第19話 普通に可愛いクマさん
「おお、これが魔法学校かぁ」
と感心した声を出すのは、少女形体になった真竜アジリスだ。
アジリスはロザリアの家に居候し、毎日ゴロゴロしていた。
「真竜は労働などせぬ」と不敵に笑っていたが、それが一週間も続くと暇を持て余してしまったらしく、「真竜もたまには働くのだ」と言ってロザリアの母親の後ろをついて歩き、お手伝いをしていた。
それでも時間が有り余ったのか、こうして制服に袖を通して、校門の前に仁王立ちしたわけだ。
「まさかアジリスまで生徒になるとは思ってなかったわ。こうして同じ制服姿で並ばれると……小ささが際だって、可愛すぎる! 抱っこしていい? 撫で撫でしていい?」
「我が頷く前に抱きついて撫で撫でしているではないか。まあ、リリアンヌの撫で撫でもなかなか心地よいので許してやろう。存分に撫でるがいい」
「わーい」
「待ってください。アジリスは私と主従契約をしているのに、なぜ私が撫でると嫌そうな顔をして、ほかの人には媚びた顔をするのですか」
「それは前にも言っただろう。ロザリアの撫で撫でが雑なのだ」
「納得できませんね。いいですか、私には妹がいます。私は姉なのです。幼少期から妹を撫で回すこと幾千幾万。ベテランです。撫で撫でのオーソリティですよ」
「ふん。雑に回数ばかり積み重ねても、雑さに拍車がかかるばかりだぞ。無駄な時間を過ごしたな」
ロザリアはプライドが傷ついた。
反論してプライドを守らねばならない。
反論するには論拠が必要だ。
第三者の意見こそ説得力ある論拠になるだろう。
なのでロザリアはリリアンヌの頭に手を置いた。
「あ、雑」
なんということだろうか。
アジリスの主張の信憑性が増してしまった。
こうなっては頼れるのは自分しかいない。ロザリアは己の頭に手を乗せる。そして三百年の人生において最大クラスの衝撃を味わう。
雑だった。
前世にて。そして今世にて。幼児の頃は多くの人たちに撫でられたものだ。
それらと比較して、自分は雑だった。愛を感じない。
「こ、この手は……誰かを愛することができないのでしょうか。邪教団を滅殺することだけを考えてきた私には、温もりがないのでしょうか……」
「ふん。たんに不器用が極まってるだけだろ。ロザリアの母が嘆いていたぞ。あの子は魔法の勉強ばっかりで、家事を全然手伝ってくれないと」
仕方がない。家事が苦手なのは前世からだ。一度死んでも治らなかったのだから、きっともう治らないだろう。
「……家事など、別に人の手でやる必要はありません。いずれ私が、全ての家事をやってくれる機械を作って見せます」
「それが完成したら凄いと思うけど……あなた、妹を撫でるのもその機械に任せるつもり?」
「そ、それは私の特権です」
「じゃあ家事でもして不器用なのを治さないと、妹にも雑って言われるわよ」
「イリヤはそんなこと言わないはずです……」
「口に出さなくても、内心思ってるかもよ?」
「……明日から家事を手伝います」
「そこは今日からって言いなさいよ」
リリアンヌの指摘はまこと正論であったが、面倒なのでロザリアは頷くのをためらった。
「ロザリアさん、リリアンヌさん。前回の反省を生かして、今日は可愛らしいのを持ってきましたわ。もうキモいとは言わせませんわよ!」
と、エリエットが駆け寄ってきた。それからアジリスを見て首を傾げる。
「あら、こちらの小柄なお方は?」
「我は真竜アジリスだ。そういうお前はエリエットとかいう錬金術師だな? お前を見るのは初めてだが、お前が作ったあのキモい大砲が走っているのは見たぞ。この真竜の心胆を寒からしめるとは大したものだ」
「そんなキモいキモいって言わないでくださいまし! わたくしはあれを美しいと思っていますのに……」
「あれが? 敵に与える精神的ダメージまで計算した設計なのかと思ったぞ……あれが美しい……やはり人間の感性はドラゴンとは大きく異なるのだなぁ」
「待って。ほとんどの人間はあれを美しいとは思わないから。エリエットが特殊なだけだから」
「リリアンヌさん……初めて会ったときは、あんなにわたくしをリスペクトしている感じでしたのに、ぞんざいな対応になっていませんか?」
「今でも技術力はリスペクトしてるわよ。技術力は」
「うぅ……とても見下されていますわぁ。けれど、今日の発明品で汚名返上ですわ! さあ、みなさん、校庭に来てくださいまし!」
前回と同じパターンだ。
大砲を超えるキモさのが出てきたら、ロザリアは泣くかもしれない。
しかし放置して帰ると、この学校の校庭にずっとエリエットの発明品が居座り続けるわけだ。
大人しくエリエットのあとを追いかけ、なにか理由をつけて一撃で破壊してやろう。
そう心構えしていたのだが、いざ校庭に行くと、予想していたのとは真逆のものが待ち受けていた。
「……クマさん!」
ロザリアより背の高い、直立したクマがいた。
ぬいぐるみのように丸っこく、威圧感が少しもない愛嬌ある顔立ち。
しがみついて頬ずりしたら気持ちよさそうな布地で覆われている。本当にクマのぬいぐるみなのかもしれない。
「ほほう。言うだけあって、これは確かに愛らしいな。我にはちと劣るが」
「えー、なにこれ凄く可愛いじゃない! エリエット、こういうの作れるなら、こういうのだけ作りなさいよ」
「お褒めにあずかり光栄ですわ! やっと皆さんと分かり合えましたわ……感動ですわ!」
「私は安心しました。エリエットさん、こういう普通に可愛いのを、普通に可愛いと思う感性をお持ちだったんですね。それならなんとか人の社会で暮らしていけるでしょう」
「ロザリアさん。わたくしを人里に降りてきた化物みたいに言わないでくださいまし」
違うのか、とロザリアは驚いた。
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