第34話

「ストーキングしてたんですか?」


 辻本さんが冷え切った声で訊くと、恋ちゃんは慌てた。


「ストーキングなんてしてないし! 絵里の後ろ姿を見かけたから後をつけただけ! やましいことなんて何一つないから!」

「恋川さん、それを世間ではストーキングと言うんですよ」

「絵里、あたしストーカーじゃないよね? 違うよね?」


 涙目で見つめられ、私は困惑した。


「う、うーん……」

「絵里!?」

「辻本さんと一緒にいた時、気分を悪くしたことがあったんだけど、その時恋ちゃん『大丈夫?』って連絡入れてくれたよね。あれって……」


 恋ちゃんが真顔になる。


「たまたまというか、偶然とうか、インスピレーションが働いたというか……後をつけてたわけじゃないよ。たまたま見かけた、ってことはあるかもしれないけど」

「絵里さん、警察を呼びましょう。それがこの人のためです」

「やめてよ!?」


 恋ちゃんが叫び、がっくりと肩を落とす。涙を浮かべて言った。


「た、確かに客観的に見たらあたしはストーカーに見えるよね。でも、違うの。悪気はないの。ただ、どうしても絵里がどこに行って誰と会って何を話をしてるのか気になっちゃう時が頻繁にあるだけなの。気になると、つい行動に移しちゃう性格なんだ」


 悪気はないから、と繰り返し主張する。目の焦点がぼやけているように見えた。

 

「悪気がない分より悪質な気がしますね、このストーカー……」


 辻本さんが眉を顰めて言う。流石にドン引きしている様子だった。


「ごめん、これからはほどほどにするから許して……」

「このギャル、まだやるつもりですよ。やはり通報しておきましょう」


 辻本さんの言葉に、私は苦笑を返した。


「恋ちゃんも反省しているみたいだし、今度からは控えてくれるんじゃないかな? というか、恋ちゃんは素直に私に聞きなよ。答えられる範囲でなら答えるからさ」


 ありがとう、と恋ちゃんが弱々しく笑う。目の端に涙を溜めていた。

 つい先日、恋ちゃんは自分の弱さや不安定さを開示した。それを聞いていたから、そこまで動揺せずに済んでいる。実害が出ているわけではないから、絶対にやめさせようとは思わなかった。

 恋ちゃんは涙を拭い、辻本さんの方を向いた。気を取り直すようにして言う。


「そういえば、あたしの作品が好きなんだって?」

「は? そんなこと一言も言ってませんが」


 不快そうに口の端を歪める。


「いや、言ってたじゃん。センスがいいって言ってたじゃん」

「……それは、言いましたけど……」


 屈辱に耐えるような表情をしている。今度は辻本さんが顔を赤くする番だった。


「緑ちゃんが好きなんだっけ? 可愛いって言ってたよね?」

「……」

「緑ちゃんみたいな陰キャっぽい子が好きなんだねー。なかなかいい趣味してるじゃん」

「あの、絵里さん。やはり通報した方がよくありませんかこの人。牢屋にぶち込んでおいた方が世のためになりますよ」

「あはは、照れちゃって。可愛いところあるじゃん。そういうの、もっとメディアに出していった方がいいじゃない?」


 いつの間にか形勢逆転している。

 私はコーヒーを飲み切ってから言った。


「そういう恋ちゃんも、『殺意の鼓動』を教室で読み切って、興奮してたよね」

「え?」


 恋ちゃんが固まる。


「休み時間、私のところに来て感動したって言ってたじゃん。初めてミステリを読み切れたー、って」


 辻本さんが冷静に、「そうなんですか?」と訊く。

 恋ちゃんは頬を掻いた。


「いや、まぁ、あたしミステリ初心者だし、詳しいことはよくわからないけど、凄いよかったよ。後半の展開にはびっくりだった。まさか、バレバレの女装をしていたのが伏線だったなんてね。どんな脳味噌していたら、こんなこと思いつくんだよ、って素直に感心した。解決場面も格好良かったし」


 すらすらと賛辞を並べる。そこに照れのような感情は含まれていなかった。本当に読んで感動したことが伝わってくる。


「……そ、そうですか」


 辻本さんが横を向いて言う。ミステリ弱者に読まれても意味はない、と豪語していたが、やはり褒められると嬉しいらしい。口の端をぴくぴくさせていた。

 場の空気が温かくなった。

 ふと妙案を思いつき、私は二人に笑顔を向けた。


「この後、三人でそれぞれの作品について語り合わない? 辻本さんがよければだけど」


 まだ三時間は経過していない。辻本さんの許可を取る必要があった。

 辻本さんは私を見つめ返すと、肩を竦めて言った。


「絵里さんに話そうと思っていたことは全て話しました。たまには感想を言い合う回があってもいいかもしれませんね」

「ありがとう。恋ちゃんもそれでいい?」

「いっぱい褒めてくれるならいいよ」


 決まりだ。言い出しっぺの私から口を開く。

 それぞれの作品の良さを、冷静に、時には暴走気味に語りつくした。作者に悪い影響を与えるのではないかという危惧は一ミリもなかった。

 なぜか。二人のことを信頼しているからだ。私の言葉一つで二人が断筆することはない。そんな確信が芽生え始めてきている。


 彼女達との相談日は、それぞれ残り二日ずつしかない。

 それが終われば、お別れだ。

 悔いのないよう、全力で向き合おうと思った。

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