02 主人公はもういない
昨年度まで、この学園には瀬川一生という男がいた。
学園の人気者、スーパーハイスペイケメン男子の二股ほどではないが、イツキも女子たちから好意を向けられる存在であった。二股のように、女子から無闇に愛されていたわけではない。瀬川くんっていいよね、くらいの気持ちで好かれていたのだ。
そんな中、イツキを心から愛している女が、この学園には四人いた。競争のように争っていたわけではない。いつかイツキと結ばれたいと願う、恋する乙女だったのだ。
でも日本は一夫一妻制。二股を求めるのとはわけが違う。トロフィーを得られるのはひとりだけなのだ。そしてそのトロフィーを手にしたのは、
一度白雪は、イツキの告白を断ったことがある。イツキを愛してこそいたが、彼女は家庭の事情で、転校することが決まっていた。飛行機が必要になる遠距離恋愛。イツキの負担を考え、泣く泣く姿を見せないようにしながら、イツキの告白を断った。
でも、イツキは白雪を諦めきれなかった。学校を抜け出して、空港まで追いかけたイツキは、改めて白雪に告白をした。涙なくしては語れない愛する者の想いに応え、ふたりはついに結ばれた。それだけでは終わらず、決意を胸に空港まで白雪を求めに来たイツキの行動力に、白雪の祖父が感銘を受けたのだ。
「感動した! 必要な環境はすべて用意するから、白雪と一緒に来なさい!」
みたいなノリで、あれやこれやという内に、イツキの転校が決まったのだ。
こうして進級に合せて、イツキは将継学園を去り、今は愛する人と幸せな日々を送っているのであった。
めでたしめでたし。
ハッピーエンド 完。
そしてまったくめでたくないバッドエンドを迎えた、イツキに選ばれなかった恋愛敗北者三人だけがこの学園に残された。
選ばれなかった恋愛敗北者は、イツキがいなくなったショックを抱えながら、失恋を乗り越えなければならなくなった。
そんな失恋が癒えるか癒えないか以前に、イツキがいなくなった寂しさを噛みしめる間もなく、入れ替わりのように転校生がやってきた。
それがこの俺、瀬川一成。イツキと顔が瓜二つの、一卵性双子である。
転校に伴って、弟の人間関係をお下がりのように引き継いだ。イッセーという愛称と共に、女子たちからの好感度も据え置きに。
そうなると当然、弟を愛した女たちが、俺を放っておくわけがない。その面影に惹かれて、今はなきイツキを俺に求めている。その中でも一番感情を激しく表に出してくるのは、この春夏冬である。
最初から俺も、春夏冬を粗雑に扱っていたわけではない。
春夏冬がどれだけイツキを愛していたのか。それを知った上で、
「俺はイツキじゃない。あいつの代わりになるつもりもないし、代わりのように振る舞われても嫌だろ? 折り合いを点けるのは大変だとは思うが、それだけは忘れないでくれ」
常識人的対応をしたのだ。
春夏冬もそれには痛々しくも、
「うん、わかってる。イッセーの代わりは、いないから」
健気に笑いながら頷いた。
弟をそこまで愛してくれた女だ。立ち直れる力添えができるのなら、いくらでもしてやりたかった。でも、薬も過ぎれば毒になる。過度な干渉はイツキへの未練を増長させるかもしれないと、あえて距離を取っていた。
だが、席は決まっている。物理的な距離を取るのは難しい。
こちらの顔をチラチラと伺いながら、ことあるごとにイッセー、イッセー、イッセー、イッセー、イッセーと未練タラタラな様を見せつけられる身にもなってほしい。このままではいけないと、時折突き放した言動や振る舞いをしている内に、たどり着いたのが今の扱いである。
日ごとに扱いが悪くなっているのに、懲りなくイツキの面影を求めてくるのが、春夏冬天梨という選ばれなかった恋愛敗北者の末路である。
「イッセーくんさ」
小林が春夏冬の頭を撫でながら、改まって言った。
「仮にもこの子は失恋の傷心中の身なんだよ。少しは優しくしてあげられない?」
「それはできない相談だな」
俺はハッキリと言いきった。
「この手の奴は、一度甘やかすと無限に求めてくる。その果てにこいつは、なにを求めてくると思う」
「愛だな」
春夏冬と付き合いの長い二股は迷いなく答えた。
「だろ? そうなると困るのはお互い様だ。だから俺は、絶対に春夏冬には優しくしない。絶対にだ!」
「そんな力いっぱいに宣言しないでよ!」
春夏冬は声高に不満を訴えた。
難しい顔をしながら小林は、
「いくら天梨だって、そこまで簡単に好きにはならないと思うよ。イッセーくん一途だったから」
「そうよ、私はイッセー一筋なの! いくら同じ顔だからって、ちょっと優しくしたくらいで好きになるなんて思われるのは心外だわ!」
「ほら、本人もこう言ってるし。ちょっくらい、優しくしてあげて」
「そうそう、もっと私に優しくしてよ。本当に……辛いんだから」
小林の力添えで力をつけたと思ったら。春夏冬は悲しそうに唇を結んだ。
これではまるで、俺が悪者みたいだ。
少し考えた後、ため息と共に立ち上がる。
「悪かった、散々酷いことして」
綺麗な金色の頭部にそっと手を乗せた。
「弟をここまで好きになってくれた女の子を、俺だってイジメたいわけじゃないんだ」
優しく、今日まで抱えていた痛みを労るように撫でた。金糸を束ねたような髪の毛は、とてもさわり心地がよかった。
「ずっと、一途に愛してきたんだ。そんな男がいきなりいなくなったら、辛いよな」
「うん、毎日が辛いの……苦しいの」
目端に雫を溜めながら、春夏冬はその行為を受け入れている。
「この学校は、イツキとの思い出がいっぱいなんだろ? それなのに学校を休まず、ちゃんと来ていて偉いよな」
「……毎日頑張って、ちゃんと来てるの」
「偉い偉い。あいつも春夏冬のような女の子がいつも側にいたのに……普通だったら好きにならないなんて嘘だろ。俺だったら絶対に放っておかないけどな」
「本当? 本当にそう思ってくれる?」
「本当だ、本当。嘘なんかじゃないさ」
「じゃあ……私のこと、愛してくれる?」
「ほら見ろ、ちょっと優しくしただけでこれだ」
「ぷぎゃっ!」
撫でていた手で頭をはたくと、春夏冬はブサイクな声で鳴いた。
「この失恋モンスター、案の定愛を求め始めたぞ」
「うぅ……」
まるで不覚を取ったかのように、半泣きで春夏冬は頭を抑えた。さすがの小林も、これには苦い顔しか浮かべるしかない。
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