Act.11 禊 3

 アタシは『集中』を高め『意識の世界』に入る。

 普段のアタシだったらに来るのにもっと時間がかかる筈なのだが、神聖なこの場において、場の荘厳な雰囲気も手伝ってか、アタシの想像以上のスピードでここに入る事が出来た。


 目に映る周りの状況を確認するに、アタシと師匠達は大風呂敷ほどの広さの『水蓮』を模したお盆の様な『岩座』の上で佇んでおり、その周りには燃え盛る『緋色の焔』がアタシ達を逃がさない様にユラユラと滾っている。幸い、その焔にアタシ達は直接炙られてはいないものの、肌が焼け付く様にチリチリと痛む。

 ふと気が付くとアタシ達の目の前に、険しい表情の『怒れる巨大な仏様不動明王AKiRA』が現れる。

 いかにも頑固者で真面目そう、それでいて少し不器用そうなその表情に、アタシは『自身』や『義父さん』の面影を思わず重ねてしまい、少し吹き出しそうになってしまった。


 彼の左手に持っている荒ぶる『黒縄』は恐らく伝承通りなら『羂索けんじゃく』…。そして右手側はものの、本来ある筈のその手には『倶利伽羅剣』が握られていないので、『師匠』の言ってた事はやはり本当の事だったのだろう…。別に疑っていたわけではないが…。


 アタシは、自身が当然の様に『AKiRA』の前で『炮烙』をのを失礼だと気づき、慌てて腰の『炮烙』を鞘ごと抜き取り、献上する仕草で彼に『炮烙』もとい、『倶利伽羅剣』を差し出した。


 『AKiRA』はアタシの素振りを見ると右手の縦拳を仏手の『掌底』の構えにして、アタシの眼前にまでその手をゆっくりと突き出した。

 言葉も発さず、『炮烙』も受け取らないのを見るにどうやら今は受け取るつもりは無いらしい。やはり『焙火』と一緒でなくては意味が無いらしい…。


 むすっとした怒り顔のままで、それ以上の意図を伝えない『AKiRA』に対してアタシはどうすればいいかと困っていると、アタシの傍にいた『師匠』が取り持つようにアタシ達の間に入って口を開いた。


「…そうやっていつまで文字通りの『』を続けるつもリ?『血穢この娘』に時間が無いのは貴方も分かってるはずだよネ?…AKiRA君?」


 『師匠』のとれるような発言に、『AKiRA』の険しい表情は『憤怒』に変わり、大きく見開いた彼の瞳孔は突き刺す様に『師匠』を睨みつける。

 そして、『AKiRA』の背中の『迦楼羅かるら』の炎が激しく立ち上り、アタシの肌の痛みもそれと比例するかのように強くなる。

 一方『師匠』はそんな『神の怒り』もどこと言わんばかりの飄々とした態度でまったく物怖じしてない…。

 同じとはいえ、一体どんな胆力をしているんだ…。直接それを向けられていないアタシでさえ、その『神威』の圧に全身を『恐怖』と『畏怖』で震わせているというのに…。


「『血穢この娘』はまだ『読心』出来ないから言葉使わないと伝わんないヨ?…それとも…?」


 『師匠』ののか、『AKiRA』はアタシの眼前にあった彼の右手を、そのまま『師匠』に向けた。

 その瞬間、『師匠』の全身は『緋色の焔』の包まれ、彼女はたちまちその『神の火』に捲かれ燃やされる。


「…!?『師匠』!!?」


「大丈夫だよチーちゃん。…どうやら、『私』はってサ♪…まぁそりゃそうだよネー。…んじゃ先に戻ってるかラ!いい報告待ってるヨー!!」


 『師匠』はそう言ってケラケラ笑いながら焼き尽くされて灰に変わってゆく…。ここは現実じゃないし、『師匠』の口ぶりから死んだとかでは無さそうだが、『緋色の焔』を灼熱をまったく意に介さず、痛みも感じて無さそうな彼女の態度に不気味さえ覚える。


 『師匠』が完全に焼き尽くされてゆくのを見届けた『AKiRA』は、その巨大な仏の姿からアタシ達と同じ人間のサイズまで体を変容させてゆく。最初は仏像そのままであったろう金属めいた体表も人間の生の肌感のに近いものとなっていった。


 アタシはてっきり『AKiRA』は『金剛像』の様な筋肉隆々の中年の姿になるのかと思っていたのだが、その予想はしており、『AKiRA』の姿はアタシと同年代くらいの『赤髪褐色肌の絶世の美少年』の姿をしており、極限まで磨かれたダビデ像の様な『完璧な男体』の半裸に、アタシは思わず赤面してしまう。

 色事の経験が無く、そういった耐性が微塵もないアタシは、目線の置き所が分からず、在らぬ方向を見てドギマギしてしまう。

 

 一方の『AKiRA』そんなアタシの初々しいには一切興味を示さないが、その代わりアタシの『呪布具』に捲かれた使をゆっくりと手に取り、憐れむ様にそれを見つめ、一言アタシに尋ねた…。


「…コレハ?」


「えっと…。何て言えばいいか…『名誉の負傷』?っていうか…」


AKiRA』はそれを聞くと、悲しそうに涙を流しながら静かに目を伏せ、彼が左手に持っていた黒縄である『羂索けんじゃく』をアタシの左腕に優しく巻き付けてくれた。


「…コレデ少シハ、『痛ミ』モ和ラグダロウ…」


羂索けんじゃく』に捲かれたアタシの左腕は、次第にポカポカと温かくなってゆき、その『優しい熱』はアタシの左腕に憑りついた『水子彼女』達の痛みや悲しみを浄化してゆくのをアタシはしっかり感じた…。『水子彼女』達が癒され浄化されてゆく感覚に同調していたアタシの瞳にも自然と涙が零れ、それが頬に伝う。


「…ありがとう…御座います…でも!『』は…!」


「ヨイノダ…美シク高潔ナル娘ヨ。…ソナタニ『』ト共ニ『マコトノ火』ヲ授ケル。…ソナタノ先祖、ソノ『血』…全テノ罪ヲ『禊』イダ後ニ、返シニ来ナサイ」


「ありがとう御座います。…必ず…!!」


 『マコトノ火』の『AKiRA』から拝領したアタシは、自身の中に更なる力が漲り巡ってゆくのを感じる!これが…『マコトノ火』!!

 この力があれば、なんだって出来そうな気がする!!それこそ、異形化する『血酔』の『呪い』だって何とかなりそうだ!!


「使イ方ハ…ソナタノ『師』デアル『』ニ聞クガヨイ。…シカシ忘レルナ。彼奴ハ『虚空』カラ来タル『はかりごと』ノ神…。『敬愛』スルナトハ言ワヌガ、ソノ『言ノ葉』ノ全テヲ信ジテハナラヌゾ…」


「…。」


 アタシは以前『師匠』が『カミラ』に対して『贄』と言っていた事を思い出す…。は妙に引っかかるし、確かに彼女は肝心な事は中々に話さないで、はぐらかすし、その本性はうかがい知れない箇所も幾つかあったりする…。


「肝に銘じます…」


 しかしながら彼女には色々と大恩も多いので、何だか感情が煮え切らないアタシはとりあえず返答することにした。


「…シテ『暗魔』ヨ…」


 『AKiRA』に呼ばれた『暗魔師匠』が申し訳なさそうに答える。


「へへっ…何でございましょう、『明王様』」


「貴殿…『約束』ハ覚エテオロウナ?」


「えぇ。覚えていますとも…。ですが『明王様』…。おいらはこの娘…『蛭蠱 血穢』に『教え』を乞われ、それを受けてしまいました…」


「…せめておいらが培った『わざ』の全てを授けてから『みなもと』に還る事は叶わんでしょうか…?何卒、何卒宜しくお願いします」


 『暗魔師匠』の嘆願にアタシも同じように『AKiRA』に対して深くお辞儀をする。


「アタ…私からもお願いします!!『暗魔師匠かれ』の『わざ』も『禊』の為には必要なんです!!」


「…。」



 





















 アタシ達の嘆願に『AKiRA』は黙ったまんまだ…。きっと以前から、何度も何度もこうやって無茶なお願いばかりを彼にしていたのだろう…、そんな表情をしている…。

 でも今回ばかりは本当に何とか融通を効かせて欲しい!!『わざ』が『半端』なままでは、アタシは『血蒼』達を止める事も、『禊』果たす事も出来ないんだ!!!

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