第37話〈闇を振るう男〉

「明日の朝、この町を発つ」


 サヴァイヴが言った。


「リカ先輩の感覚が正しければ、この町にはレイモンドさんもいなければ治療薬も無い。だから、首都ルトレに行ってみようと思う」


「首都に薬があるという根拠があるのか?場所も分からないのに闇雲に動いても時間を無駄に浪費するだけでは無いのか」


 エグゼが肩についた藁クズを払いつつ言う。


 使っていない椅子や、埃にまみれた箒、錆びたバケツ等が置かれた一室の地べたに座って、五人は話し合っている。モルトの父親の代に、農場で働いていた従業員たちが寝泊まりしていたという小さな部屋だ。


「船長の予測が正しければ、レイモンドさんが盗んだ薬はルトレのとある薬品商の元へ運ばれるはずです」


 若干外の方へチラチラ視線を向けつつ話しながら、リカは懐から一枚の手紙を取り出した。


「いくらC・レイヴンの死神部隊が優秀な傭兵集団であり、ブラックカイツを裏で操っていたとしても、彼らだけでは国全体を巻き込んだ内乱は起こせません。彼らには大義名分がありませんから。フォルトレイク国民からしても、基本的には過激派の危ない集団でしかない。なので、彼らには協力者が必要なわけです。盗んだ治療薬を有効に活用して、ブラックカイツに大義名分を与えて賛同者を増やし、この国を真っ二つに割ることが出来る力のある者達が」


「その協力者とやらが首都にいて、奴らはそこへ薬を運ぶわけか」


 頷きながらエグゼが言う。リカはまたチラリと窓へ目をやり、話を続けた。


「船長が独自ルートで得た情報によると、他国からの治療薬輸入に反対して、フォルトレイク国政評議会と対立している者達がいます。それが、フォルトレイク最大の薬品商会『ブロンズ商会』。そこの会長であるエラルド・ブロンズがブラックカイツの関係者と密会しているのが確認されているそうです」


「その情報は、信憑性があるのか?」


 エグゼが顔を顰めた。


「船長の持つ情報源とは何だ?ブロンズとブラックカイツとの密会を確認したのは誰だ?そのような不明点の多い情報を信じて良いものか?」


 リカは何も言わずに、持っていた手紙を皆に見せる。情報提供者から送られて来たものらしい。送り主の名は書いていないが、四葉のクローバーのような意匠の入った特徴的な印が押されていた。それに気づいたサヴァイヴとアリスは表情を変え、呟いた。


「『エレヴェイテッド・ロビン』……!」


「そうです」


 リカが頷きつつ言った。


「クラフトフィリア王国直属の傭兵団『E・ロビン』。その団員がブロンズ商会に潜入して得た情報です。信頼して良いかと」


 エグゼが小さく舌打ちをした。信頼には足りるかもしれないが、その情報元が傭兵団である点が気に入らないようだ。そんな彼の態度を気にしつつも、リカはまとめた。


「ブロンズ商会は首都ルトレを本拠地としています。盗まれた治療薬もそこへ運ばれた可能性が高い。そこへ向かい、薬を取り返しましょう」


「そうだね。それも、なるべく早急に」


 ドリュートン先生が頷いた。その横に座るサヴァイヴが、これまでに無い深刻な表情で考え込むように言う。


「E・ロビンが関わっているって事は、このまま長引けばクラフトフィリアが本格的に介入してくる可能性があるって事だ。今はブラックカイツが起こす犯罪活動レベルで済んでいるけど、大国が介入してきたら、より大ごとに発展しかねない!……しかも、C・レイヴンはキングフィッシャー系列の傭兵団だから、つまり……」


 サヴァイヴはアリスへと目を向けた。アリスが囁くような口調で呟く。


「ヴィルヒシュトラーゼが……関わってくる……かも」


 傭兵団『キングフィッシャー』を所有する帝政ヴィルヒシュトラーゼは、クラフトフィリアと並ぶ大国だ。もしこの二つの国がフォルトレイクへと介入してこようものならば……。


「そうなったら、フォルトレイクは大国同士による戦争の舞台になってしまう。その最悪のケースだけは避けないと」


「船長もその点を懸念していました。ですから、万が一治療薬が奪われでもしていた場合に備えて私をここへ派遣したのです」


 そして事実その『万が一』が起こってしまっているのだ。五人は顔を見合わせた。すぐにでも奪われた治療薬を取り返して、国の医療機関へと送り届ける。彼ら彼女らに課せられたこの使命に、フォルトレイクの未来がかかっているのだ。


 気づけば夜もだいぶ更けていた。外の暗闇へとたびたび目を向けて落ち着かない様子のリカにエグゼが小さく声をかける。


「……どうかしたのか」


「その、やはり隣の建物がかなりうるさいもので……。それも、危険な雰囲気の騒音です」


 エグゼが、鋭い瞳でサヴァイヴを横目に睨む。サヴァイヴは小さく頷くと、リカに言った。


「その騒音、もっと詳しく聞き取れないかな?先輩の力で……」


「分かりました。やってみます」


 そう答えて、リカは胸元からペンダントに下げられたカプセルを取り出し、開く。中に入っている水晶のように透き通る石が淡く青白い光を反射した。その光を目にしたリカの瞳が縦に伸びたかと思うと、長いブルーアッシュの髪が意思を持つかのようにうねり出して絡まりまとまってゆき、狼の耳のような形状に変化した。犬歯が伸びて肉食獣のような牙となり、爪も鋭く尖っていく。


 変身を終えたリカは目を瞑り、隣の建物から聞こえてくる音に集中して耳を澄ました。それからすぐに目を見開き、ただ事ではない剣呑な表情で皆に言う。


「ブラックカイツのアジトを……憲兵が取り囲んでいます!」






「守りを固めろ!憲兵の連中が入ってこないように!」


 ブラックカイツの団長、スタナムが怒鳴った。建物の扉や大きな木製の門を閉め、内側から厳重に鍵をかけつつ、緊張感のある面持ちで団員達は各々の武器を構えていた。そのような緊迫した空気の中で一人愉快そうな表情でソファに腰掛け状況を見守る金髪の大男がいる。ペンタチ・C・レイヴンだ。


(ハクア隊長が呼んだっていう憲兵っすかね……)


 薄ら笑いを浮かべながら、ペンタチは一人思案する。行動を共にしていた相棒のクレバインは、先行して首都ルトレへと向かっている。そのクレバインとは別のルートで首都へ向かい行動を起こすのがペンタチの役割なのだが、出発しようと準備を整えていた矢先に、ここマクロの町を警備する憲兵が彼らの行く手を阻んだのだ。


(こういう衝突を繰り返しながら、雪だるま式に勢いを蓄えていって、首都で一気にそれを爆発させる……ということっすよね……隊長の指示は。なんか、だいぶ大雑把な命令っす)


 やれやれ、と小さく溜め息を吐く。しかしどちらにしろ、その指示を完遂するにはここで負けていては意味が無いのである。ペンタチは苦笑いをしながらスタナムへ声をかけた。


「ただ守るだけじゃ勝ち筋は見えないっすよ、こっちから攻めていかないと」


「もちろんです。し、しかし……」


 スタナムがどもりながら答えた。彼が怖気づくのも無理はない。外で待ち構えている憲兵達は二十名ほど。数はアジト内の団員よりも少々多い程度だが、気迫が違う。国に害を成す犯罪者達を根絶せんとする覚悟と気合に満ちた者ばかりであった。


 スタナムは早口でペンタチへ言う。


「戦で大事なのはタイミングです。今は、それが良くない。敵が奇襲を仕掛けてきて、こちらはそれに対応しているという形ですから、今はむこうの流れになってしまっています。ここは一度膠着状態にして敵の勢いを断ってから、我々で流れを取り返すのです」


 そんなスタナムに対して、ペンタチは呆れ笑いを向けた。


(戦場も知らないお坊ちゃんに戦の流れなんて語って欲しく無いっすね)


 このブラックカイツを率いるスタナムという男は、知的で物腰が良く、人の心を読んで動かすことに長けている。強い思想も持っており、それを成し遂げるための戦略を考えることもできる。


 しかし、実戦経験が皆無に等しい。これまでこのブラックカイツが行ってきた犯罪行為やテロ活動においても、スタナムは作戦を立案して指示を出していたのみ。安全な場所から部下に命令するということしかしてこなかったため、いざ戦いの場に放り込まれたら動揺してしまい、上手く働けないのだ。


 ふう、と一回息を吐くと、ペンタチは立ち上がった。


「そんな、膠着状態なんて待ってる場合じゃないっすよ。クレバイン達はもう首都で暴れ始めてる頃だし、俺達も急がないと。それに今に奴ら、この建物内に入って来るっすよ」


 直後、外から憲兵の声が聞こえて来た。


「お前達の企みは分かっている!大人しく武器を捨てて出て来なさい!さもなくば、強制的にこの建物内へ突入する!」


「スタナムさん!大変です!」


 窓の隙間から外の様子を伺っていた団員の一人が、悲鳴のような声を上げた。


「奴ら、爆薬を使って門を破壊する気です!」


「なんだと⁉」


 スタナムが叫んだ。ペンタチがニッと笑う。


「ほら、もはや一刻の猶予もないっすよ」


 そう言うと、ペンタチは軽く伸びをして、門の方へと向かった。


「……まあ良いや、とりあえず俺が行ってみるっすわ」


「え?本当ですか?」


 スタナムはペンタチの背を縋るような目で見た。ペンタチは何も言わずに小さく頷く。途端に元気を取り戻したスタナムが、団員達に向けて高らかに言う。


「真の傭兵、ペンタチさんが戦って下さるぞ!これで我らの勝利は決まった!この方こそ英雄!皆、ペンタチさんに続け‼」


 建物中から団員達の歓声が上がる。


(まったく、単純と言うか調子が良いと言うか……)


 苦笑いをしながら、ペンタチは木製の門の前に立った。そもそもこのアジトは、昔この土地にあった巨大な農場で倉庫として使われていた建物だ。馬車に積み荷を乗せたり下ろしたりするためにある大型の出入り口、それがこの木製の門である。


「開けて」


 ペンタチが低い声で命じた。


 アジトの外では、銃を手にして剣を腰に下げた憲兵隊が緊張感を滲ませて待ち構えていた。


「中から返答はありませんね」


 憲兵の一人が隊長に言った。隊長は爆薬を設置していた部下達に指示を出す。


「点火しろ」


 その時、木と石がこすれ合う鈍い音が響いた。何か重い物がずれ動く音が鳴り、ゆっくりと目の前の門が開く。離れていく二つの扉の奥に、大柄な人影が見えた。月明かりをその金髪に反射させて立つペンタチは、口元に不敵な笑みを浮かべて懐からメタナイフを取り出した。


 彼が手にしたメタナイフは、他の死神部隊メンバーのそれと同様に荊の蔓と鳥の翼模様が刻印されている。しかしそれ以外に、通常とは異なる彼のメタナイフ特有の特徴が一つ、全体が光沢を帯びた黒色に塗られているのだ。


 憲兵達を前にして一人仁王立ちをしつつ、両の手を胸の高さに伸ばして勢いよく、漆黒のメタナイフを抜刀した。中から現れた流体金属『メタリカルタイド』は刀身ではなく長い棒状に変形し、その先端に鋭い刃を形作り、ペンタチの背丈ほどもあろうかという巨大な黒槍を形成した。


「……行くよ『幽鬼松明』」


 黒槍の名を呼び、構えて、憲兵達を見る。その危険な色を帯びた瞳に気圧されたかのように憲兵隊隊長は声を張り上げて部下に命じた。


「撃て‼」


 一斉に銃声が響く。しかし放たれた銃弾はペンタチの身にかすり傷すらつけることなく、『戦場の呪力抗体』に弾かれ乾いた音を立てて地に転がった。隊長は驚愕し、目を見開く。しかし動揺することなく、即座に次の指示を下した。


「剣を抜け!この者に銃は効かない‼」


「へえ、判断が速いっすね。うちらの『団長』とは大違いだ」


 そう言って笑いながら、長い黒槍を軽やかに回転させつつ駆けだして、憲兵に向けて振るった。黒い刃の残像が憲兵達の肉を削り、血を纏って飛沫を上げた。


 その姿、暗闇を掴み取り操るが如し。


 漆黒の刃が一度に四、五人の体を吹き飛ばし、その身を裂いて夜陰の中へと散らしていった。


「はははっ久しぶりだなあこの感じ!やっぱ楽しいっすね。ねえ、そうは思わないっすか?」


 無邪気な人の良さそうな笑みをその顔面に湛えながら、ペンタチは問いかける。憲兵達はまるで化け物でも見るかのような怯えた視線をペンタチへと向けていた。


 喉をぱっくりと裂かれてゆらりと倒れた部下の体を支え、優しく地に横たわらせた憲兵隊隊長が、悪鬼羅刹のような憎々し気な表情でペンタチを睨みつける。


「ギルバート、アンドレイ、バーニー、ニール。今、貴様が殺した私の部下の名だ。娘が産まれたばかりの者や、結婚したばかりの者、祖母に誇れる優しい男になりたいと語っていた者、病気の弟のために働く者もいた。皆、この国の平穏と民の幸せを守るために粉骨砕身していた者達ばかりだ」


「……それで?同情して欲しいんすか?だったら戦わなきゃいいのに」


 ペンタチが興味なさげに隊長を見た。隊長は、剣を構えて激越な口調でペンタチへ言う。


「そういうことではない!このような状況を楽しめるわけが無いと、そう言いたいだけだ!これまでに貴様らが殺してきた者達、そしてこれから殺そうとする者達、その全てに家族があり、大切な者達があり、人生がある……‼それらを楽しんで壊そうとする貴様のような者を、放置しておくわけにはいかない‼この町の、この国の平穏を守るため、貴様らはこの場で全員捕えて檻の中へと送ってやる‼」


 怒りと使命に燃える憲兵隊隊長とは対照的に、しらけたつまらなそうな表情でペンタチは肩をすくめた。ペンタチの背後から、ブラックカイツ団員達の声が響いてきた。


「愚かな‼国家権力の飼い犬風情が‼」


「何が平穏だ!そのようなぬるま湯に浸りきった怠惰な精神が、この国を堕落させるのだ‼」


 そちらの声に対してもまた呆れたような表情を示した後、ペンタチは黒槍を隊長に向けて突いた。隊長は紙一重でそれをかわす。


 ペンタチの無双を見て勢いづいた団員達が、次々と建物から出てきて加勢する。憲兵隊との撃ち合いが始まり、ブラックカイツ団員とペンタチによって、憲兵隊は蹂躙されていく。


 憲兵隊を指揮するだけあり、隊長の剣術の技量は高く、動きにも切れがある。その実力をもってして、なんとか一人でペンタチの相手をしていた。しかしそれも防戦一方。反撃へと転じる余裕が無い。重く素早い怒涛の連撃に襲われ、手にしていた剣が弾き飛ばされた。


「あんまり面白くは無かったけど……よく頑張ったっすね」


 ペンタチはニヤリと笑って、丸腰の隊長へと槍を振り下ろした。


 その瞬間、闇から飛び出した素早い人影が、白銀の光を振るってペンタチの黒い刃を受け止める。金属音が鳴り響き、淡い月明かりが人影を照らした。濃い深紅の瞳が、ペンタチを睨みつけていた。


 ペンタチは歓喜に満ちた叫び声を上げた。


「おお……っ!こんなとこで再会できるなんて!嬉しいっすよ!サヴァイヴ君‼」


 ペンタチの黒槍をメタナイフで受け止めたサヴァイヴは、そのまま武器を持つ腕を振るって槍を払う。それから、背後の憲兵隊隊長に「下がってください」と小声で言った。


「な、なんだ君は……」


 隊長が困惑しながらサヴァイヴへ問う。サヴァイヴは彼の方は見ずに、ペンタチから視線を外すことなく答えた。


「通りすがりの……傭兵ですよ」


「……おい、俺達を貴様ら罪人の同類扱いするな。虫唾が走る」


 暗がりから加勢に現れたのは。サヴァイヴのみではない。同じくこの場に駆け付けたエグゼとアリスもまた憲兵隊の前に立ち、ブラックカイツを見据えていた。


「お前ら……さっきの反抗者どもか!一度ならず二度までも、我々の崇高な戦いを妨害しおって!改心しろ!」


 そう叫んだのは、先ほどモルトの畑に侵入してきた大柄な団員だ。彼は手にしていた銃をサヴァイヴへ向け、発砲した。


 サヴァイヴは放たれた銃弾に向けて手を払う。弾き返されたそれは、撃った団員の足の甲へとめり込んだ。


「ぐぅ、あああ‼」


 大柄な団員は、足を抑えてうめき声をあげて、その場に倒れ込んだ。


「……痛いですか?それ、あなたが撃ったものですよ」


 サヴァイヴが冷たく言い放つ。その様子を見たペンタチが、感心したような声を上げた。


「『戦場の呪力抗体』を利用して、狙った場所に弾き返せるんすね!器用っすねえ!」


 サヴァイヴは冷ややかな視線のまま、ペンタチを見た。そんな彼へ、エグゼが低い声で囁く。


「分かっているな?俺達の使命は薬を取り返して正しい場所へ届けることだ。それも、なるべく早くだ。先ほどリカが聞き取ったこいつらの会話の内容からして、すでに首都で暴動が起こっていてもおかしくはない。一刻を争う。今すぐにでも薬を取り返すために出なければならない」


「……まさか、この状況を放っといて行こうっていうの?ここでこいつらを放置して行ったら、マクロの町はもちろん、モルトさん達まで危険に晒される……‼」


「そんなことは理解している……‼だから、ここは俺が食い止める」


 サヴァイヴは驚いたような表情でエグゼの方へ振り向いた。エグゼはその鋭い赤い瞳で真っ直ぐにサヴァイヴを見つめていた。


「貴様らは、首都ルトレへ向かえ!俺は、ここに残る……‼」


「でも、一人じゃ……」


「このマクロの町の優秀な憲兵隊がいるではないか」


 隊長と、懸命に戦う憲兵達を指してエグゼは言う。


「ブラックカイツの雑魚連中はこいつらに任せられる!俺が相手をするのは、そこにいる罪人だ!」


 エグゼはペンタチを睨みつけた。ペンタチは、若干不満そうにぼやく。


「えー、俺サヴァイヴ君と戦いたいっす」


「行け!サヴァイヴ!アリス!さっさと首都へ向かって、使命を果たせ‼」


 エグゼが怒鳴った。直後、リカの操る馬車が走ってきて、サヴァイヴ達のすぐ傍らに停まる。御者台からリカが叫んだ。


「早く乗って下さい‼」


 すでに乗っているドリュートン先生も、深く頷いている。先に馬車へと乗り込みながら、アリスがサヴァイヴを見た。


「……サヴァイヴ、行こう」


 サヴァイヴは覚悟を決めたように頷いてアリスの後に続くと、エグゼに向かって叫んだ。


「頼むよ!マクロの町を、モルトさん達を、守って‼」


「貴様のような罪人に言われるまでもない‼さっさと行けぇ‼」


 エグゼの返答に追い立てられるかのように、勢いよく馬は走り出す。サヴァイヴ達を乗せた馬車は、月明かりに照らされ蒼然とした夜道を全速力で駆けて行った。





 真夜中の部屋の中で、一人物思いにふけるように食卓で酒を啜るモルトの元へ、双子の息子の弟の方が、目をこすりながらやって来た。


「おいおい、まだ真っ暗だで。目え覚めちゃったのか」


 モルトは驚いた様子で言う。小さな息子は、辺りをきょろきょろと見て、尋ねる。


「姉ちゃんたちは?……もう寝ちゃったの?」


 モルトは少し困ったように笑った。


「あいつらは、大事なお仕事があるんだ。だから、そのために行っちゃったよ」


「ええ⁉」


 悲しげな表情をする子供の頭を優しくなでながら、言い聞かせるようにゆっくりと、モルトは話す。


「あいつらが何者なのか……結局は分かんなかった。でも、確かなのは、すげえ良い奴らってことさ。たくさんの人たちのために、頑張ってんだ。きっと。物語に出て来る、正義の味方みたいなもんなんだろな」


 そう言って笑うと、モルトは子を抱きかかえて寝室へと連れていく。扉を閉める瞬間、小さく咳き込んだ。

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