言えなくて

アキノナツ

第1話

今日も大学へ向かう電車の車窓から流れる景色を眺める。

朝焼けに流れる風景が白っぽく照らされている。


友人に何をそんなに早く大学に行くのかと笑われた事があった。

確かに6時台の電車に乗ってる大学生は少ないと思う。

遠距離通学ならいるかもだけど、十数分の移動を遠距離とは言わないだろう。


ガコン!と振動とともに風景を電車が遮る。

すれ違う車両は混んでいた。

こちらの乗客は少ない。


一人暮らしの物件を探してた時、不動産屋のお姉さん(お母さんみたいな人だと思ったのは内緒だ。)が、大学からはちょっと離れてるが、電車で数分だし、ベッドタウン方向に向かうから、朝夕野電車は比較的空いてると助言をくれた。

つまり都会から郊外に向かってる感じなのかもしれない。


案内されるまま付いて行った。


案内してくれた物件は築年数は割と行ってるが、綺麗だった。

日当たりも良いし、スーパーも飲食店も近くにあるし、大通りからは奥まったところで、都会の中の住宅地といった感じで静かだった。

この立地でこの家賃ならいいんじゃないだろうか。

バイト先を探すのも探しやすそうな雰囲気だったし、お姉さんの提案に乗り、即契約した。


なのに、早朝の電車でバイトに向かってるこの状況って、どうなってるのかと言いたいところではあるよな。御尤もである。


ちゃんと、アパートの近くでいくつか目ぼしいバイトがあったのだよ? ウハウハだったさ。

お姉さんに感謝したね。

でも、大学構内で見つかってしまうとこちらの方がいいですよねぇという訳である。


何故かって?

大学内でバイトとなると移動時間を考えなくて良いなんて、物ぐさな俺にとって渡りに船なバイトだった。うんうん、飛びつくよねぇ。

講義までの時間ギリギリまでバイト出来るんだぜ? 見方を変えれば、講義に遅れない。大学内のバイトなので、融通も聞いちゃったりする。

それから先輩が引き継ぎ探してた教授の資料整理とかの雑用のバイトもゲット。その遭遇はまさしくラッキーだった。


そんなこんなで、講義が始まる前に開店前の雑用バイトに向かってるのである。


じゃあいっそ大学近くに引っ越せばとなるよな。でもなんないのよねぇ。

遊びに行くにはこのままの方が立地良いし、同じ家賃でこの近くだと、何故か、変な物件ばかりなんですよね…。



プシュー……ガタン! ガガン!

閉まるはずの扉が、不自然な音を立てて途中で止まり、開いた。

そこに駆け込んできたサラリーマン。

入ったのを確認出来たのか、再びプシューと音を立てて扉が閉まった。


荒い息遣いと額の汗を拭うサラリーマンをなんとなく見ていた。


駆け込み乗車はおやめ下さいとアナウンスが流れる。


乗客は、避難がましく迷惑そうな顔をしてサラリーマンを見て、すぐに視線をずらして、自分の事に戻っていく。


瞬く間にいつもの空気感が漂う。


いつもなら他の乗客と同じように手元の本に目を戻しているはずが、なんとなく、オレは、サラリーマンを見ていた。


呼吸が落ち着いたのか、ポケットから出したハンカチで汗を拭いだした。


ただただ、ぼんやりと、見つめていたと思う。

体つきからだと意外に首細いなとか、動くハンカチをぼんやり目で追ってたんだと思う。

動くハンカチが止まった。


視線が絡んだ。


じっとこちらを見ている…。


ヤバッ!

ついっと視線を男の後ろの窓に移し、ぎこちなく手元の本に落とした。


バクバクと波打つ心臓が痛い。


なんだか見られてる気がするが、確認する勇気がない。

小心者のオレ。

変な動悸で、本が進まない。

そんなんだったら見るんじゃないよって話だ。


因縁つけられる?


一心に本に目を遣る。同じ行を目でなぞるだけで、一文字も読めてない。

というか内容が入ってこない。


降りる駅が近づいて来た。

サラリーマンがいる方向とは反対側の扉に向かう。


降りると視界の端にサラリーマンもホームに降り立つのが見えた。


マジか!

今まで気にもしなかったサラリーマンが同じ駅で降りるのを知らなかったとしても、気にしてなかったのだから何もおかしくはない。


ただ、今は、とっても、気まずいだけである。


平常心、平常心…と心の中で唱えながら階段を降り、改札を抜けて、駐輪場へ。

振り向かない。

ズンズン歩く。


アパートから駅まではたいした距離じゃないから徒歩で駅まで来てるが、大学と駅はほんのちょっと距離があるのと、周辺の移動に自転車を使っている。

自転車があると何かと便利だから、中古の自転車を二台持つ事にした。もう一台はアパートの駐輪場でお留守番だ。


自転車に手をかけて、深く息を吐いた。やっとひと心地ついた。

どうも駐輪場まで息を詰めていたみたいだ。

なんか緊張した。

変な汗をかいた。

もうやらない! 人をじっと見ないようにしようと決心した。

無自覚に見ちゃってたけど。

もう!ってほど、ぎゅっと硬く拳を握りしめて、硬く決意した。


ケンカ売ってるなんて言われたくないもんね!

見てたのオレだけど。


軽やかな解錠音を響かせて、ヨイショと自転車を出し大学へ。


大学への道は、様々な人が行き交っている。


大学に進学するまでは、みんな同じ時間帯に同じ方向に向かうのが当たり前だと思っていた。


大学っていうところは、研究の時間や講義の選択で、人によって時間が千差万別になる事を知った。

そして、色々な人が出入りするところだという事も。

大学って24時間年中無休で動いているところなのかも知れない。


明らかにグッタリと眠そうな学生が駅に向かってたり(実験かな。お疲れさん)、職員さんが向かってたり、業者さんらしい人達もいる。


行く人帰る人と入り乱れている。


今日は西門から入るから脇道に入る。


人通りの多い正門へ向かう道を避けて、反対側の門。

バイト先のレストランへはこちらが近いのだ。


さっきのサラリーマン、この近くの社員さんか何かかな。などと考えながら、ペダルを踏み込み、通い慣れた道を進む。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る