第10話 ドラゴンの群れが出たらしい
「…………なぜリリアンヌさんが当然のようにお姉ちゃんを迎えに来てるの? これは私のお姉ちゃんなんだけど?」
玄関先でリリアンヌと遭遇したイリヤは、目を細めてこれでもかと不機嫌な表情を作った。
「う、うん。あなたの姉なのは知ってるわよ。ロザリアと一緒に学校に行く約束してたから来たんだけど……」
「リリアンヌさんに失礼ですよ、イリヤ。そんなツンツンしてないで、あなたも一緒に登校したらいいじゃないですか」
「私はこんなにお姉ちゃんが好きなのに、お姉ちゃんはそうやってほかの女とイチャイチャして……ふんだっ! もういい。私は一人で行くから!」
イリヤは肩を怒らせて先に歩いて行ってしまう。
「やれやれ、嫉妬深いんですから。それにしても一人で行くなんて心配です。イリヤは最高に可愛いので、誘拐されたりしないでしょうか」
「妹は嫉妬深くて、姉は心配性って困った双子ね。大丈夫でしょ。イリヤ、かなり強いでしょ。立ち姿を見るだけで分かる。何気なく歩いてるけど、あれは武人の姿。強くなるため、かなりの努力をしなきゃ、ああはならない。ロザリアだってそのくらい分かってるでしょ?」
「まあ……そんじょこそらのエルフよりは強いです。けれど心配は心配です」
「ふぅん。私のお父様とお母様とお兄様も似たようなこと言うわ。私は末っ子だから分からないけど、そういうものなんでしょうね」
「ええ、そういうもんです」
ロザリアはリリアンヌと並んで歩く。
今やこの村には大勢の人間がいる。エルフたちはそれを当然のこととして受け入れ、リリアンヌはまるで目立っていない。
半年前には考えられなかった光景だ。
教団による攻撃から村と妹を守る。
それを目的に生きてきたので、乗り越えた先になにが待ち受けているか、深く考えていなかった。
ただボンヤリと、みんなで平和に暮らすんだろうなと感じていた。
実際、平和が訪れた。なかなか刺激的な平和だった。
嫌いではない。
しかし、この平和は永遠ではないだろう。
エルフは摂生しなくても千年以上は簡単に生きる。その長い時間、ずっと事件が起こらないとは考えにくい。
それに、教団の者の捨て台詞が気になっていた。
破壊神マルティカスが滅んだのではない。いずれ第二第三のマルティカス教団が生まれる。
それを聞いたとき、なるほど、と思った。
言った本人は苦し紛れだろうが、一理あるのだ。
いつの時代も、人生が辛いからなにもかもぶっ壊そうと考える者は一定数いる。また似たようなことを企む組織は、きっと出てくるだろう。
そして、次も楽に倒せるとは限らない。
敵を倒したら、もっと強い敵が出てくる。ゲームではありがちな話だ。
ならば備えなくては。
次の敵。次の次の敵のために。
人間社会と交流するのが、吉と出るか凶と出るか。
色々な才能や物資が入ってくれば、村はより豊かになる。だが、いいものだけが入ってくるとは限らない。内側に敵を抱え込む可能性だってある。
「うーん。考えすぎるとハゲそうです」
「なに? 抜け毛が気になるの? あなたもう三百歳だもんねぇ」
「エルフは老けないので、年齢イジりは効きませんよ」
「確かに……超絶美形だらけの種族を相手に、下策だったわ」
そして魔法学校に到着し、授業を受ける。
ロザリアは教科書を書く側の存在で、もはや学ぶことはほとんどなく、趣味で生徒をやっている。なのでリリアンヌにつきあって、初等授業を回った。
「ごめんね。一日中付き合わせて」
「いえいえ。たまにこうして復習するのも悪くないです」
「ありがと。さーて、学食でラーメン食べるわよ!」
「同じものばかり食べると栄養が偏りますよ」
「昼は醤油ラーメンで、次は味噌ラーメンにするから平気、平気」
そういう問題ではないと思いつつ、地球の味を気に入ってもらえてロザリアは嬉しくなる。頑張って味を再現した甲斐があった。
「ちゅるるるる。もぐもぐ。ところでロザリアってドラゴンと戦ったことある? ちゅるるるる」
リリアンヌは麺を啜りながら質問してきた。味噌スープが飛んだのでロザリアは結界でそれを反射する。「あちちっ」と人間の姫は涙を浮かべた。姫の癖に行儀が悪いからこうなるのだ。
「ドラゴンは見たことさえないですね。どういうものかは知ってますけど」
「そうなんだ。実はラギステル王国の辺境にドラゴンの群れが住み着いたのよ。で、近くの村の家畜を襲って食べてるみたいなの。それどころか、すでに人間の犠牲者も出てる」
「討伐しないんですか? 正規軍を送るとか、冒険者を雇うとか」
「何度も派兵してるわよ。けど、結果は返り討ち。犠牲者が増えるばかり。だから私がこの学校で強くなって、ドラゴンを倒しに行くのよ!」
「へえ。立派な志です」
ロザリアは素直に感心してから、チャーハンを口に運ぶ。
そして閃いた。
ドラゴンがそんなに強いなら、手なずけて番犬代わりにすれば、村の戦力パワーアップだ。
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