第38話 堕天使の封印

 石碑から現れた禍々しい魔力は、悪しき者であることの証であり、そこから現れた頭部は堕天使のもので間違いない。

 しかし、それを知るセイレーンはブランシュに抱き抱えられ、完全に意識を失っている。


「人身御供か?」


 熾天使サージが湖で何をしようとしていたかは分からないが、それが魔物であっても気分は悪くなる。


「違う、そんなじゃないゲロ」


 完全に破壊された石碑から声がする。悪しき魔力は消え、堕天使の頭部はない。


 崩れた石碑の中から、毒々しい色の蛙が姿を現す。赤黒い体は、湖を染めていた毒の色を彷彿させ、思わず魔剣ユリシーズを構えてしまう。

 ブランシュもセイレーンを抱えたまま、大きく距離を取る。セイレーンの疲弊した体では、これ以上のダメージに耐えることが出来ない。


「ちょっ、ちょっと待って、話を聞くゲロ」


「お前、もしかして精霊なのか?」


 見た目の毒々しさとは違い、感じられる魔力は清い。


「そうゲロ。天使なら、聞かなくとも分かるゲロ」


 だが、見た目は悪しき者。簡単に構えた魔剣を下ろす気にはなれない。


「ここで、何をしていた。これは、お前の仕業だろ」


「堕天使の封印が解けたゲロ。ボクとミーナが護っていた、堕天使の封印が解けたンダ」


「封印って、あの頭だけの?」


「そうゲロ。キョードの世界に災厄を振り撒いた、タカオの堕天使ワキザーガ。それくらは知ってるゲロ」


 堕天したラーキの姿が思い浮かぶ。今さら顔を隠す必要はない。それなのに、不気味なカボチャで頭部を隠そうとした。それも、堕天使ワキザーガの影響かもしれない。


「倒せてはないよな」


 手に残る感触。しかし、頭部を切り離されて尚生き残る堕天使。魔剣ユリシーズの一撃であっても存在を消滅させることは出来るはずがない。


「完全に復活するには時間がかかるゲロ。2千年かけて施し続けていた封印は、そう簡単には解けナイ」


「ここを、護ってたんじゃないのか?」


「違う。ボク達の使命は、森の結界が解けるまで封印を施し続けるコト」


 セイレーンのミーナが森に隠匿の結界を張り、毒の精霊が幾重にも封印を施し続けた。この湖を汚染している毒も、全てはワキザーガを封印する為のもの。

 堕天使ワキザーガを消滅させることは出来ない。それならば、最初から堕天使の存在を弱めることに徹していた。


「この後は、どうするつもりだったんだ」


「知らないゲロ。これは、最初から命懸けの仕事。ボクとミーナは、最初から助かるなんて思っていナイ」


「レヴィン、第13ダンジョンに戻りましょう。まずは、セイレーンを助けないと」


 最初こそアミュレットの加護は、セイレーンを毒から護っていた。しかし、次第に弱くなる加護。セイレーンの体にも、堕天使の頭部に施した封印の影響が現れている。回復魔法やポーションなどは一切効かない、呪われた状態。


 ブランシュのハロの光を浴びれば、アミュレットは少しずつ力を取り戻すが、その回復力を最大限に高めるにはダンジョンの中に戻るしかない。

 それに、セイレーンが地上や空で体が休まるはずがない。


「とりあえずは、地底湖に移動するか」


「ええ、あそこならば安全よ」


 マッピング魔法で地図のホログラムを出す。黒く見えなかったはずの迷いの森だが、今は森の地形も湖もハッキリと表示されている。

 位置情報が分かれば、転移魔法も使える。ここには、そのスペシャリストである古代竜ザキーサが居る。


「ザキさん、残念だがピクニックは地底湖でにしてくれないか」


「ふん、仕方ない。お主のサンドイッチで取引成立じゃ」


 無駄話をしながらでも、無詠唱で転移魔方陣が現れる。


「ちょっと待つゲロ。ボクはブロッサ」


 俺の足元で、毒の精霊が見つめてくる。何故か、仲間になりたそうな視線を感じる。


「ザキさん、これって大丈夫なのか?」


「毒も薬も紙一重よ。それに、やってしまったもんは仕方なかろう」


「毒だけじゃない、役に立つゲロ」

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