第7話 何も言えずに

「あ、あの」


 先生に話しかけることができたのは、帰りの会が終わってからだった。昼休みの時間に先生に話しかけようとしたけど、失敗した。というか、教室でそんなことを話したりしたらみんなに聞こえてしまう。

 それに、クラスの目立つ女の子たちが先に話しかけていて、わたしが声をかけるなんてできない感じだった。だから、教室から先生が離れて職員室に向かうところを、周りにクラスの子が誰もいないかちゃんと確かめて声をかけたんだ。

 何回も何回も、頭の中でくり返した。


『やっぱり、書けません』

『脚本を書くのをやめます』


 先生は残念そうな顔をするだろうか。

 どうやってみんなに言うだろうか。


「あら? 長尾さん」


 廊下を歩いていた先生がふり向く。


「どうしたの?」


 だけど。

 勇気を出して声をかけたけど。

 いざ言おうとすると、やっぱりわたしは言葉に詰まってしまって、ぎゅっと背負っているランドセルの肩ひもをつかむ。


「あ、ええと、劇のことなん、ですけど」

「ああ」


 先生はうなずく。


「脚本ね。長尾さんが書くことに決まったものね。あ、もしかして、原稿用紙が足りなかった? 持ってこようか?」

「あ、いえ」

「そう? 長尾さんはいつも本読んでるし、作文も上手だし。先生も長尾さんがチャレンジしてみるのがいいかと思ったの。普段みんなと話したり人前に立ったりするのは苦手そうだけど、だからこそ自分が得意なことでがんばってみるのはいいことだなって。だから、先生も楽しみにしてるね」


 にこにこと笑って先生は言う。

 わたしに決まったときに止めてくれなかったのはそういうこと?

 先生、わたしのこと見てたんだ。

 それでも書くことなら、わたしにできるって思ってくれたの?

 だけど、わたしはまだ何も書けていなくて、何も浮かんでいなくて。


「がんばってね」


 口さえ開けないまま、肩を優しく叩かれてしまう。


「先生、ちょっといいですか?」

「あ、はい」


 しかも、タイミング悪くいつの間にか後ろから来ていた男の先生が、先生に話しかける。


「ごめんね、先生もう行かないと。また何かあったら言ってね」

「……はい」


 結局わたしは何も言えないまま、職員室の中に消えていく先生の背中を見送ってしまったのだった。


『何かあったら言ってね』


 先生の声が頭の中にひびく。

 言いたかったのは今だったのに。言おう言おうって、思っていたのに。

 声に出すことができなかった。

 やっぱり、わたしは考えるのも何かをするのも遅い。いつも後から後悔してしまう。

 ずっとこうなのかな。

 泣きそうになる。

 だけど、ここは学校だから泣いちゃダメだ。

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