第7話 戦闘魔法学

 午前中の授業が終わり、俺は魔族学の教室で昼食をとっていた。

 ずらっと机が並んでいる中に、一人でいるのは寂しいけど仕方ない。


 食堂は生徒たちでごった返していて、あっちこっちからおしゃべりが聞こえてくる。


 おじさんが一人であの中にいるのはキツい。

 あれが若さっていうんだろうな。


 購買で買ったサンドイッチを牛乳で流し込んでいると、急に教室の扉が開いた。

 だれだろうと思っていると、よく見知った顔が見えてくる。

 無人島で特訓をつけてもらった、あのセレスだ。


 俺に気づいた彼女は、つかつかと近づいてきた。


「ブラッドリー先生、お時間よろしいですか?」

「あらたまってどうしたんだ教官」

「学園ではセレスでかまいません。少し頼みたいことがあるのです」


 彼女の方から頼んでくるなんて珍しいな。

 なにか問題があったのだろうか。


「午後から一年A組で戦闘魔法学の授業があるのですが、担当のウインストン先生が急病で不在なのです。それで代わりに授業をお願いできないかと思いまして」

「俺は戦闘魔法の専門家ではないぞ。他を当たった方がいいと思うが」

「一年も私や魔物と戦った経験があるなら、もう専門家のようなものです。今日はもう魔族学の授業もないはずですよね? ではお願いします」

「お、おい! 強引すぎるぞ」


 いつもより余裕がなさすぎる。

 これは厄介ごとを押し付けられたな。


「……すみません。学園長から紛失した魔道具の捜索を頼まれているんです。戦闘魔法学なら私もできるのですが時間がなくて……。どうか引き受けてもらえませんか?」

「わかった。そういうことなら引き受けよう。教官には借りが山ほどあるしな」

「だからセレスでいいです。でも助かりました。今日の授業内容はこちらにまとめておいたので参考にしてくださいね」


 そう言って授業に使う資料を置くと、セレスは足早に去っていった。

 自分も忙しいのに、相変わらず真面目だな。


 それに俺のことを頼ってくれるのは正直うれしい。


 一年A組は俺の担当するクラスだし、主人公の悪評を払拭するチャンスかもしれないな。


 俺はサンドイッチの残りを飲み込むと、資料に目を通すことにした。


 ……でも、バッドエンドを回避するなら、型破りなやり方だって必要かもしれないな。




 ◇ ◇ ◇ ◇





「本日はウインストン先生が急病のため、代わりに戦闘魔法学の授業を行う。入学したばかりのお前たちにもわかるように説明してやるから、エルフのように耳を立てて聞いておけ」


 俺が教室に現れたことで、生徒たちは露骨に嫌そうな顔をしていた。

 まあ、それはそうだと思う。


 評判最悪な魔族学の教師が、魔法使いに最も重要な戦闘魔法学を教えるわけだしな。


 でも、こっちだって命がかかってるんだ。

 なんとしても悪評を払拭して、ユウリを味方につけるぞ。


「返事は?」

「「「「「……はーい」」」」」


 まったくやる気のない返事が教室に響く。

 まさか一年生にすら、ここまで嫌われているとは思わなかったんだけど。


 まあ落ち込んでいても仕方ない。

 戦闘魔法の基本から教えていこう。


 俺も修行するまで気づかなかったが、基本がわかっていない魔法使いは意外と多いはずだ。


「お前たちに問おう、そもそも戦闘魔法とはなんだ?」

「対人、対亜人、対魔法生物を対象にして、肉体、精神的なダメージを与える魔法のことです。生活魔法とは異なり、習得者は魔法協会に個人情報を登録する義務があります」

「正解、百点だ。よく勉強しているなエリー=イグストレオ」

「ありがとうございます!」


 前に話した委員長が、真っ先に手を上げて回答する。

 名簿を見ずにフルネームで答えたせいで、クラスがざわめいた。


 原作なら生徒にネチネチ嫌味を言うだけだからな。

 当然名前なんて碌に覚えてない。、


「次は実戦での魔力の扱いについてだ。内練式と外練式の違いについて答えられる者は?」

「内練式は体内で練り上げた魔力を発動します。外練式は大気に含まれる魔力を集め魔法を発動します」

「ハンク=エルク、正解だが八十点だ。内練式は発動速度にすぐれるが、己の魔力量以上の魔法は使えない。逆に外練式は発動までに時間がかかる代わりに、大規模な魔法も使うことができる。もっとも身の丈を超えた魔力はコントロールが困難だがな。そこも言及すればなおよかった」


 内練式と外練式にはついては、無人島で嫌になるほど鍛錬した。


 俺は体内の魔力量を上げることに成功できたが、もし無理なら外練式を徹底的に叩き込まれていたはずだ。


 これがあるから魔法使いの決闘は、単純な魔力量だけで勝負は決まらない。


「魔法の手順の話をしよう。戦闘魔法の基本は属性に効果を付与することで、攻撃に用いるというものだ。デネブレ(闇属性)・ショック(基本攻撃魔法)なら【影の一撃】と、こんな風にな」


 俺が杖を振ると、黒い魔力の稲妻が中空で火花を散らした。


「いまの魔法は二節詠唱だな。『ショック』だけでも発動できるが、それではただ魔力の塊を飛ばすだけだ。火や水など属性を持つ精霊の力を扱うことで、応用力の高い魔法が発動できるわけだな」


 ちなみにデネブレ・カース・ショックみたいな三節詠唱なら、さらに威力や範囲を増強できる。


 ただ詠唱が長くなるほど難易度が上がるので、タイミングを図らないと実戦で三節以上の魔法は難しい。


「へーそうなんですか」

「すごいですね」


 ……あれ?

 なんか生徒の反応が薄い気がする。


 そりゃ確かに基本的な話ばかりしてるけども。

 もう少しノッてくれもいいんじゃないか?


 俺の授業に飽きたのか、勝手に雑談してる生徒もいるし。


「それ知らないやつが入学できるわけねーじゃん。バカじゃねーの」

「なにか言ったか? バル=カイネン」

「い、いえ」


 小声で悪態をついていた生徒を注意する。


 うーん、だいぶ舐められているな。

 これは少し実力を見せた方がいいかもしれない。


「『ヘイズ=ブラッドリー先生は耳がいい』とメモしておけ。たしかに入学試験を突破したなら、もういくつかの戦闘魔法を覚えているだろうな。ショックなら全員使えるだろう」


 そこで俺は一呼吸おいて話を続けた。


「お前たちは覚えた戦闘魔法を完璧に使いこなしていると思うか? 思う者は手を挙げろ」


 クラスの八割を超える生徒が手を挙げる。

 ただその中にユウリは入っていない。


 さすが主人公、もう理解しているわけだ。


「このクラスは天才、でなければ大馬鹿者が多いようだ。ではいまから外に出て実際に見せてもらおうか」

「え、外ですか?」

「時間の無駄なんじゃ……」

「俺が来た時点で自習みたいなテンションだっただろう。ほら早くついて来い」


 ブーブーと文句を言う生徒たちを引き連れて、教室から出る。

 ここからが本番だ。


 少し歩くと校庭にある戦闘魔法の射撃場に到着した。

 地面には的として等間隔に、『戻り案山子』が立っている。


 戻り案山子という呼び名は、再生の魔法がかけてあるためだ。


 燃やそうが潰そうがすぐ元に戻るため、魔法の試し打ちに最適な的になっている。。


「横一列に並んで各々目の前にいる案山子を攻撃してみろ。使う魔法は武装解除でな。まだ覚えていないなら早めに言っておけ。俺が手取り足取り教えてやる」


 いまの言葉で生徒たちはムッとしたようだ。


 ディスアーム(武装解除)はショックと並ぶ戦闘魔法の基本だしな。


 相手を傷つけず、武器とみなした所持品だけを破壊することができる。

 大魔導士を目指す者なら、五歳で使えてもおかしくない。


「なんでいまさら武装解除なんだよ」

「こんなの完璧に使えて当然だし」

「先輩たちの評判が悪い理由わかった気がする」


 生徒たちは不満をこぼしながらも、杖を構える。

 そして案山子に狙いを定めると、一斉に魔法を発動した。


「サラマンダー・ディスアーム【鎧溶かす息吹】!」

「ウンディーネ・ディスアーム【兜流す奔流】!」

「シルフ・ディスアーム【剣吹き飛ばす疾風】!」


 様々な属性の武装解除魔法が案山子に直撃する。


 案山子の着ている服だけが燃えたり、帽子が水に流されたり、手に持っている鋤が弾き飛ばされたりしている。


 威力だけならもう実戦で十分使えるレベルだ。


「これ何回くらいやったらいいんですか?」

「あんな止まった的何百回やっても外さないですよ」

「よし、もう止めていいぞ。武装解除を完璧に使いこなしていると思う者はもう一度手を挙げろ」


 教室の時よりも多い九割五分の生徒が手を挙げた。

 やはりみんな武装解除には相当な自信があるのだろう。


 今度はその中に主人公の姿もあった。


 さあ、いよいよ無人島でやった鍛錬の成果を見せる時だ。




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