第8話


 家紋の入った旗を掲げた数台の馬車が、未舗装の田舎道を軽快な音を立て走る。

 その周囲を幾人もの板金鎧プレートアーマーの騎兵によって警護されていた。

 旅の始まりと異なり、現在周囲は一面金色に輝く麦畑が広がる長閑な田園風景へと変っていた。


「今日は楽しみね」


 とめかし込んだ姉が言う。


「うん。そうだね……」


 と生返事を返した。


 俺も普段は着ないような、豪奢な儀礼服でめかしこんでいる。

 襲撃を受けた時に大変そうだなと、場違いな感想しか出てこない。

 父母は別の馬車に乗っており、この馬車には俺と姉そしてそれぞれの傍仕えが乗っているだけだ。


「アークの乳兄弟も一緒に受けるんでしょ?」


「そのはずだよ」


 乳兄弟と言っても転生者の俺と話が合うハズもなく、基本的に俺達は単独行動をしている。


「アーク……あなたねぇ」


「そう言う姉さんだってあんまり一緒にいないよね?」


「ぐっ……あの子の剣の腕は並だものお稽古ごとに力を入れているわ」


「姉さんや俺が入なかったらそこまで卑屈にならなかったのにね……」


「いいのよあの子は、魔法の方が得意だし」

 

 十歳になった貴族や騎士の子供達は、司教の居る教会に参拝し女神様の『祝福』を賜る。

 『祝福』と言うのは、魔力を自覚させる儀式であると共に、元の世界で言う出生届と戸籍を登録するものだそうだ。


 理由は単純明快、魔法があるとはいえこの世界の医療技術では幼児の死亡率が極めて高く、また国家に出生届や戸籍を管理する能力がないからだ。


「まあ貴族の子弟は『学院』に入学するから変わらないんだけどね」


 学院とは、騎士帝アルトスが統一帝国時代に創設したと言われる由緒ある学校だ。


 姉は類稀な祝福に加え優れた剣技を持っているため、その将来が期待されている。


 目的地に着き、泥除けの付いた昇降台ステップに足を掛け下車すると、俺達を迎えるためか神殿の関係者使がズラリと整列している。


「アーク行くわよ」


 姉さんは慣れたもので俺の手を引き、神殿の大きな扉を開ける。

 神殿の中には複数人の貴族や騎士の子弟が質素な長椅子に腰を降ろして座っている。


「あそこにしましょう」


 姉に指さされたのは誰も座っていない長椅子だった。


「そうだね」


 椅子に腰を下ろし姉と談笑していると、一人の神官が壇上に上がり説教を始める。

 祝福された者はこれから神や国のために、これからも日々生きていかなければならない。と言う教会の教えを説いたなんともつまらないものだ。


 つまり、「祝福は神様のおかげなんだから、神様のために頑張って働いて教会にお布施をしなさいよ」と言うことだ。


 なんともくだらない話だ。

 神官の説教が終わると、一人一人祭壇の前に呼ばれて、一人ずつ祝福される。


 つまり、祝福の有無や強さを隠すなど到底不可能ということだ。

 他の子供達の祝福が終わり、漸く俺の番になった。


 前の姉の件から、野次馬たちからは無意味な期待の眼差しが送られる。


 祭壇の壇上前に立つと、一変の曇りない水晶が置かれていた。


「手をかざしなさい」


 神官に言わるまま、他の少年少女のように手を水晶の上にかざす。

 刹那。


 ドクン。


 心臓が大きく跳ねた。

 体の内側からナニカが目覚めさせられるようなそんな感覚に襲われる。

 しかし、不思議と不快感はないものの疲労感に襲われる。


 他の子供達や両親、姉の反応を見る限り間違いない――


――魔力に覚醒したのだ。


 水晶から掌を通して魔力が伝わり、使用者に眠る潜在的な魔力を喚起させる装置なのだろう。

 事実今の俺は、魔力に目覚めその魔力が体外に溢れ出し、全身から淡い光となって周囲を照らしている。

 

 漏出している光=魔力量なのだとすれば、ここにいる子供達と比べてズバ抜けているように見える。


「フフン」


 少し優越感を覚える。

 魔力の大小は先天的な才覚とされているからだ。


「こ、これはっ!?」


 豪奢な法衣に身を包んだ神官がカッっと目を見開くと、立場を忘れ俺の魔力量に驚いているようだ。

 周囲の大人達は、続く神官の言葉を待ち望み静寂に包まれる。


「一級……それも最上位の漏出魔力量だと!!」


 神官は、震える声で絞り出すように呟いた。


「私より凄い」


 静寂を破ったのは姉の一言だった。

 大人も子供も神官さえも立ち上がり、歓喜の声が上がる。


「つまり特級に手が届くレベルということか……」

「準特級の魔力量だと……」


 魔力量は通常、一から六の六段階で現わされる。

 しかし何事にも例外が存在する――



 ――それが特級。


 『特級』と称される魔力量は最上位の一級を上回り、また極めた術者は世界の均衡を崩すとされる存在でもある。


 しかし、『特級』の術者の多くは大成しない。

 理由は複数ある。

 敵対勢力からの暗殺。魔力を暴走させ死亡、よしんば魔力を使えるようになっても、その莫大な魔力に翻弄され特級として相応しい実力が発揮できないなど様々だ。


「アークやはりお前は我が家の希望だ!」


 と父が言い母もそれを肯定する。


「アーク殿、神殿に興味はないかね? 神に尽くし人々の世界の安寧を祈る神官にならないか?」


 豪奢な法衣を見に纏った神官に声を掛けられる。

 神官としての格は、魔術の腕と政治力で決まる。

 つまり神官としては、自分の成り上がる道具になる俺と言う才能を、諦めきれないのだろう。

 とんだ博打打だ。


 神殿はこの大陸では国家規模の大きな派閥であり、時には国家や貴族と対立する存在だ。

 無下に断れば敵対する貴族や神殿から嫌がらせをされ兼ねない……


 そんなことを考えていると父母と姉が俺を守るように取り囲む。


「神殿長、今日はアークも疲れていますので、正式な打診であれば日を改めて当家にいらしてください」


 つまり、「アークも貴方も疲れているだから失言をしたのでしょう? 今回は訊かなかったことにしてやる。もし本当に欲しかったり、言い訳が欲しいのならココじゃなくてウチに来いや! 無事に帰れるとは思わない事だな」(意訳)と言っている訳だ。


「…………どうやら、私も興奮しているようだお恥ずかしい……」


 冷や汗を浮かべている。恥ずかしいと言って苦笑いを浮かべているものの目だけは笑っていない。

 憎しみと怒りが入り混じった憎悪の篭った瞳だ。

 俺達家族は他の家族や神官の羨望の眼差しを背に受けながら一早くその場を後にした。




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『あとがき』


 読んでいただきありがとうございます。

 1~8話までは連載するとしてもテンポを考えボツにする予定でした。皆さまの反応が良ければ次回作はこういう幼児転生モノにしようかな?

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