第29話 学年対抗箒レース、本番
アストラル魔法学園大イベント、『学年対抗箒レース』当日。
この日は授業も課題もなく、学園すべての生徒が自由にイベントを楽しめる日だ。
校内はパーティーのような飾り付けが施され、杖から花火を打ち上げたり、綿菓子のスライムを召喚する生徒もいた。
運動場にも様々な屋台が並び、あちこちから楽しそうな声が聞こえてくる。
いまは箒レース本番前の余興で、魔法生物部がグリフォンやワイバーンを使って曲芸を披露しているところだ。
そして俺はというと……。
「うううう……緊張してきた……」
「情けないわね。あたしみたいにドンと構えてればいいのよ」
「アイビス、それキャンディーじゃなくて芳香剤」
「う、うるさいわね! わかってるわよ!」
「二人とも、ちょっと落ち着け」
出場選手の控室になっているテントで、椅子に座ったユウリとアイビスをなだめていた。
ユウリは感電を疑うくらい全身震えているし、頬の火傷跡をずっと触っている。
アイビスは落ち着かない様子で、ずっとお菓子をバクバク食べていた。
本番まで一時間もあるのに、ごらんの有様だよ!
とにかく普段の状態に戻ってもらわないと、このままじゃレースにならない。
「この一週間夜遅くまで練習してきただろ。自信を持て」
「でも三年生の先輩だって参加してるし……勝てるのかな」
「あたしなんて昨日いきなり、カフネディカ家全員で応援するとか言われたんだけど。なんだかお腹がキリキリしてきたわ……」
二人とも顔が青くなって、ゴーストみたいだ。
一年生にこのプレッシャーは、さすがにキツかったかも。
と、入口方からテントを叩くような音が聞こえてきた。
俺は歩いていって、外の様子たしかめる。
「あの、クラスのみんなで書いた寄せ書きを持ってきたんです。それとわたしたちから応援の言葉も」
外にはクラス委員長のエリーと、何人かの生徒がいた。
クラスメイトを気遣う気持ちは嬉しいんだけど……。
「悪い、いま二人はガチガチなんだ。応援の言葉はあとで伝えておく」
「そ、そうだったんですね。全校生徒がレースの中継を見るわけですし、緊張しますよね」
エリーから寄せ書きを預かり、応援の言葉も聞いておいた。
ただ、レースの後じゃないと、二人に受け止める余裕はなさそうだ。
「クラスの人?」
「ああ、みんなお前たちを応援してるって」
「庶民は呑気でいいわよね。ジュースとポップコーン片手に見てるだけだし」
「思考が暗黒面にのまれてるぞ」
うーん、かなり限界が近い感じだな。
「よし、わかった。お前たち、俺の目を見ろ」
「うん」
「一体なんなのよ」
「俺は顔もハンサムじゃないし、この歳まで恋人もいない。授業も不人気で、ちょっと前まで生徒からの評判も最悪だった。でも、こんなダメ人間でも生きている。レースが上手くいかなかった時はいまの言葉を思い出せ。どんな失敗でも俺よりはマシだ」
我ながら情けない励ましだけど、こんなセリフしか思いつかなかった。
これでちょっとも元気を出してくれたいいんだけど。
「先生……ふふ」
「まったく、教師がなに言ってんのよ」
ユウリとアイビスから笑みがこぼれた。
まだ緊張が解けたわけじゃないけど、少し肩の力が抜けている気
がする。
「先生がそう言うなら、わたしも失敗なんて気にしない。がんばる」
「負けても死ぬわけじゃなしね。もちろん優勝しか眼中にないけど」
普段のペースを取り戻した二人は、自分たちの箒を手に立ち上がった。
これならレース本番もいけそうだ。
「では最後の作戦会議だ。あとは精一杯やってこい」
俺はコースの地図と、各選手のプロフィールをまとめた紙と取り出し、机に広げた。
「それでは第894回、学年対抗箒レースを開始します!」
司会を務める放送部の生徒が、マイクを手に声を張り上げる。
「うおおおおおおお! まってたぜ!」
「ようやく開始だな!」
「今年はだれが優勝するのかなー」
運動場に椅子を並べた観客席から、生徒たちの歓声が上がる。
観客席の正面には、校舎の壁面を使った大型のスクリーンがあった。
レースの様子は視界共有の能力を持つ使い魔が、リアルタイムでここに継してくれることになっている。
「今回は運動場を出発し、アラクネの森を通って学園外にあるイピリア湖や、キメラの洞窟などを通るコースになっています!」
スクリーンに様々な地形が映し出されていく。
コース上には魔法生物がいたり、運営のトラップもあるので、それを切り抜ける魔法の腕も必要だ。
「選手たちはスタート地点に到着しているようですね。それでは参加する各クラスのチームを見ていきましょう!」
学年対抗箒レースは中等部と高等部に分かれていて、先に中等部の一年から三年生が出発する。
学年ごとにA~Dのクラスがあり、クラスの代表二人がチームを組む決まりだ。
「では一年A組から順に紹介していきましょう! 代表選手は新入生トップ成績のユウリ=スティルエート! そして名門カフネディカ家のお嬢様、アイビス=カフネディカです! 経験の浅さを天賦の才でくつがすのか!?」
二人の写真が画面に大写しにされ、さらに歓声が大きくなった。
クラスの生徒たちも、大きな声で応援している。
ここから選手紹介が続いていくんだけど、俺が気になったのはこの二チームだった。
「二年C組の代表選手は、アーリャ=ライカンス! そしてジゼル=タイガー! 彼女たちは獣人と魔法使いの混血です! 二年生屈指のバランス感覚に期待したいですね!」
犬耳と猫耳を生やした女子生徒が、不敵な顔で微笑む画像が映る。
これは強敵の予感がするな。
「三年B組の代表選手は、優勝候補の二人! エミル=ハイネマン! そしてオルクス=マックノート! 彼らは箒レースのために、半年も前から専用の箒をオーダーメイドし、特訓に励んできました! プロの箒レース選手と遜色ない、圧倒的な飛行を見せてくれることでしょう!」
金髪を短く刈り上げた男子生徒が、拳を突き合わせる画像が映し出される。
司会の言うとおり箒はプロ仕様で市販品よりも1.5倍の長さがあった。
かなり気合が入っているみたいだ。
「各選手、準備が整ったようです。では第894回、学年対抗箒レース、スタートです!」
空砲代わりに杖がパンッと音を鳴らし、ついにレースが始まった。
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