第31話 狙撃魔法の使い手

 いや、正確には俺の頭じゃない。

 

 ローブを着せて俺、ヘイズ=ブラッドリー先生そっくりの格好をさせた、【地下を這う死体】だ。


 地中以外じゃただ動きがノロいゾンビだけど、身代わりに役立って助かった。

 俺自身はゾンビの影で、態勢を低くして座っている。


 というか……狙撃魔法のスパイいるじゃん!

 しかも同じ組織に所属している俺を狙ってきてるし!


 ラゴールの話を真に受けていたら死んでたな。


 いまわかっているのは、ユウリだけじゃなく俺までターゲットにされてるってことだ。


 ユウリと話すことが増えたから、保護者枠だと思われているんだろうか?


 ……まさか俺がスパイだって知らないオチじゃないだろうな。


 とにかく狙撃して来た相手をどうにかしないと、このままずっと岩の上で死んだフリを続けることになる。


【地下を這う死体】は後ろから撃たれたから、そっちの方角に潜んでいるはず。

 魔弾みたいに自動追尾する弾丸の魔道具もあるけど、棒立ちの相手に無駄弾は使わないと思う。


「デネブレ・レイス【死霊の観察者】」


 小声で呪文を唱え、数体の人魂を生み出す。

 敵の位置はこいつらに特定してもらう。


 人魂が探索に出て十分後、どこから撃ってきたのかわかった。


 俺の背中から九時の方向にある、高く伸びた岩の上だ。

 たしかにその場所なら、コース全体を見下ろして撃つことができる。


 どうやってそのポジションに移動したのか気になるけど……それは後で考えよう。


 いまは敵を倒すことが先だ。


 俺は狙撃魔法使いのいる方向に杖を向け、呪文を唱えた。


「デネブレ・レイス・ショック【群れをなす死神の鎌】!」


 大鎌を構えた複数の死霊が、敵めがけて襲い掛かる。


 当然相手も迎撃の魔法を発動するけど、その数秒で俺は箒を掴み、飛行魔法で飛び立った。


 一瞬で加速、攻撃を受ける死霊を盾にして、狙撃魔法使いのいる岩山の上に着陸する。


 その岩山は俺のいた場所よりもだいぶ広かった。

 ここならテントを建てて、キャンプもできそうだ。


 もちろん標的を狙うにも最適。

 そして、狙撃使いの顔を俺は見た。


「お前……オルクス=マックノートか?」


 狙撃魔法使いの正体は、優勝候補と言われていた三年B組チームの一人、オルクスだった。


 でも、こいつ中継映像だとアラクネの森でリタイアしてなかったか?


 そんな俺の疑問に応じるように、オルクスは口を開いた。


「クソ、なんで生きてるんだよ」

「生憎頑丈でな。お前こそレースはどうした」

「参加してるのは金で雇った魔法使いだ。ああっ、クソ! あの火傷女がもうすぐコースを通るのに!」


 オルクスは頭を片手でガリガリと搔きむしる。

 空いている方の手は、大事そうに長い箒を抱えていた。


 いまのセリフから推測すると、狙いはやっぱりユウリみたいだ。


「ずいぶん長い箒だと思ったが、そういうことか」

「気づいた? こいつがオレの相棒さ」


 箒の先端からは煙が漏れ、やや後ろには照準器、後端には魔法陣が展開されていた。


 オルクスは箒の中に杖を仕込み、長い柄を砲身代わりにして狙撃魔法を発動していたわけだ。


 たしかにこれなら普通の杖より狙いをつけやすし、柄の中を空洞にすればそこで弾丸を加速できる。


「お前は魔王教団のスパイだろう。なぜ俺を狙った?」

「同じスパイなのにってか? あの火傷女とイチャイチャしてるやつを信じられるか! おおかた情でも湧いたんだろ!?」


 ……イチャイチャと言われると反論できないんだけども。

 だからって撃つのは短絡的すぎないか?


「決闘場でユウリを撃ったのもお前か」

「ああ、そうだよ。あれで死んでいればよかったのに」

「なぜユウリに執着する。お前の上にいる幹部はそこまであの子を脅威と思っているのか?」

「オレだよ! オレが殺したいんだ! あいつだけは百回殺しても許さない!」


 オルクスはいきなり激高し、自分の過去を話し始めた。


「あいつ住んでいた街を燃やしたのは、俺を育ててくれた魔族だった。両親に虐待され死にかけていたオレをな。だが、あの作戦に参加した魔族はだれ一人として帰ってこない。街の住民どもに魔族が殺せるわけもない。じゃあなにが原因だと思うよ? 唯一生き残ったあの火傷女だろ!」


 街を燃やされたユウリが天使化して、生き延びた話は聞いた。

 でもそれを恨んでいるやつもいたわけだ。


「本当は時間をかけて準備するつもりだった。でも一年で四節詠唱ができるやつは危険すぎる。いま殺さないとって思ったんだよ」

「成長して高度な魔法障壁を展開されては困るか。どちらにしろ賢い行いではなかったな」


 俺は杖を構え、呪文の詠唱に入る。

 どんな理由があっても、こちらにとっては計画の邪魔になるかがすべてだ。


 ユウリに危害を加えるつもりなら、同じスパイでも容赦する理由はない。


「おっと動くなよ。オレはもう詠唱を終えて弾丸は装填済みだ。この意味はわかるよな?」


 オルクスは箒を持ち上げ、先端を俺の身体に向けた。


「あとは念じるだけであんたに風穴を開けられる。勝負はもう終わってるんだよ」

「ならさっさと撃て。ベラベラしゃべるのは降伏してほしい心の現れだ。顔の見える距離で殺し合う勇気がないのだろう?」

「あんた……オレを舐めるなよ」


 オルクスの顔が赤くなり、箒を構える手に力が入る。

 たしかにこの状況は俺に不利だ。


 一節詠唱でも弾丸と比べれたら、ナメクジみたいに遅い。


「どうした? 安全圏じゃないと怖くて漏らしそうか?」

「────殺すッ!」


 オルクスがキレて、意識が弾丸に向かうのがわかった。

 ただそれは、声に出すようにわかりやすい発砲の目印だ。


 俺はその場でかがむと、魔力を足裏で爆発させて加速。

 タックルをぶちかました。


「は……はああああああああああああああああああああああぁっ!?」


 弾丸を躱され、オルクスが目を見開く。

 でもすぐに驚いている場合じゃないと気づくはずだ。


「ご……がはぁっ! な、なんだよそれ!?」

「魔法使いも原始的な喧嘩をするってことだ」

「ひっ、ごへっ! げはっ! おげっ! はぎィっ!」


 俺はマウントを取ると、ひたらすら顔面に拳を打ち込んだ。


 魔力を込めて殴っているから、多少の防御魔法じゃ受けきれないはずだ。


 最初は抵抗しようとしていたオルクスも、すぐにあきらめて殴られるままになった。


 悪いけど手加減はできない。

 ユウリを撃った罪だ。


「ご、ごべんなさい。オレの負けでしゅ」

「そうか。わかった」


 俺はボコボコになったオルクスを見下ろし、狙撃用の箒をへし折る。

 それから拘束魔法で手足を縛った。


 あとで学園長に引き渡すことにしよう。


 ……そういえば、いまはレースの途中だったんだ。

 ユウリとアイビスは上手く進んでいるんだろうか?


 そう思って、

 俺が水晶玉を取り出そうとしていると、オルクスがかすれた声で言った。


「オレを……止めたくらいで勝った気になるなよ……」

「なにが言いたい」

「火傷女を殺したいのはオレだけじゃない。キルステイン様もだ。あのお方はここに来ている」


 その名は魔王教団の幹部の一人。

 俺の心臓が痛いくらいに跳ね上がった。



──────────────────────────────────────



この作品を読んでいただき、ありがとうございます。


少しでも『面白かった』『続きが気になる』と思ってくれましたら、フォローや☆☆☆をいただけますと嬉しいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る