ヒルデ〜元女将軍は今日も訳ありです〜

たくみ

1. 行方知れず①

 炎天下、二人の男が王都から少し離れた街を歩いている。服から靴、鞄まで身につけているものは全て黒一色。深く被ったフードから覗く髪の毛も瞳も黒。視線は鋭く、すれ違う人たちは目を合わせないように避けていく。二人はそんな周りの様子を気にすることなく颯爽と歩いていた。



 ………………ように周りには見えていたが、二人は非常に困っていた。二人は歩みをとめると視線を不自然にやや下に向けている一人の若い女性に声をかけた。


「あの……」


 話しかけられた女性はビクッとした後に歩みを止めるとそろ~っと目の前に立ちはだかる男の顔を見あげた。視線が交わる。


「ヒィッ………!」


 女性は小さく悲鳴をあげると小走りで逃げていった。二人はため息をつくと、視線を上げた際に目が合った中年の男性に声をかけた。


「すまない……」


 男性は慌てて視線を逸らすと聞こえないふりをして早足で去っていった。黙って見送る二人。またか……と二人は再度ため息をついた。


 彼らがいるのは王都から少し離れた街であったが、それなりに人が多くいる栄えている場所。この街に到着してから1時間程経つが、話しかけては逃げられるの繰り返しである。


「おい…………みんな逃げていくぞ。どうする?」


「えっ?!俺に聞いちゃいますか、先輩」


「後輩に意見を聞く素敵な先輩だろうが」


「えー……そうですかー?」


 バコッと後頭部をはたかれた。が、気にすることなく再び声を発する。


「ていうか、先輩の顔が恐いからみんな逃げていくんじゃないですか?もう少し目尻下げてくださいよ、目尻ー」


 と言って自分の目尻をみょ~んと指で下げる。その様子にイラっとしてもう一発と思ったが、理性を総動員してとめる。


「…………俺の顔が恐いのはしょうがない。生まれつきだ。だけどさっきからお前の顔もやばいぞ」


「俺はよく悩みなさそうな顔って言われるんですから」


「……自慢げにいうことじゃないだろう。さっきから眩しくて目細めてるだろ。だから睨んでるように見えるんだよ」


 1時間程避けられまくった二人は往来の激しい中、ぎゃあぎゃあと言い合いを始めた。黒尽くめの怪しい二人が言い争っている姿を見て、行き交う人たちは更に二人から距離をおいていく。



 しかしこの二人、ちゃんと見ると顔立ちは整い、細身ながらも引き締まった身体つきで女性にもてそうな見た目であった。


 一人は切れ長のやや吊り上がった目をしており、恐いというよりも落ち着いた印象。もう一人は垂れ目の優しそう……というよりもいたずらっ子のような明るい印象を受ける。二人共帯剣しており、視えづらいが剣には国の紋章がついている。


 そう……彼らは怪しい者ではなく、国に雇われている軍のものだった。ちなみに吊り目が先輩、垂れ目が後輩という間柄である。


しばらくぎゃあぎゃあと言い争っていた二人だったが、後輩の方がぱっとひらめいた。


 先輩にちょっと待った、と話を切り上げるとスタスタと歩き出す。先輩がどこに行くんだ?と思ったらスッとしゃがみこんだ。後輩の前には色とりどりの花が入った籠を持った二人の子供がいた。姉弟なのだろう。よく似た顔立ちの子供たちだった。彼はニコ~~と笑いながら、明るい口調を心がけて話しかけた。

「こんにちは。そのきれいなお花を一本もらえるかな?」


 姉弟は花売りだった。先程から様子を見ていたが、花は1本も売れず二人は身体も細く栄養不足なことが察せられた。花を買った後に話しかければ逃げられることはないだろう。それに子供なら純粋な心の目で自分が優しく、なかなか……いや、かなり良い人であることを見抜いてくれるだろうと考えた。


 ちなみに大人の商人たちにも話しかけようと試みたが、多忙な上、近づくと他の客が離れていった。青ざめていく店主の顔を見たら気の毒すぎて話しかけられなかった。


「1本……?けちいな」


 先輩がぼそっと呟いた。


「………………言い間違えちゃったよ。ごめんね。10本もらえるかな?」


 誰がケチだ。後輩は先輩を睨みつけた。


「銅貨1枚です」


 銅貨を1枚ではなく2枚渡しながら子供の様子を伺うが、逃げる様子も怯える気配もない。これならいける!


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


 後輩の顔をそろ~~っと見たかと思うと子供たちは顔を見合わせ、女の子が笑いながら答えた。


「いいよー」


 花を買ってもらえて、機嫌が良いようだ。


「ありがとう」


 顔は穏やかだったが、心の中はガッツポーズをしていた。


「この辺りで真っ黒な髪の毛に紫色の目をしたすっっっごい美人なお姉さん見なかった?」


 二人は王命により人探しをしていた。もともと軍の中でも宮殿内の警備を担当していたが、捜索隊の人手が足りなかったので助っ人として捜索隊に加わった二人。初めての捜索業務。この辺りで見た人がいないか聞きたかったのに、誰も相手をしてくれず困っていた。


「うーん……見てないよ」


「僕も見てない」


 姉弟は暫く考えた後、答えた。一生懸命記憶を辿っていってくれたようだ。思わずその姿に頬が緩む。姉のほうが剣に刻まれた国の紋章をじーーーーっと見ていたかと思うと、話しかけてきた。


「お兄さんたち、兵隊さん?」


「うん。そうだよ」


「お兄さんたちが探してるのってヒルデ将軍?」


「おっ正解。よくわかったね。正確にはヒルデ“元”将軍だけどね」

 

 そう、彼らが探しているのは平民、しかも女性でありながら18歳という若さで将軍にまで登り詰めた【ヒルデ・シュタイン】だった。姓は貴族の証であり、シュタインという姓は将軍が平民ではいろいろ面倒なことが起きそうなので、一つ余っていた侯爵位と共に授けられたものだった。まあ、今はまた平民になったので、ただのヒルデさんだ。


「黒髪に紫の瞳のきれいな女の人っていったらヒルデ将軍でしょ」


 ね~~~~と姉と弟は顔を見合わせている。


「“元”ね」


 先輩が付け加えてくる。

 

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