第6話 エピローグ①

◇◇◇



 卒業記念の夜会から三月みつきほどが過ぎました。


 あれからいくつもの状況が変わりました。

 もちろん私とリュド様の婚約も完全に破談となりました。

 当時の父はやはり怒り狂っておりましたが、そんな彼のプレッシャーを感じとったからか、王家側の有責ということで、多額の慰謝料や、政治的な計らいがなされました。




 あの場にいたグランジェ令嬢とその証言者達ですが───彼らはみな等しく奴隷へ落とされることとなりました。

 彼らの処遇も致し方なしと言われております。

 ライノ様があれだけ『王家の前で虚偽を述べることの重大さ』を念を押したにも関わらず彼らは陛下達の前で嘘を貫いたのですから……。


 噂によると男性は鉱山へ、女性は娼館へと売られたそうです。

 処遇が明らかになったとき、謹慎中の彼ら彼女達は、悲鳴を上げて泣き叫んだと聞きました。


 それもそうでしょう。

 どの国も鉱山の需要が高まっている今、鉱山奴隷はそれこそ馬車馬の如く働かされ、そこでの生活は一年保てば良い方と言われております。つまり、実質彼らは死刑判決を受けたのと同義なのです。


 また娼館送りとなったグランジェ様をはじめとする女性陣は、二人を除いて貴族でしたので、生活の落差に慣れるまでは地獄のような苦しみを味わうでしょう。二人の平民に至っては王妃候補を辱めたということで───いえ、それはもう言葉にする方が野暮かもしれませんね。


 

 またこの件に関する罰は、罪を犯した彼らのみならず、彼らの実家にまで及びました。ほとんどの家は降爵され、それだけでなく数年間、国へかなり厳しい税を支払うよう取り決めされました。


 ただ、グランジェ様のお家である男爵家はお取り潰しとなり、一家離散となりましたが、実際に彼らがどうなったのか、姿を見た者はいないとされてます。



 さて肝心の騒動の張本人であるリュド様ですが、彼は廃嫡となりました。これからは完全に平民として強くたくましく生きていくことでしょう。


「どうして私が! そうです!! 私は騙されただけなんです!! あの女狐め!! 父上、母上、私は女狐に騙されていたのです!! 良き計らいを!! 良き計らいを!!」


 彼は最後までこのように叫び続けたそうですが、陛下達は決して恩情をお与えにはなりませんでした。


 彼がこれほどまでに厳しい処罰を受けることになった理由は、踏みとどまるべき場面が何度もあったはずなのに、その全てを無視し、己の都合の良い方へと突っ走ったから、という所でしょうか。


 リュド様は、忠臣の言葉にも耳を貸さず、取り巻きのおべっかとグランジェ令嬢の甘言だけを受け入れていたのですから、仕方のない処遇だったのかもしれません。万が一ですが、反王家を謳い、彼を担ぎ上げる愚か者が現れないとも限りません。彼のような人物が、人の上に立つべきではない、だからその憂いを完全に絶つという意味でも、リュド様は平民へと落とされないといけないのでした。


 また彼に与えられた罰はもう一つありました。

 それこそが卒業記念の夜会を台無しにする原因となったグランジェ令嬢との婚姻です……といっても、彼女は娼館に落とされてしまいましたので、平民となったリュド様には毎日汗水垂らして働いていただいて、何とか彼女を召し上げ、その後に婚姻を結ぶように強制する措置を取ることになりました。


「多くの人間を巻き込んであれだけの騒ぎを起こすほどの愛情があったんだから、そのくらい簡単だろう?」というのが陛下の弁でした。



 そして最後に。

 私は卒業しましたが、リュド様との婚姻が結ばれなかったために、今では領地に引きこもりつつも、ばたばたと忙しない毎日を送っております。けれど───





◇◇◇



 それはつい先週のことでした。

 領地にて戻り引きこもり生活を送っていた私ですが、遊びに来られたライノ様から、やけに緊張した様子でお話があると告げられました。

 私はお茶と茶受けを用意させると、いつも通りのんびりした感じで彼とお話を始めました。するとライノ様は、


「あなたは他の誰よりも優秀だ。それに既に王妃教育を済ませている。俺の両親も、あなたが結婚相手であればそれに勝る喜びはないと言ってくれている」


 あの日私の前に立ち、雄弁に語ったときの様子とは異なり、あーだとか、うーだとか、やけにもごもごした様子でお話をされたのでした。私は、彼の言葉をゆっくりと待ちました。


「すまない。そうじゃないんだ。そんなことが言いたかったわけではない」


 私が「焦らずにゆっくりとお気持ちをお言葉にしてくださいな」と述べると、「大丈夫、大丈夫だ」と呟き、何かの決心を固めた様でした。


「フランチェスカ嬢、私と婚約して欲しい」


 唐突な告白に、私が返答出来ずにいると、


「さきほどは、あなたが優秀だとか、王妃教育がどうだとか、父上がどうだとか言った。それは全部建前なんだ。

 俺は知っている。あなたがどれほど頑張っていたかを。

 遅くまで残って勉強する姿も、厳しい王妃教育に歯を食いしばって耐えていた姿も───俺は知っていたんだ」


 顔を真っ赤にしたライノ様の瞳が真っ直ぐに私に向けられました。


「俺は、あなたに憧れていた。いつだって頑張っているあなたに。そして、誰からも好かれ、誰からも愛されるあなたに。

 どれだけあなたに焦がれようと、兄さんと婚約しているあなたへと、近づくことは許されなかった。少なくとも、正式に婚姻関係が結ばれるまで、あなたに近づいてはいけなかったんだ」


 ライノ様のあまりの情熱的な口説き文句で、私の顔が熱くなっているのがわかりました。


「今でも、あなたと気兼ねなく話せていることが夢の様に思える。けれど俺は、どうしようもなく欲張りで……あなたとのその先を願ってしまうんだ。俺はこの先遠くない未来で、いなくなったリュド兄さんに代わって王位を継ぐだろう。だからそのとき、俺の隣にはあなたにいて欲しい」




◇◇◇




「フランチェスカ嬢、何をぼうっともの思いに耽っている?」


「あら、嫌ですわ。お恥ずかしい。ただ、この数ヶ月色々なことがあったなって思いまして……」


 私の実家にて、ライノ様が向かい合って座ってます。


「だな。その気持ちはよくわかる。まさか俺があなたの婚約者になれるだなんて……夢にも思わなかった」


 私はその日にライノ様からの申し出をお受けしました。

 彼の両親からの賛同を得ているとはいえ、事態はそれほど簡単なものではありませんでした。要するに、私の父が首を縦に振りませんでした。しかし、傷心した娘からのお願いと、王子という地位のライノ様が頭を下げたことで、父からの「考えておく」というお言葉をいただきました。


 父は何も、頑なに婚約を拒否していたのではなく、ライノ様がリュド様のように不誠実ではないかと懸念していたのでした。


 だから、父は即座に遣いを出し、ライノ様のありとあらゆる評判や能力や性格などの情報を集めさせ、毎日毎日、それらを精査したのでした。その結果しぶしぶながらも父は、ようやく婚約をお認めになられたのでした。


「私もライノ様とこのような関係になるとは夢にも思いませんでした」


 彼が腰を浮かせて、私へと手を伸ばしました。

 そして硬い指が、私の頬へと触れました。


「良かった……夢じゃない」


 私が微笑わらうと、粗野でワイルドな彼の顔がくしゃりとほころびました。その優しい表情に、不覚にもドキリとさせられました。

 そして、何故か、そのとき私は、この先もずっとずっと、それこそ、この命が尽きるそのときまで、私は目の前の彼───ライノ様と一緒に、一生を共にするのだと確信したのでした。

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