第7話 飛ばす斬撃


 ビオダスダールの街を出てから、南東に進むこと約一時間。

 小さな森らしきものが見えてきた。

 

「あの森がグレイトレモンの木があるという森か?」

「恐らくそうだと思います! なんか……結構深い森ですね」


 俺とジーニアとでは森を見て思った感想が違うようだ。

 村の周りは手つかずの森が無数にあったため、これくらいの森だと俺は小さな森だと感じてしまう。

 ビオダスダールの街からも近いこともあって、結構な人が出入りしている形跡もあるしな。


「ジーニアは森に入るのは初めてか?」

「いえ、ゴブリンの討伐依頼を受けた時、北西にある森には行ったことがあります。ゴブリンと出くわして、すぐに逃げてしまったんですけど」

「そうだったのか。ジーニアも戦闘のセンスは悪くないと思うんだけどな」


 少なくとも、昨日ボコボコに叩きのめした冒険者よりかはセンスはあると思う。

 俺に短剣を突き刺そうとしてきた時の動きは、俺の重心が前に残っていることを見越して攻撃を仕掛けていたはずだからな。


 多分ではあるが、目が非常に良いのだろう。

 その目を扱うための技術や力がついていないだけで、格段に伸びるはずだ。


「本当ですか? グレアムさんに褒められるとお世辞でも嬉しいですね! でも……ゴブリンにすら勝てなかったのでセンスはないと思います」

「ゴブリンといっても色々な種類があるからな。強いゴブリンだったのかもしれない」

「そうなんですか? 私は一種類しか知らないんですけど、ゴブリンってそんなにたくさんいるんですね」

「俺が知っているだけで少なくとも三十種類はいるな。似たような見た目だが、一種類ごとに強さが異なるから油断できない相手だぞ」

「なんだか、私の知っている世界と違う世界の話をされている気分になります」


 そんな会話をしていると、丁度前方から生物の気配を察知した。

 かなり弱い気配のため、ホーンラビットのような弱い魔物だろう。


「早速、魔物が現れたみたいだぞ。今回は討伐の依頼じゃないし、別に戦う必要はないんだが……かなり弱い魔物だから、ジーニアが戦ってみるか?」

「えっ! 私が戦うんですか!? まずはグレアムさんが戦ってみてください! 私じゃ多分倒せないと思いますので……」

「俺が指示しながらなら倒せると思うが、まずは俺が倒そうか」

「ぜひお願いします!」


 森から飛び出るように現れたのは、薄汚い緑色の体をしたゴブリン。

 あまり見ない種類だが、恐らく通常種のゴブリンだろうか。


「あれは通常種の弱いゴブリンだな。このゴブリンならジーニアでも倒せる奴だぞ」

「あ、あの……私、あのゴブリンに負けました!」

「え……? そ、それはそうなのか?」


 俺も通常種ゴブリンとは戦ったことはないのだが、その理由は俺と戦う前に勝手に死んでしまうから。

 以前、村にゴブリンの大群が攻めてきた時も、味方からの攻撃に巻き込まれて死んでいたぐらいの弱さだったからな。

 

 単純な強さだけを見てもホーンラビットと同等だろうし、このゴブリンに負けるっていうのは少し信じられない。

 ジーニアに戦い方をレクチャーするという意味でも、素手で倒すことも頭を過ったが……ここは瞬殺を狙っていいだろう。


 俺は刀の柄を握り、腰を落として構える。

 そして――抜刀と納刀を一瞬で行った。


 刀が鞘に納まった瞬間、まだ遠くにいたゴブリンの首が宙を舞い、遅れて体が地面に倒れた。

 激しい血飛沫が上がったが、距離があるためこちらにかかることはない。


「――っと、こんなものだな」

「………………………へ? え、えーっと……………何をしたんですか!? いきなりゴブリンの首が飛んだようにしか見えませんでしたよ!!」


 ジーニアは興奮した様子で俺の脇腹を掴むと、前後に激しく揺さぶってきた。


「ちょっと止めてくれ。ただ斬撃を飛ばしただけだ」

「ざ、ざ、斬撃を飛ばすってなんですか!? そんな芸当、聞いたこともありませんよ!!」

「とりあえず落ち着いてくれ」

「あんなの見せられて落ち着ける訳ないじゃないですか! ――かっこよすぎますって!」


 それからジーニアが落ち着くまで森の前で質問責めに合い、五分ほど経ってようやく落ち着きを取り戻してくれた。

 スキルも乗せていないただの攻撃でここまで興奮するとは思っておらず焦ったが、手放しで褒めてくれたのは単純に嬉しい。


「やっと落ち着いてくれたか」

「すいません……。少しだけ取り乱しましてしまいました。でも、本当に凄かったですね! 本当に凄いものって何が凄いのか理解できないというのが分かりました!」

「褒めてくれるのは嬉しいが、そこまで難しいことをやった訳じゃないぞ」

「そうなんですか? 斬撃を飛ばすなんて聞いたこともないですよ。魔法を使っての攻撃かと思いましたもん! 魔法で倒すのも十分凄いんですけど」

「ちなみに魔法も扱えるぞ。火属性の魔法ならかなり得意だ」


 土属性の魔法でなんとか義手を作れないか模索したのだが、繊細すぎる魔力操作を要求されるため、手の代わりに動かすというのは無理だった。

 大きな拳のような土塊を作り、叩き潰す――とかの大雑把な腕なら可能なんだが。


「超人じゃないですか! 本当にルーキー冒険者の強さじゃないですよ! 私と組んで良かったんですか?」

「ジーニアが知らないだけじゃないのか? 流石に俺ぐらいの実力の奴なら、これだけ大きな街じゃ腐るほどいるはずだ」

「私は聞いたことないですよ! ……なんか今更ですが、冒険者ギルドでグレアムさんを馬鹿にしてきた人達にムカムカしてきました! 思いっきりぶん殴ってしまえばいいんですよ!」


 拳をブンブンと振りながら力説してくれるジーニア。

 こうして俺の代わりに怒ってくれる人ができただけで、俺としては溜飲は下がっている。


 それに人とはあまり戦いたくない。

 昨日のような例外はもちろんあるが、誤って殺してしまった時が怖すぎるからな。


「とりあえず森の中に入ろう。まだ森に入ってすらいないぞ」

「すいません! 私が入口ではしゃぎすぎてしまいました。でも、グレアムさんがいれば森の中も怖くないですね! ガンガン進んでグレイトレモンを探しましょう!」

「ああ。グレイトレモンを見つけるのはジーニアに任せたぞ」

「はい! バッチリ任せてください!」


 俺達は一度気を取り直してから、グレイトレモンを探すために南東の森に入った。


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