重婚プロポーズ――3

「とても尊いものを拝見させていただきました」


 余韻よいんに浸っていた俺たちは、観音崎さんの声でビクッと肩を跳ねさせる。


 当たり前の話だが、この場に同席している観音崎さんは、俺たちのプロポーズを黙って見守ってくれていた。プロポーズの場面を間近で眺められていたと思うと、恥ずかしくてたまらない。無性にそわそわしてしまう。


 俺たちが揃って赤面するなか、観音崎さんが不意に眉を下げた。


「想いが成就された喜びに水を差すようで大変申し訳ないのですが、皆さんがただ同棲生活を送るだけでは、重婚認可法は成立しません」

「「「え?」」」


 予想だにしない発言に、俺、美風、萌花は愕然がくぜんとする。


 ただひとり、詩織だけは動揺せず、短い思案しあんを挟んで口を開いた。


「重婚認可法について、政府内でも是非がわかれている――そう仰っていましたが、そのためですね?」

「はい」


 詩織の推測を、観音崎さんが肯定する。


「どういうこと? 詩織ちゃん」

「重婚認可法は、夫婦のかたちに強く影響する法律です。成立すれば、国民の『夫婦』に対するイメージに、良くも悪くも大きな変化をもたらすでしょう。となれば、賛成する方よりも反対する方のほうが多いと思いませんか?」


 萌花がハッとした。


「そっか。ただ単に同棲生活を送っているだけじゃ、反対派の意見を変えられないってことだね」

「そういうことです。そして、反対派が優勢のままならば、重婚認可法が承認されることはないでしょう」

「けど、反対しているひとたちの意見を変えるなんて、どうすればいいの?」


 美風が悩ましげに腕を組む。


 答えたのは観音崎さんだった。


「実績を上げればいいのです」

「実績?」

「ええ。重婚が悪い方向に働かず、良い方向に働いたのならば、反対派を説得することも可能でしょうから」

「なるほど。俺たちが上げる実績を、説得材料にするってことですね?」


 観音崎さんが首肯した。


「当然ながら、価値がある実績ほど説得力があります。たとえば、『部活動における大会優勝』、『難関大学への進学』などがそれにあたりますね」


 例を挙げて、観音崎さんが俺たちそれぞれに目配せをする。


「同棲生活の期間は三年。そのあいだに皆さんには、反対派を説得するに足るだけの実績を上げていただきたいのです。もちろん、円満な夫婦生活を送りながら」


 観音崎さんが挙げた例は、いずれも困難なものだ。成し遂げるには相当な苦労が必要だろう。


 それでも、俺たちに迷いはなかった。


「「「わかりました」」」」


 俺たちは声を揃えて承諾する。


 俺たちが一生をともにするために、重婚認可法はなんとしても成立させなければならない。そのためなら、なんだってやってやる。きっと、三人も俺と同じ気持ちだろう。


 俺たちの返答に満足したような笑みを見せて、観音崎さんが席を立った。


「同棲生活の判定者として、わたしはこのマンションの101号室で暮らします。相談したいことや困ったことがありましたら、気軽に連絡してください」

「はい。ありがとうございます」

「では、積もる話もあるでしょうから、わたしはここで失礼しますね」


 一礼した観音崎さんが、「お見送りは結構ですので」と言って、部屋を出ていく。


 パタン、とドアが閉まり、この場にいるのは俺たち四人だけになった。


「「「「…………」」」」


 観音崎さんが気をつかってくれたが、俺たちは誰も口を開かなかった。というか、開けなかった。


 当事者だけになった途端とたん、先ほどのプロポーズが思い起こされて、なんとも落ち着かない気分になってしまったからだ。


「俺たち、婚約したんだよな?」

「そ、そうね。両思い、なのよね」

「うん……わたしたち、蓮弥くんのお嫁さんになったんだね」

「流石に、照れくさいですね」


 照れくさくて、むず痒くて、じっとしていられない。三人も俺と同じなのか、頬を赤らめてモジモジしていた。


「ただ、ここはゴールではなくスタート地点です」


 甘酸っぱい空気を変えるためか、詩織が顔つきを改めて、切り出す。


「価値ある実績を上げるため、わたしたちになにができるか、なにを目指すべきかを話し合いましょう」

「そうだね。ずっとみんなで一緒にいるためだもんね」


 萌花が「むんっ」と両手をグーにした。可愛い。


「実績を上げるなら、蓮弥は決まりじゃない?」


 萌花の微笑ましい仕草に頬を緩めていると、美風が人差し指を、ピン、と立てる。


「観音崎さんが、『部活動における大会優勝』を例に挙げてたわよね? 蓮弥なら、バスケでIHインターハイいけるでしょ」


 ドクンッ! と鼓動が跳ねた。


 俺の意変に気づくことなく、明るい口調で美風が続ける。


「蓮弥って、清泉せいせん中学のバスケ部に所属してたんでしょ? なら、決して難しい話じゃないわ」

「清泉のバスケ部って、スゴいとこなの?」

「ええ。もともとは中堅だったけど、三年前からメキメキと頭角を現して、いまでは全国大会の常連よ」

「三年前となると……蓮弥さんが入部してから伸びたということですか?」

「だと思う。さかのぼって調べてみたら、どの大会記録にも蓮弥の名前が載ってたし」


 我がことを誇るように、美風が胸を張った。


 俺と再会するために、美風はバスケの大会記録を調べている。俺の出身校や成果を知っているのは、そのためだろう。


 美風の予想通り、清泉を中堅から強豪に成長させたのは俺だ。何度も全国大会に出場したし、優勝した経験もある。


 あのころの俺ならば、高校でもIHをだろう。けど、いまの俺には夢見ることさえできない。


 虚無感と無力感が胸中に渦巻くなか、俺はボソリと言う。


「悪いけど、俺にはできない」

「「「え?」」」


 予想外の回答だったのだろう。三人が目を丸くした。

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