第2話 妖精

「くそっ、放せ。勝手に召喚しておいて、この扱いは無いだろ」


別に、他の召還者たちと一緒に歓待されたかったわけではないが、このまま見ず知らずの世界に放り出されては大変だ。


やばい、城門が見えてきた。


両脇の兵士たちを振りほどこうとしたが、どんなに暴れてもまるでビクともしなかった。


「他の人には見えてなかったみたいだけど、スキルならちゃんとあるんだ。確かめさせてくれ。セーブポイントっていうスキルが……」


その時、目の前に先ほどのステータスボードのような半透明のウィンドウが出現した。


『≪ぼうけんのしょ≫を使用しますか?』


その下に「はい」「いいえ」の選択肢があり、心の中で「はい」を選びたいと思うとそちらの方が点滅して消えた。


そして、周りの景色が一変する。




気が付くと俺は、ちゃぶ台しかない小ざっぱりとした四畳半の畳敷きの和室に立っていた。


ちゃぶ台の上には一冊の本が置かれていて、その向こうには小柄で貧相な老人が正座をしてこちらを見ている。


「あっ、土足ですいません」


俺は慌てて靴を脱ごうとしたが、老人は「いや、そのままで構わん」と声を発した。


「いや、そういうわけには……」


「靴を脱いでも、その靴を置く場所が無い。それにこの場所は物質界にはないゆえ、その靴にも汚れなど付いてはいない。お前のその姿はお前の認識がそのまま表現されているだけ。だから、そのままで良いと言ったのだ」


「はあ。それじゃあ、お言葉に甘えて……」


確かに見回してみてもこの部屋には玄関はおろか窓も無い。

背後には古ぼけたふすまのような引き戸がひとつあるだけ。


「セーブポインターよ。よくぞ参った。吾輩は、記帳所セーブポイントの妖精、名前は、……まだない」


なんか夏目漱石の小説みたいだ。


「いや、あるにはあったようなんじゃが、思い出せぬ。吾輩が誰なのか、何のために存在しているのか……」


自ら妖精と名乗る怪しげな老人は腕組みし、ぶつぶつと何かを言い始めた。


大丈夫か、この爺さん。

呆けてるんじゃないのか?


小声でそっと呟く。


「呆けてなどおらん!おぬしはユウヤじゃな。おぬしが≪ぼうけんのしょ≫を使いに来たそのことははっきり認識しておる。時間も無いし、セーブするがよろしいか?」


「セーブ? 」


「そうだ、吾輩はセーブするためにここにいる。セーブが何を意味するのかは今はわからんが、吾輩がセーブしたものをおぬしはロードすることができる」


まったくわからん。

誰かほかに説明できる人はいないのか。


「ぼうけんのしょには一番から三番まであるが、まずはそれを選べ。時間が無いぞ。お前の精神はもうすぐ現世に引き戻される」


老人はいらだった様子でじっと俺の顔を睨みつけてくる。

どうやら呆けていると言われたことで機嫌を損ねたようだ。


「じゃ、三番で」


「善し、三番だな。ロードしたくなったら、『≪ぼうけんのしょ≫の三番をロードする』と口に出しても良いし、心の中でも善いからそう唱えるのだ。よし、ちょうど時間が来た。セーブできるのは一日一回。ロードできる回数は制限が無い。以上だ。吾輩が覚えているのはこれだけ。また来るが善い」


ちゃぶ台の上の本の表紙には≪ぼうけんのしょ≫というタイトルが記されており、その下の真ん中あたりに「セーブ回数:1回」の文字が浮き出た。




景色が一変すると、そこは再び城門の手前で、どうやら時間の経過は無かったらしい。


そのまま力づくで引き摺られ、そして文字通り、城門の外に放り出された。

勢いに負けて、地面についた両手を激しく擦ってしまった。

血が滲み、左手の中指の爪が少し欠けてしまった。


「この無能め!もうこの城に近づくんじゃないぞ。王はお前を目障りだと仰せられた。次に見かけた時はどういう処分が下るかわからんぞ」


「ちょっと待ってくれよ。このまま何もわからないまま無一文で放り出されたんじゃ、野垂れ死にしてしまう。せめて、餞別とか何かないのか?」


「餞別だと? お前のせいで何人の命が無駄になったと思っているんだ」


「そんなの俺のせいじゃないだろう。このままどこかに行けって、無責任だろ」


「ええい、離れろ。うっとおしい。そんなに欲しければ、これをくれてやる!」


兵士は腰の剣を抜くとそれを俺の腹部に突き刺した。


「えっ、嘘だろ」


兵士は刃を俺の腹から引き抜くと、肩をドンと押した。


「おい、こんなところで死なれると片付けが面倒だぞ」


もう一人の兵士が呟いたのを頭上で聞いた。


俺はそのまま地面に倒れ、刺された場所を押さえたが、生暖かい液体がとめどなく溢れてきて、どうすることもできなかった。


興奮で感覚がどうにかなってしまっているのか、痛みはそれほどではなかった。


だが、体に力が入らないし、視界が狭まっていくのを感じていた。


やがて周囲の雑音が消えて、目の前が完全に真っ暗になる。

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