第13話 真竜を蹴飛ばしたら泣いちゃった
ドラゴンは狭いところが好きらしい。
もちろん、家よりも大きい彼らによっての『狭い』は人間やエルフとかなり違うのだが、とにかく体がすっぽり収まるところで丸くなると落ち着くのだ。
だからドラゴンは谷や洞窟を住処とする。
ウィスプンド村は周りを森に囲まれていて、開けた土地とは言いがたい。
ところが木々の隙間はドラゴンにとって広すぎるようで、不満げな視線をロザリアに向けてくる。
そこで、みんなで協力して岩を運んで汲み上げ、丸くなって寝転ぶのに丁度いい隙間を作る。
「えいほ、えいほ」
肉体労働に精を出すのは村のエルフたち。それにリリアンヌを初めとする腕自慢の人間も加わる。
「ふれー、ふれー」
ロザリアはあえて手を貸さず、応援するだけ。
魔力トレーニングになるし、苦労を共にすれば結束が強まるだろうという狙いだ。
「人間もなかなかやるじゃないか」
「エルフこそ、そんな細腕でとんでもない力持ちの集団だな!」
完成した岩の隙間にドラゴンたちが入り込み、丸くなった。可愛い。
くつろぐ姿を見て、苦労が報われた思いになったのだろう。エルフと人間は宴会を始めた。
この村で作られたワインと、外から運ばれてきたビールで、昼間から乾杯。
「ほほう。このビール、なかなか美味しいですね。冷やしたら、もっとのど越しがよくなるはず」
氷魔法でキンキンに冷やして、ごくごく。ぷはぁっ!
「ロザリア。酒のベテランって感じの飲みっぷりね」
「ふふふ。村で上位の酒豪と自負しています」
ロザリアは前世から酒が好きだ。
あればあるだけ飲むし、飲めば飲むほど気分がよくなる。
安月給だったので飲める量には限度があったが、タダ酒なら無限に飲む自信がある。
「私はやっとお酒を飲める歳になったわ。ワインってなかなか美味しいわね。ビールは苦いから好きじゃないけど」
「おや。リリアンヌさんも、なかなかの飲みっぷりではありませんか。けれど慣れていないなら、ほどほどにしてくださいね。自分の限界を知らずに、美味しいからと飲み続けたら最悪、死にますから」
「……ロザリアに真顔で死ぬとか言われたら、ぞわわってするわね……殺気を感じるわ」
「失敬な。でも、それでリリアンヌさんがゲロまみれになるのを回避できるなら、甘んじて受け入れましょう」
そして、ほどほどの酒量の宴会は盛り上がる。
ドラゴンたちも物欲しそうにしていたので、大きな皿にワインを注いで持っていってやると、細長い舌でチロチロ舐めだした。可愛い。
仲良く酒盛りだ。
と、盛り上がっていたら。
上空から得体の知れない気配。一直線に落ちてくる。
「――みんな、伏せてください!」
ロザリアは大声で注意を促したが、間に合うとは思っていない。反射的に口にしただけだ。だが反射的に動いたのは口だけでなく体もで、そのおかげでなんとかみんなを守れそうだ。
空から迫るのは赤いドラゴン。
岩に挟まって丸くなっているものたちより、一回りも二回りも大きかった。
だが体が巨大というだけでは、ロザリアが焦るに値しない。
本当に恐ろしいのは、魔力の大きさだ。
ロザリアでさえ戦慄を覚えるほど膨大な量を、これ見よがしに放っている。
もしそれが全て攻撃魔法に転じたら、ウィスプンド村は荒野と化す。
「はっ!」
ロザリアは力の限り跳躍。
赤いドラゴンと交差する瞬間、その頬に回し蹴りを叩き込んだ。と同時に、足の裏から爆破魔法を放ち、ドラゴンを彼方まで吹っ飛ばしてやる。そのつもりだったのに、手応えがない。
ドラゴンは大木をへし折りながら森の奥に転がっていく。
それだけだ。森の外まで蹴り飛ばすつもりだったのに。
すぐそこにいる。
ロザリアは氷魔法を乱射し、ドラゴンを氷漬けにする。更にその周囲にも氷の柱を立てまくって、即席の檻を作った。
だがその全てが体当たりで砕かれた。
「くくく! 我が同胞たちを飼い慣らしたエルフがいると聞き、顔を見に来てやったが、なるほど! この強さなら同胞たちが屈服してしまうのも頷ける。我には通じぬがなっ!」
赤いドラゴンはロザリアを見下ろしながら、人語を発した。
つまりドラゴンの中でも最高位の『真竜』に分類される存在なのだ。道理で強いはず。村はかつてない危機にさらされている。
しかし同時に、言葉が通じるなら交渉の余地があるということ。
感情豊かな話し方からして、人と精神構造が近いのだろう。そこに付けいる隙がある。
なにせこのドラゴン、見栄っ張りだ。
「通じぬと言う割りに、涙目になっていますが? 私の蹴り、痛かったんじゃないですか?」
「え!? わわわっ! これは涙ではない……汗だ! 我は汗っかきなのだぁ!」
甲高い声。見た目からは判別できないが、女の子なのかもしれない。
ドラゴンは首をブンブン振り回す。
すると目尻にたまっていた大玉の水滴が飛び散った。
どう見ても涙だ。
ロザリアの攻撃は真竜に通じる。
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