第25話 炎とズル

「後攻、カフネディカ一年生。よろしいですか?」

「ええ、いいわよ」


 アイビスは指をポキポキと鳴らすと、魔法を発動する準備に入る。


 内練式を使っているのが外から見てもわかるほど、身体から魔力が湧きだしている。


 笑顔を取り繕っているけど、目は全然笑っていなくて、額にはビキリと青筋が浮き出ていていた。


 あー、これはかなり怒ってるな。

 こっちもハメ技みたいなことをしてるから、仕方ないんだけど。


「あなたのくだらないゲームに付き合うつもりはないわ。円の外に出して勝ちなら、あたしの炎で焼き払ってあげる!」


 アイビスの周りに火の粉が舞い、杖の先端にオレンジ色の光球が発生する。


「サラマンダー……ショック……メガフリート……」


 すごい集中力で、急速に炎属性の力を高まっていくのがわかる。

 たしかに一年生でこれができるのは、ほとんどいなさそうだ。


 俺も油断せず、防御魔法を身体を中心にして展開した。

 そして、準備時間の三分が経過する。


「逃げるならいまの内よ先生。あたし手加減ができないから。」

「心配は無用だ。いつでもこい」

「じゃあいくわよ! 杖に従え! ──【火蜥蜴の爆炎息吹】!!」


 アイビスは杖を上下左右どちらにも振らず、真っ直ぐ向けた先端から魔法を放った。


 紅蓮の炎が怒涛の勢いで押し寄せ、遅れて熱風が吹き荒れる。

 衝撃を打ち消そうとして、防御魔法がバチバチと火花を散らした。


「至近距離での大火力! これは耐えらないでしょ!」


 俺はローブで顔を隠し、薄目でその光景を見ていた。

 自信たっぷりな態度に恥じない、いい魔法の腕だ。


 だが──


「炎が小さくなってきているぞ。そろそろ終わりか?」

「えっ!? な、なんでよ!?」


 俺を押し出すには少々弱火だったみたいだ。

 アイビスの魔法は、【死霊の外套】がすべて受けきった。


 燃えて消えるのは死霊だけで、皮膚どころかローブにも焦げ跡一つない。

 教師として、これくらの実力は見せないとな。


「どうして燃えてないのよ!? なんかズルしてるんじゃないの!」

「テストなら合格ラインだが、俺を敵と想定するなら三十点だ」

「……なによその点数」

「人間一人を燃やすのに炎を広げる必要はない。もっと火力を絞るべきだったな」


 アイビスの魔法は派手だが、威力が分散してしまうのが欠点だ。

 これは一年生だから仕方ないんだけど。


「後攻、カフネディカ一年生、0ポイント! 攻守交替します!」


 ジャッジがポイントを告げる。

 これで一歩リードだ。


「くっ……授業でもしてるつもり」

「そう取ってもかまんぞ。次は俺の番だな」


 攻める側になった俺は、ゆっくりと呪文を詠唱する。

 今度は最初みたいな初見殺しは通用しなさそうだ。


「デネブレ・レイス・レイス……」

「サラマンダー・シールド……」


 アイビスも魔力を練り上げて、防御魔法を展開している。

 自分の周りを炎の障壁で覆って、こっちの干渉を許さない構えだ。


 魔法戦闘のセオリーとしては正しいと思う。

 ただ、真面目すぎるんだよな。


「もう三分か。動いてかまわないな・」

「ええ。今度はさっきみたいにいかないわよ!」

「杖に……従え」


 言葉と同時に、お互いの身体が動く。


 俺は杖を上方向に向けて振った。

 アイビスは下に顔を向けようとしている。


「今度こそ勝ちね!」


 深紅のツインテールをなびかせ、上目遣いで言う。


 またもや向きは外したが、この展開は想定の範囲だ。

 アイビスの足元がグラグラと揺れ、一気に陥没した。


「へっ? えええええええええええええええええええええええええぇ!?」


 いきなり身体が地面に沈み、アイビスは思わず上を見上げた。

 このまま生き埋めになったら怖いもんな。


 でもこれで勝負は決まった


「ブラッドリー先生1ポイント!」

「また俺の勝ちだな」

「ちょっと! こんなのアリなの!?」

「死霊魔法、【地下を這う死体】。下が地面じゃないと使えないが、足場を崩すのは得意だ。自分だけではなく、周りにも気を配れ」


 アイビスの防御魔法は悪くなかったが、身体、特に頭を守ることに意識がいきすぎていた。


 これだと不意打ちに対応できない。


「これでブラッドリー先生の二勝かー」

「あの一年も魔力練り上げはすごいんだけどな」

「ちょっと経験差がありすぎだよね」

「先生、卑怯カッコイイ! 魔法の選択が鬼畜!」


 観客席からガヤガヤと声が聞こえてくる。

 最後のセリフはユウリだな。


 ちなみに卑怯は褒め言葉じゃないからな?


「もう怒ったわよ! イフリート、来なさい!」

「URUU……」


 攻守が入れ替わると、アイビスはイフリートを呼び出した。

 激しい火柱と共に、炎の精霊が顕現する。


 主人の怒りに呼応しているのか、金色に輝く瞳がこっちを睨んでいた。

 こーれは間違いなくキレてるな。


「あんたの最大火力でぶん殴りなさい。容赦しなくていいわよ」


 イフリートはコクリと頷くと、右腕を引いて魔力を集中力させ始めた。

 ボンッボンッと断続的に音を立てながら、肘から青白い炎が噴き出している。


 なるほど。

 俺が天使化ユウリにやったみたいに、パンチを加速させるつもりだな。


 あれは身体にまとう防御魔法じゃ防ぎにくい。

 さてと、どうするかな……。


「あれでいくか」


 ……残り時間が二十秒を切ったところで、俺は作戦を決めた。

 リスクはあるけど、きっとやれると思う。


「今度は一点集中よ。覚悟しなさい!」

「よし、こい」

「イフリート、ぶっ飛ばしなさい! 杖に従え!」

「URUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUッッ!」


 今回もアイビスは杖を振らない。

 なにがなんでも攻撃魔法で俺に勝つ、つもりのようだ。


 ロケットを飛ばすように、イフリートの拳が顔面に迫ってくる。

 俺はそれを、


「フンッ!」

「URUAAAAA!?」


 魔力を込めた手刀で受け流した。

 軌道のズレたイフリートの拳が、顔のすぐ横を過ぎ去っていく。


「せ、せめて魔法を使いなさいよ! 素手で躱すな! あと、その「ふー、危なかった」的な顔もやめて!」


 どんなに速いパンチでも、来る方向がわかっていれば怖さ半減だ。

 三分間、じっくり観察する余裕もあったし。


「いま手で払い除けてなかったか?」

「さ、さすがに見間違えじゃないの」

「そういう魔法だよな。まさか杖も使わず魔力だけなんて……」

「ブラッドリー先生って魔族学が専門だよね? 東洋の拳法とか習ってない?」


 俺のことを知らない生徒たちが驚いている。

 

 拳法は知らないけど、顔が腫れるまで毎日ボコボコにされた成果だ。


「カフネディカ一年生、0ポイント!」


 これで2勝0敗だ。

 最大五戦だから、次に勝てば大きく勝利に近づく。


 悪いなアイビス。

 俺はズルい大人なんだ。







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