35 ラブラブ?

 ドキドキとワクワクでたどり着いた、久しぶりの将継学園。親しかった友人たちに囲まれた一生であったが、居心地は最悪であった。


 なにせ天梨や凛子と、ろくに会話が成り立たないのだ。向こうから話を振ってこないのはもちろん、話しかけたら天梨に邪魔者扱いされる始末。鬼畜米兵の件が、だいぶ尾を引いているようだった。


 それにくわえて、春夏冬と小林と呼ぶ度に、ふたりは気味悪そうな顔をするのだ。まるで嵐の前の静けさを警戒するかのようである。二股が普通に相手してくれるだけ、まだ救いであった。


 二時間目を終えた休み時間。


「あぁー……! うぅー……!」


 スマホを見ていた天梨が突然、うめき声をあげながら頭を抱え、そのまま机に突っ伏した。


 見たこともない天梨の姿に、一生は戸惑った。


「お、おい春夏冬。どうしたんだよ……?」


「あー、この子また見ちゃったのね」


 机に投げ出された天梨のスマホを見ながら、凛子は平然と言った。


 凛子にとってこの状態の天梨は、見慣れている事実に一生は動揺する。


「み、見たってなにをだ?」


「イッセーくんのインスタ」


「僕……イツキのインスタ?」


 自分のインスタがなぜ、天梨に精神的ダメージを与えるのか理解できなかった。


「なんでそれで、ダメージ受けてるんだよ」


「うるさい……バーカバーカ」


 両耳を塞ぎながら、天梨は子どものような罵声を飛ばす。わかりきっていることを今更聞くなと、文句を言っているように一生は聞こえた。


 天梨のスマホを触っていると凛子は、急に目を見開いた。


「――って、イッセーくん、こっちに帰ってきてるの?」


「え、マジで?」


「ほら、さっき上がったばかりのこの写真、あの駅ナカでしょ?」


「うわ、マジだ」


 スマホを見せられた二股もまた、目を丸くした。


 凛子と二股から、事情説明を求める目を一生は向けられた。


「ほら、土曜にあんな事件が起きたばかりだろ? 向こうが騒がしいから、昨日こっちに帰ってきたんだ」


「あ、もしかして昨日、休んだのって」


「その出迎えだ」


「なんだよイッセーの奴。帰ってきてるなら、連絡くらい寄越せよな」


 不満そうに口を尖らせる二股に、凛子はしょうがないというような顔を見せた。


「まあ、今日は矢継さんとラブラブデートらしいから。そっちが最優先なんでしょ」


「ラブラブ?」


 今日ほどそのオノマトペが不穏に聞こえたことはないと、一生は顔を引きつらせた。


 一生のインスタのアカウントは、一成のスマホからログインできるようにしていた。今日のデートの内容を、リアルタイムで共有するためだと一成に求められたのだ。


 一生の焦燥に気づかない凛子は、天梨のスマホを差し出してきた。


「ほら。ほんと、仲いいわよね」


「ぁ……あ、がっ!」


 そこに映し出されている写真に、一生は心臓が鷲掴みされたようにうめき出した。


 自分のふりをした一成の腕に、最愛の恋人が抱きついていた。公共の場でベタベタするのは好まないはずの彼女が、周囲など気に留めずベッタリだった。


 うめき声を上げながら、一生は割れそうな頭を押さえ突っ伏した。


「なんでイッセーくんまで、天梨みたいになってるのよ」


「まるで彼女が寝取られ――」


 二股は急に口をつぐむと、なにか気づいたように目を瞠った。二股がその顔のまま隣を向くと、同じような顔をした凛子と目があった。


「ちょっと来いイッセー」


「え?」


 急に腕を取られた一生は、二股に引きずられるように廊下へ連れ出された。その後を付いてきた凛子と一緒に、廊下の端で二股は尋ねた。


「おまえ、弟のほうだろ」


「あなた、弟のほうでしょ」


「……はい、そうです」


 あれだけの醜態を晒したから、誤魔化すのは無理だと一生は観念した。


 力なく項垂れている一生とは対照的に、二股と凛子は感動したように顔を綻ばせた。


「マジか。入れ替わってたのかよおまえら」


「普通に名前で呼んでくるから、変だとは思ったのよね」


 納得げな凛子に、一生は顔をしかめた。


「普通って……兄さん、普段どんな呼び方してるのさ」


「わたしはリンリンって呼ばれてるわ」


「そんなパンダみたいに呼ばれてるの?」


「わたしなんてまだマシよ。天梨なんてハルナから始まって、ハルカ、アッキー、アキト、カトーって、コロコロ呼び方が変わるんだから。最近なんて、米国人呼ばわりよ」


「兄さん、天梨をなんて扱いしてるんだよ……」


 身内の不始末を目の当たりにし、一生は苦々しそうに口を歪めた。


「じゃあ、男子たちのあの態度はやっぱり」


「おー、気づいてたか。天梨の扱いがぞんざいだからな。男共からの評判は最悪。目の敵にされてるぞ」


「兄さん……」


 一生は険しい表情を浮かべた。男子の評判が最悪だと聞かされたからではない。天梨の扱いがぞんざいなことにだ。


 からかっているとは聞いていたが、それでも仲良くやっていると信じていた。それがぞんざいな扱いと聞かされて、あの兄が天梨に嫌がらせをしているのだと、脳裏によぎった。


 そんな一生の心情を読み取った凛子は、フォローを入れた。


「でも安心していいわよ。別にイッセーくんが思うようなことはないから」


「でも扱いがぞんざいって」


「たしかに端から見たら、イッセーくん兄はただの酷い男に見えるかもしれないけど。信念を持って、天梨に厳しく接してるだけだから」


「じゃないと俺たちが、イッセー兄を許すわけないだろ」


「それは……そうだったね」


 二股にそう告げられて、一生は一応の納得はした。


 それでも不安げな一生を、安心させるように凛子は微笑を零した。


「事情はわたしたちの口から話せないけど、天梨のことは任せて大丈夫よ。イッセーくんがあれだけ凄い凄いと言っていただけある、お兄さんだから」


「俺が二股疑惑でハメられて困ってたとき、イッセー兄が現れた瞬間、華麗に解決してくれたからな。本当凄い奴だよ、あいつは」


「そっか」


 自慢の兄をふたりの口から認められて、一生は素直に嬉しかった。


 自分がいなくなった間に、天梨になにか問題が起きたのは理解した。一成がそれをなんとかしようと、あれこれとやってくれているとも。その結果、男たちから目の形にされようとも、天梨のためなら構わないと涼しい顔をしているのだ。


 その理由を、凛子たちから告げられないものだというなら、これ以上詮索はしないと決めた。そこはもう一成に任せようと信頼した。


 だから気になることといえば、朝の件だった。


「そうだ卓、朝の写真なんだけど――」


「親戚だ」


 一生が言い切る前に二股は断じた。


「いや、でも――」


「あれはただの、親戚たちと旅行に行ったときの写真だ」


「だけど――」


「頭の上がらない親戚でな。年の近い親戚だから、仲良すぎなんじゃないかって見えたかもしれないけど、親戚だからそんな相手じゃないぞ。なにせ親戚だからな」


 ひたすら親戚だと押し通している内に、チャイムが鳴った。


 これ幸いと、二股は一生の背中を叩いた。


「今日はしっかりフォローしてやるから。放課後まできっちりやり通そうぜ、イッセー!」


「う、うん。ありがとう卓」


 腑に落ちないがこれ以上追求する時間もなく、一生は丸め込まれるように頷いた。

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