第27話 学年対抗箒レース

 決闘から三日後、ようやくアイビスの解呪が終了した。

 生えた犬耳や尻尾の除去には、かなりの苦労があったらしい。


 最終的には学園長自らが杖を取り、呪いを中和したそうだ。


 いま俺は放課後のだれもいない一年A組の教室で、アイビスと会っていた。

 明日から登校する前に、俺に話があるそうだ。


「先生、本当にありがとうございました」


 そう言って、アイビスは俺に深々と頭を下げた。


 決闘の後、あまりにも彼女が可哀想なので、忘却魔法を受けてくれるよう生徒たちに頼んだことだと思う。


 ユウリの時と違って強制はできないんだけど、女子生徒が中心となって賛成の声を上げたおかげで、男子生徒も渋々受け入れてくれた。


 あの日いた観客の大半は、犬の真似をしたアイビスのことを覚えていない。


「あんな姿が流出したら、カフネディカ家一生の恥です。あたしも舌を噛み切って死ぬ覚悟でした」

「別に死ぬ必要はないと思うが。魔法を使っていれば、ああいうこともある」

「ないわよ! 失敗にしても限度があるわ! どこに出しても恥ずかしい最低の変態じゃない!」

「そ、そうか。あと口調は元の方でいいぞ」


 感情が昂って元に戻ったアイビスを、俺はどうどうとなだめる。


 実際、カフネディカ家のお嬢様が犬の真似をしたなんて、親御さんに知られたら大問題なのだ。


 確実に学園が面倒なことになるし、俺も事情を説明するために引っ張り出されると思う。


 その辺りの打算がなかったわけじゃないけど、本人が感謝してくれるなら、まあいいか。


「これから先生に困ったことがあったら、いつでも協力するわ。なんでも言ってちょうだい」

「ほう、なんでも言っていいんだな?」

「え、エッチなのはダメよ! ちょっとくらいならいいけど……」

「ではさっそく頼む。もうすぐ学園で──」


 俺はアイビスの耳元で、そっと囁いた。


「はぁ、ちゃんと来たわよ」


 翌日の放課後。


 俺とユウリ、アイビスは運動場の一角に集まっていた。


 少し離れた場所からは、生徒たちがクラブ活動に勤しむ声が聞こえてくる。


「よし、これで全員集まったな」

「……本当にわたしでいいの?」

「ああ言ったからには協力するけど、マジでやるわけ?」


 俺の前には憮然とした表情の二人が、箒を手に立っている。


 一週間後にある“学年対抗箒レース”に、一年A組からはユウリとアイビスが選ばれたのだ。


 というか、選んだのは俺なんだけど。

 クラスで話し合いなんてしたら、みんな嫌がってグダグダになりそうだからな。

 立候補制にして、あらかじめ話を通しておいた二人に手を上げてもらった。


 原作でもユウリとアイビスでレースに出るので、最近脱線の多いストーリーを、軌道修正したかったのもある。


「せっかくの大イベントだからな。俺が思う最強の二人を選んだ。二人とも箒には乗れるだろう?」

「乗れるけど、そんなに得意じゃない」

「同学年なら一番上手い自身はあるわよ。箒で飛ぶくらい五歳の時からやってたしね」


 この辺は英才教育を受けているアイビスが得意な分野だな。

 やっぱり彼女を選んでよかった。


「やるなら優勝するつもりだけど、箒レースって二人一組なんでしょ。しかも二人のタイムを合計するから、一人だけ先にゴールしても意味ないし」

「そうだが、なにか問題があるのか?」

「あたしのパートナーがこの子でいいのかってこと。はっきり言うけど魔力の操作も魔法の精度もお粗末すぎるわ」


 はっきり言いすぎなんだけど。

 たしかに今のユウリは絶賛スランプ中だ。


 でも原作ならユウリが参加したおかげで、一年A組は優勝している。

 なにより俺のために、主人公が成長してくれないと困る。


「……先生、わたしもアイビスさんの言う通りだと思う。もっと上手い人に頼んだ方がいい」

「ユウリ、お前はどんな魔族にも勝てるくらい強くなりたいんじゃないのか? お前の目指す理想の魔法使いは、いつまでも箒が苦手なのか?」

「──そんなことない。わかった。やってみる」


 よし、やる気になってくれたみたいだ。


「アイビスもいいな?」

「先生がいいなら文句はないわ。でも足を引っ張るのだけはやめてよね」

「うん、がんばる」


 アイビスも渋々だが、受け入れてくれたようだ。

 どうなることかと思ったけど、話はまとまったな。


「さっそく特訓開始だ。まず俺が手本を見せる」


 俺は自分の箒を手に取り、杖を振った。


「デネブレ・フライ【三魂鴉の翼】」


 魔法を発動すると、箒の前部と後部に黒い羽が出現し、地面から浮き上がった。

 俺は箒にまたがり、空へ向かって上昇していく。

 あとは頭の中でイメージするだけで、好きな方向に飛ぶことができる


 これが基本的な飛行魔法の使い方だ。


 道具に『鳥や虫のように飛行する能力を与える』魔法なので、別に箒でなくてもいいんだけど、そこは伝統とか魔女に対するリスペクトなんだと思う。


「サラマンダー・フライ【火喰い鳥の翼】!」

「ルクス・フライ【光子蝶の翼】」


 アイビスとユウリも飛行魔法を発動し、箒に乗って空へ浮かぶ。


「ユウリ、俺の後ろについてこい。アイビスはユウリの後ろから魔力操作に問題がないかチェックを頼む」

「わかった。ついていく」

「いいわよ」


 飛ぶ方向をイメージして、俺は箒を発進させた。

 すぐにスピードが上がって、六十キロくらいなら簡単に出せるようになる。


 もっと速く飛ぶこともできるけど、ユウリに無理はさせられない。


 運動場から校舎の上空に移動し、高く突き出た尖塔の周りを、グルグルと周回する。


「問題なく飛べるな。もっと下手かと思っていたぞ」

「先生が前にいたから。安心できるのかも」

「はーいそこ、イチャイチャしないでくださーい」

「アイビスから見てどうだ?」

「ムカつくくらい完璧ね。魔力の流れがスムーズで箒と一体化してるみたい。なんであんなに自信なさげだったわけ?」


 まだ数分しか飛んでいないけど、ユウリはもう飛行魔法のコツを掴んだみたいだ。


 やっぱり原作主人公の実力は、伊達じゃないってことかな。

 あと、命のかかった戦闘じゃないのも大きいと思う。


 天使化のトラウマが一番問題だったわけだし。


「よし、このまま練習を続ける。本番まであと一週間、気合い入れていくぞ! 目標は優勝だ! 一年A組ファイト、おー!」

「ファイト、おー!」

「お、おー! 先生ってそんな熱血キャラだった?」


 箒レースで優勝すれば、ユウリは完全に復活できるかもしれない。

 その願いを胸に、俺は夕日に向かって箒を走らせた。






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