない言い訳に嘘をついていると臭わせた!

 余りの事に怒りに我を忘れてしまった!


「糞野郎が、三郎様を陥れて下剋上でもする気か?!」


 一瞬で間合いを詰めて、何時でも首を叩き飛ばせようにした。

 いや、気がついたら顔を握って身体を釣り上げていた。

 もう少し力を入れたら顔を握りつぶせるだろう。


「ぎゃあああああ、謀叛だ、謀叛人だ、殺せ、謀叛人を殺せ!」


「うるさい奴だ、これ以上騒ぐと、助けが来る前に握りつぶすぞ」


 怒りを押し殺して静かに諭すように言った。

 同時に、ほんの少しだけ強く握った。

 気を失って脱力したのだろう、失禁しただけでなく、悪臭が広がった。


「大殿、御自身が決められた嫡男を信じられますか?

 死を恐れて騒ぎ立て、糞尿を漏らすような不覚人を信じられますか」


 全身から殺気を放ちながら、でも言葉は優しくたずねた。


「嫡男を信じる、当然ではないか」


「では、この恥知らずな不覚人を追放されてはいかがですか?」


「林家は先祖代々忠誠を尽くして来た、この者1人の失態で追放などできぬ」


 今日はちゃんと判断できるのか?

 まだら認知症のように、物忘れが激しくなっているだけなのか?

 それとも、色々な症状が同時に出ているのか?


「ではこの者を隠居させて一族の誰かを当主にされてはいかがです?」


「う~む」


「陪臣の身ではございますが、口下手の主人に成り代わり申し上げます。

 親子で争わせようとするなど、敵に通じているとしか思えません。

 隠居などで済ませたら、同じ事を企む者が現れます。

 林新五郎殿は厳罰に処すべきです。

 林家には敵に通じていない証拠として、先陣を命じるべきです」


 俺の護衛について来ていた奥村次右衛門が言った。

 おい、こら、危険だぞ、惚けた信秀は何時激怒して暴れるか分からないぞ!

 惚けた母親の介護をしていたから、衰える事の怖さは嫌というほど知っている。

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