第3話 貴族子息の仕事





 それから俺は、数日で体調も良くなり、過保護な兄の手助けもあり、順調にこの世界での生活にも慣れてきた。この生活していくにつれて、この世界は、中世ヨーロッパくらいの文明のレベルだということがわかった。しかも、俺は貴族の家の子供だということもわかった。

 俺は――ルーク・フロート。貴族で、七歳。家族構成父、兄。母はすでに他界。

 読み書きは問題なくできるし、言葉も話せる。今のところ困ったら兄が手を貸してくれるの全く不便はない。

 兄に頼りながら日常を過ごして数日経った頃、兄がヒラヒラと手紙のような物を、手に持ちながら、歩いて来た。


「ルーク。今度お城で、2人の王子殿下がお茶会をされるらしいよ。今回は子供だけの集まりで、私とルークが2人で招待を受けたよ」


 お茶会……。

 想像するだけで疲れそうなイベントに眩暈を覚えた。

 

「お茶会って、やっぱりマナーとかあるんですよね?」


 俺の質問に兄はいつも上機嫌に答えてくれる。


「ああ、もちろんだ」


 俺は、げんなりとして、項垂れてしまった。

 きっとお茶会というのは、俺の知っている飲み会だとか、合コンだとかとは違うのだろう。最近やっと、食事中のテーブルマナーを覚えてきたところなのに、お茶会作法は面倒そうだ。


「それ……出なければいけませんか? 俺、記憶無くしていますし……」


 できれば、出たくない。

 そう願いを込めて尋ねてみたが、兄は顔を曇らせながら言った。

 

「ルークの頼みなら、なんでも聞いてあげたいが……。さすがに王子殿下のご招待は断れないな。それにルークはまだ外に親しくいている相手はいなようだったから、特に記憶がないことは言わなくても問題ないと思うし……」


 俺は大きく溜息をついた。

 出なければいけないのなら、出るしかない。

 それにもしかしたら、モブキャラの俺は誰にも見つからずに、お茶会をこっそり抜け出せるかもしれない。俺は、これまでイベント事では、モブとして最高の働きをしてきたのだ。存在を忘れられることは当たり前、視界にも入らないこともあるようで、ただ座っているだけで「わぁ、いたの?」と驚かれる始末だ。

 もしかしたら、俺、世が世なら忍びになれちゃうんじゃね? 

 そう思えるくらいのモブっぷりなので、お茶会でも目立つことなく、離脱できるかもしれない。


 それだ。今回も俺の最高のモブスキルを使ってやり過ごそう。


「わかりました。参加いたします」


 俺の返事を聞いた兄は張り切った様子で言った。


「ふふふ、兄様がマナーを教えてあげるからね」


 兄に教えを乞うのは、嫌ではない。親切丁寧に教えてくれるので、兄は、教師としても最高なのだ。


「お願いします、お兄様」


 こうして、俺は兄からお茶会のためのマナー講習を受けたのだった。





「何? これ……七五三?」


 お茶会当日、俺はマリーに着せられた服を鏡で見ながら、眩暈を覚えた。

 まぁ、7歳だと言っていたので、まさに七五三ではあるのだが、こんなにも、ヒラヒラのレースは、いるのだろうか?

 この顔に似合ってはいるが、中身大学生の俺にこの服はかなり恥ずかしい!!


「お似合いですよ。お坊ちゃま!!」


 マリーはこの服になんの違和感も持っていない。しかもお似合いだと言ってくる。


 ん~~。この世界の貴族の子供ってこんな服が普通なの?


「……それは、どうも」


 俺がテンション低く答えると、扉をノックして、兄が何かを手に持って入って来た。


「準備は出来たかい?」


 俺は思わず兄をじっと見つめた。


「ど、どうしたんだい? そんなに熱い視線で」


 戸惑う兄に向かって俺は声を上げた。


「お兄様の服、レースないじゃん!!」


 どうして俺だけこんな服?

 兄のようなシンプルで知的な雰囲気漂う服がいいんですけど?!


 俺の言葉に兄が声を上げながら言った。


「え? 私も、レースがあった方がよかったかい?」


 兄の服は、とてもシンプルなタイプの服だった。

 俺は、レースがついてヒラヒラスーツタイプの服なのに……。


「ズルい……俺も、シンプルな服がよかった……」


 俺が恨みがましい視線を兄に向けると、兄とマリーが驚いて大きく目を開けた。


「えええ~~!! お坊ちゃまがシンプル?! あれほど派手な服装を好んでおりましたのに!!」


 は?

 派手な服装??


「ああ、いつも服のレースだけでは足りないと、宝石も大量に付けていたのに?!」


 こんなに大量のレースでは飽き足らず、宝石を大量に?

 おいおい、子供にそんな高価なものつけさせるなよ 、冗談だろ?

 

 俺は思わず頭を抱えた。

 どうやら以前のルークは、随分と成金趣味だったようだ。だが、そう言われて思い出す。


 成金趣味?


 そういえば、どこかで、指にたくさんの宝石をつけた人物を見たことがあるような……?

 どこで見たんだったかなぁ~~~。


 もう手を伸ばせば届きそうなところまで、思い出している気がするのに思い出せなくて、悔しい。


「では、宝石はいらないかい? きっとつけるだろうと思って宝物庫から持って来たのだが……」


 兄が、時価総額……恐怖円というような、宝石箱を開きながら言った。 

 俺は、あまりの宝石のまばゆさに目を逸らしながら言った。


「うん、いらないから、すぐにしまって、早急にしまって、そしてカギかけて!!」

「そうかい? わかったよ。でも、私も前々から、宝石がなくとも、ルークは十分に可愛いと思っていたんだ。では、片付けよう」


 兄はそういうと宝石箱を持って、どこかに行った。


「お坊ちゃま……本当に記憶がないのですね……」


 マリーがどこか、自分に言い聞かせるように言った。


「はぁ~~。そもそも、どうして、子供が宝石なんて物を大量につけるのさ……」

「以前のお坊ちゃまは、イサーク様よりも、人目を集めたいとおっしゃっていましたよ」


 兄より、注目されたい?!

 なんだ、その愛情不足そうな子供っぽい理由は……!!


 注目を得たいって、構われたいってことか?

 ふと、鏡に映った自分の姿を見た。

 まだあどけない、顔。

 小さな手足。

 華奢な身体。


 そうか……俺、まだ小さいのか……。


 母親も亡くなって、父親も忙しくて家にいないと言っていた。

 実際これまで、一度も父という人間に会ったことはない。

 俺が、記憶を無くしているという報告はしてあるにも関わらずだ。

 薄情ではないだろうか?

 それとも、かなり仕事が忙しい人なのだろうか?

 もしかしたら、幼いルークは、寂しくて誰かに構ってほしかったのかもしれない。


「ルーク~~お待たせ~~行こうか」


 そして、俺は、部屋に入って来て、俺と手を繋いだ兄を見上げた。俺よりは大きいが、イザークも、まだまだ子供だ。


「お兄様は、いくつですか?」

「私かい? 9つになったよ」


 9歳と言えば、まだ小学生だ。もしかしら、兄が俺に過保護だと思うほど絡んで来るのは、兄も寂しいのかもしれない。それなら、これほど俺に構うのも納得だ。俺は兄と繋がれた手を握り返すと、兄を見ながら言った。


「行きましょうか、お兄様」


 兄は、まだ幼さの残る可愛い無邪気な笑顔を見せ、俺の頭にキスをした後に言った。


「ああ、行こう」


 こうして、俺たちは、お茶会の会場である城に向かったのだった。


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