第13話 再びの男子の生態



 モブ人生を歩んで来た俺に、恐ろしいほどハードルの高い要求を突き付けた王子は、ソファーに座り、俺の肩に手を乗せたまま相変わらず表情の読めない顔で俺を見ていた。


 大変なことになった……。

 そう思って、ふと視線を上げると本棚が目に飛び込んで来て、俺はまたしても驚いてしまった。


「あれ? 本棚の中身代わってませんか? 中身がというより……本棚自体が違いますよね?!」


 昨日見た本棚は、少し小さめの本棚で本の半分が子供向けの絵本などが置いてあったが、絵本が無くなり、普通の本ばかりになり、かなり本の量が増えていた。


「ああ、そうだ。さすがに気づいたか。実は、お前が『心の準備をしたい』などいうから、少し待ってやろうと思っていたら『本を読み始めた』という報告が入ってな。今のお前が選ぶ本がどのような物なのか、興味もあったので様子を見せてもらった」


 え?

 まさか、俺の選ぶ本、見られてたの??


 何、その……別室審査みたいな心臓に悪い調査。本当に、レオンハルトって腹黒だな。

 今後、城にいる時は、俺の行動は全てレオンハルトに筒抜けだと思ったようが良さそうだ。

 ……気を付けよう。


「……そうですか」


 俺は少しレオンハルトと距離を取ろうとすると、レオンハルトが逃がさないというように、俺の肩に置いた手に力を入れた。


 なんなんだよ、もう!!

 レオンハルトの意味不明な行動に戸惑っていると、レオンハルトがニヤリと笑った。


「ルーク、お前の読んでいた本の報告は受けた。てっきり本など読まないと思っていたが、私と同レベルの本を選んで読んでいたようだったからな。……今回、お前に全てを話して、選択肢を与えることにしたのだ」

「――は?」


 俺って、もしかして読書に救われたの??

 よく『読書は人生を助けます』っていうけどさ……即効性ありすぎでしょ??

 あ~~あの時の俺、ナイス!!

 

「レオンハルト様、ルーク様。そろそろ外国語の学習の時間です」


 俺が自分を心の中で褒めたたえていると、レオンハルトの執事のミルカが声を上げた。


「ああ、もうそんな時間か……。存外時間が、かかったな」


 レオンハルトは、俺から離れて用意されていた執務机に座った。


「こちらが、私の机だ。ルーク、お前も座れ」


 え?

 今日から始まるの??

 いきなり?!


 俺はソファーから立ち上がると、レオンハルトを見て戸惑いがちに言った。


「あの……今日から始まるのですか? 心の準備をしたいのですが……」


 俺としては、ゆっくりと心の準備を整えてから始めたかったのだが、そんな俺にレオンハルトはまたしても凍てつくような視線を向けてきた。


「そう言って昨日は帰ろうとしただろう? いつできるかも、わからぬ心の準備など、必要ない。とにかく座れ!!」


 とにかく座れって……なんてブラックな勉強環境だ。だが……将来可愛い女の子と結婚するためだと思えば、頑張らないわけにはいかない。


「……はい」


 俺はソファーから立ち上がり、自分用に準備された机に向かいながら返事をしたのだった。

 こうして俺は初日から、外国語、歴史、算数とみっちり、ガッツリとお勉強をすることになった。





「お疲れ様でした、本日のお勉強は、これでおしまいです。~~さぁ、お茶の用意を致しますね」


 レオンハルトの執事のミルカが、ソファーの前のテーブルにお茶とお菓子を準備した。


「ふぁ~~~~あ」


 俺はあくびをしながら、椅子に座ったまま背伸びをした。


「ルーク。お前……意外と計算は得意なのだな。正直、見直したぞ」


 レオンハルトが、感心したように言ったが……。


 あ~~うん。

 俺、これでも大学生だったからね。

 13+4とか、28ー13の計算は出来る。

 うん。俺……一応、大学生だったからね。


 レオンハルトの後に、ミルカも感心したように言った。


「ええ。本当に意外でした。ルーク様、計算お得意なんですね。すぐに終えて、先生も驚いてました」


 だから、俺……もう、以下略。

 ところで、レオンハルトもミルカもさっきから、意外、意外と連発しているが、失礼じゃないかな?

 まぁ、口に出して言えはしないのだけど……。

 

「どうも……」


 結局そうお茶を濁すように答えて、俺は休憩のためにソファーに座ろうとすると、レオンハルトも俺の前に座った。

 計算は楽勝だったが、外国語や歴史やマナーはさっぱりだったので、さすがに疲れた。俺は疲れた脳を回復させるために、お茶を飲んだ。てっきり苦いのかと思ったが、フルーツのお茶のようで、ほのかな甘味と爽やかな匂いに癒された。


 あ~~~お茶が美味しいなぁ~~~。


 お茶の甘さに癒されていると、レオンハルトが口を開いた。


「やはり、砂糖は入れないのだな」

「え?」


 レオンハルトが、俺をじっと見ながら言った。


「以前のお前はどんなお茶にでも砂糖を山ほど入れていたし、菓子も甘い物ばかり好んで食べていた。記憶を無くすと嗜好までも変化するのだな」


 ギクッ!!


「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」


 思わずむせてしまった俺に、レオンハルトがソファーから立ち上がると、俺の隣に座って背中を撫でてくれた。


「おい、大丈夫か?」 


 いや、実は俺って、別人だからね?!

 そりゃ~~食べ物の好みも違う……。


 そう思ったが口にすることは無く、俺はすぐにレオンハルトを見た。


「レオンハルト殿下、もう大丈夫です……」

「……お前は……目を離すと何をするのか、わかならないな……」


 レオンハルトは背中を撫でる手を止めたが、相変わらず隣に座ったまま俺から手を離さなかった。

  

 普段、腹黒でかなり怖いし、高圧的だし、すぐに睨むが……。

 優しいところもあるのだ――レオンハルトは……。


 兄は俺に『親しい友人はいない』と言っていた。だが、レオンハルトは以前の俺が、大量に砂糖を入れることを知っていた。それに厳しいことを言いながらも、俺と一緒に勉強してくれる。

 

 実は、元々、仲がよかったのだろうか?

 友達……だったのだろうか?

 だからこそ、ルークの変化にもすぐに気づけたのだろうか?


 だとしたら――俺はレオンハルトの友人を奪ったことになるのかもしれない。俺は少し申し訳なくなって、レオンハルトに尋ねた。

 

「レオンハルト殿下は……以前の俺と仲が良かったのですか?」


 顔を上げてじっと見つめると、レオンハルトがあっさりと答えた。


「いや、全く。お前は、私に無遠慮に寄って来てはいたがな。私のお前への印象は『センスの欠片もなく、砂糖を気持ち悪いくらい入れる人間』ということしかないな」


 うっわぁ~~~。

 何、その印象……かなり最悪だな。

 でも、そうか。つまり以前の俺は、王子とその取り巻きになりたい人みたいな感じだったんだな。


 でも、聞かなきゃよかったなぁ。前のルークのことだとわかっていても、地味に凹む。


「そう……ですか」


 肩を落としていると、レオンハルトがニヤリと笑った。


「そんな顔するな。そうだな……今日のやるべきことは終わって、まだ夕食までには時間がある。昨日の続きでもするか?」


 俺は眉を寄せて尋ねた。


「昨日の続き? 何か途中でやめたことがありましたか?」


 話はすでに終わったし、昨日の本は読み終わったし……なんだ? 全く見当がつかない。


 腕を組んで考えてみたが、わからずにレオンハルトに尋ねると、レオンハルトが真顔で答えた。


「これから外に行く。そしてルーク、お前は全力で逃げろ。捕まえてやる」


 …………え?

 外に出て全力で逃げろって……それって。


「鬼ごっこをするってことですか?」

「鬼ごっこ? ああ、なるほど……鬼ごっこという言い方をするのか。それだ。捕まえるから逃げろ」


 本気か!?

 これから?


 昨日は逃げながら隠れたり、かなりスリルのある鬼ごっこだった。大学生の俺なら間違いなくお断りするところだが……。この身体は幼いからのか、不思議と動けるし、疲れもあまり感じないのでレオンハルトの誘いに乗ってもいいと思えた。やはり身体に心が引っ張られているのだろう。


「今度は俺が鬼になって、レオンハルト殿下を捕まえましょうか?」


 鬼は公平にしなければならない。そこでフェアに鬼ごっこを楽しむために、俺が鬼になることを提案した。


「鬼? ああ、捕まえる方が『鬼』なのか。では私は鬼がいい。私はお前を捕まえたい」


 ところがレオンハルトは俺の提案を断った。鬼になることを自分で選ぶなんて珍しい。俺が小さい頃はみんな鬼になるのがイヤで、じゃんけんで鬼を決めた気がする。


「……わかりました」


 それから俺は、レオンハルトと庭に出て鬼ごっこをした。少しでも手を抜いて真面目に走らないと、レオンハルトが「真面目に逃げろ!!」と、かなり怖いので俺は真剣に走って逃げた。


 逃げて逃げて、もう走れないと思って俺がふらつくと、レオンハルトに背中から抱きしめられるように捕まる。

 そして、レオンハルトは「はぁ、はぁ」と息を整えながら、俺の耳元で「……捕まえた」と7歳とは思えない色気のある声で言うのだ。


 何度か捕まり、俺はその度に「鬼を代わる」と言ったのだが、なぜかレオンハルトは鬼になることばかりを好んでいた。

 結局、俺とレオンハルトは、その日も疲れて地面に寝転ぶまで全力で走ったのだった。

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