デビュタント・ボール 02

 ギルバートはメルヴィナを大広間の中央へと導きながら、小声で話しかけてきた。


「ようやく会えたな、メル」


 少し偉そうなお馴染みの口調が嬉しくて、メルヴィナは笑みを浮かべた。


「はい。私もずっとお会いしたかったです」


「今日は先日の答えを返してくれる約束になっているはずだが、ダンスを受けてくれたという事は、期待してもいいんだろうか?」


 どこか熱をはらんだ目を向けられ、メルヴィナはかあっと頬を染めた。


「えっと、お返事するのはダンスが終わったらでいいですか? 集中しないとうまく踊れないと思うので……」


「……お前の顔が答えのような気がするが、いいだろう。生身のお前のダンスの技量は王族席で見せてもらった。覚悟は決めたから足を踏んでも気にしなくていい」


 メルヴィナのダンスはお世辞にも上手いとは言えない。祖父や父と踊るところを見られていたかと思うと、別の意味で顔が赤くなった。




 大広間の中央に進み出て、ホールドの姿勢を取ると、それを待っていたかのように楽団がゆったりとした舞曲を奏で始めた。


「いくぞ」


 ギルバートの合図で、メルヴィナは彼と息を合わせて足を踏み出す。


(わあ……)


 ギルバートのリードは的確で、今までにメルヴィナが踊った男性の中の誰よりも踊りやすかった。

 ……と言ってもメルヴィナが知るのは、グレアムと父と祖父の三人だけなのだが。


「凄いですギル様。踊りやすいです!」


 何が違うのだろう。


(歩幅? 体の動かし方?)


 考えてもよくわからないが、自分の技量が上がったかのような錯覚を覚える。


 ――と、調子に乗っていたのが悪かったのか、ギルバートの足に自分の足を引っ掛け、メルヴィナは体勢を崩しかけた。


 すると、ギルバートの腕がメルヴィナの腰を力強く支えてくれる。


「大丈夫か?」


 ギルバートは何事も無かったかのようにメルヴィナを立たせ、上手く踊れているように誤魔化してくれた。


「……ありがとうございます」

「気にしなくていい。覚悟はしていると言ったはずだ」


 余裕の笑みを向けられ、メルヴィナは一瞬目を見開いてから微笑みを返した。




「……さっきから視線が凄いな」


 心を入れ替えてステップに集中していると、ややあってギルバートがぽつりとつぶやいた。


「ギル様は目立ちますからね」

「いや、私に向けられる視線ではなくて、お前の保護者だ」


 ちょうど会場の端にたどり着いたので、ギルバートはくるりとターンした。

 すると、こちらを食い入るように見つめるセオドアとリチャードの姿が視界に入ってくる。


「殺気を感じるんだが……」

「皆過保護なんです。自殺を図った私が悪いんですけど……」

「正直助かってもいるけどな。求婚を軒並み切り捨ててくれたおかげで今日まで待てた」


 ギルバートの発言に、メルヴィナは目を見張った。

 ――と、同時に曲が終わる。


 名残惜しさを覚えながらもメルヴィナはギルバートから身を離し、一礼した。


「答えを聞かせて貰えるか?」


 こちらに尋ねてくるギルバートの表情は硬い。


(緊張されているのかしら……)


 地位も身分も財産もある完璧な人で、当人もそれを自覚してか、普段は傲慢なくらいに自信に満ち溢れているのに。

 

 なんだか可愛らしく感じられてメルヴィナは笑みを浮かべた。そして、尊大な王子様にそんな表情をさせているのは自分なのだと思うと、優越感を覚える。


 実はこちらも緊張していたのだが、ギルバートの表情のお陰でいい感じに力が抜けた。


「私もギルバート殿下に惹かれています。求婚して下さいますか……?」


 真っ直ぐにギルバートの顔を見つめて返事をすると、彼は、ぽかんと呆けた顔をした。


「私の答えはわかっていたんじゃないんですか?」


 尋ねると、ギルバートはムッとした顔をした。


「もちろん何となくわかってた。でも、ちゃんと答えを聞くまでは不安だったんだ」


「いつも自信満々のギル様でも不安になったりするんですね」


「お前は私を何だと思ってるんだ」


 ギルバートはムッとした表情でつぶやくと、ため息をついた。そして、真剣な表情でじっとメルヴィナを見つめてくる。


「本当にいいんだな。私の求婚を受けるという事は、王室に入るという事だぞ」


「はい。何度も考えて覚悟を決めました。今の私ではきっと色々なものが足りていないと思いますが、ギル様の隣に立つ為なら頑張れると思います」


 メルヴィナはきっぱりと告げた。

 司祭に変装したギルバートから告白されてから、今日まで悩み抜いた先にようやく出した結論だ。


 彼の周りには、自分より綺麗で教養のある女性がきっと沢山いる。気後れするし釣り合わないという気持ちは今もぬぐい去れていない。


 でも、気付いたのだ。自分の中には彼に対する特別な好意が存在する。幽体離脱中は自分は死者なのだからと思い、封じ込めていた気持ちが。

 それを自覚したら、手を伸ばす以外の選択肢は思い浮かばなかった。


 おとぎ話の『シンデレラ』は、自分から積極的に行動して舞踏会に行き、王子様のダンスの誘いを断らなかったから最終的にお妃様として迎えられた。


 自分は彼が好きで、彼も自分を求めてくれている。それは奇蹟のような確率ではないだろうか。


 ハイランドには、『幸運の妖精には前髪しかない』ということわざがある。その言葉を思い出した時、メルは妖精の前髪を掴むと心に決めた。


 真っ直ぐにギルバートを見つめると、彼はようやく笑みを浮かべた。自信に満ち溢れたいつもの笑みだ。


「わかった。そこまで覚悟してくれているのなら、私は全力でお前を手に入れに行く」

「はい。よろしくお願いします」

「お前の家族の説得が一番骨が折れそうだ」

「私も協力します」

「期待してる。……そうだ、幽体離脱していた時の話をしても構わないか?」


 尋ねられ、メルヴィナは目を見張った。


「メルを好きになった過程を説明しようと思ったら、幽体離脱中の話をするしかないと思うんだ。これまで私とお前は接点が無かったからな」


 メルヴィナは考えた。これまで家族に秘密にしてきたのは、互いに迷惑がかかるのではないかと考えたからだ。

 気持ちを確かめあった今は、隠す理由は無くなったと言っていいのではないだろうか。


「……わかりました。言った方が理解してもらえると思うので、私からも話します」

「ああ。期待してる」


 ギルバートはメルヴィナに向かって、蕩けるような甘い笑みを向けてきた。

 こんな彼の表情を見るのは初めてだ。

 メルヴィナは目を大きく見開くと、彼の笑顔にぼうっと見蕩れた。

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