【呪】第33話 絢爛豪虐悪昼夜夢秘密乃華園

 宮武が事務所で酔い潰れていると、上の階からおびただしい血がしたたってきた。生臭く大量の血。酒の勢いそのままに、たずねた先は男子禁制、秘密の華園『大奥』であった。

 出迎える老婆と美女の二人。それに浮かれる宮武。しかし鼻の舌を伸ばすのもつかの間、毒をもられて身動きがとれなくなってしまう。そして今、はだかにむかれ人形のようにもてあそばれようとしていた。



 あおむけにされ、畳のひんやり感が背中越しに伝わってくる。目を下げると自分の鼻の頭にひどい汗だ。その先に見えるのは鬼の顔。下半身をニタリとのぞきこむ老婆の姿があったのだ。

「さて、貴殿の睾丸こうがんを切ろうかの」

 老婆の手には鋭いカマ。20㎝はあろうか。まがまがしく光る。

 冗談だろ? まだ、疑っている宮武だった。それでも着々と準備は進む。まずは下腹部をしっかりとひもでめ上げられた。さらにおけに入った水、山盛りのコショウが用意された。

 不幸が現実化するとき。ここでようやく宮武が悲鳴を上げる。

「待て……待て…待て待っ、て! 正、気か………よ!」

 人体クッキングのお時間だと?

 しかし、毒のせいで舌がうまく回らない。先ほどまで甘えていた美女も豹変ひょうへん。いつの間にか、犬歯をむいていた。

「ねぇ、宮武様。お体って別々の箇所を同時に傷つけると、痛みが混乱するってね。だから、ご協力して差し上げますわ」

 ハアッ? 理解できない宮武をよそに、彼女は馬乗り。そのままひざで宮武の右手を固定。太いかんざしを振り上げた。

 そして、躊躇ちゅうちょなく宮武の腕を差し抜いたのだ。


 ギャガアアアアア!!! 

 注射針なんてものじゃない。動脈ごと粉砕する。同時にズブズブと内側へのめり込んでいく音。体の右側が一気に灼熱になっていく。

 その間にも老婆は宮武の陰毛いんもうをむしり取る。淡々と仕事のように作業していた。

「西洋では去勢少年歌手(カストラート)がとても流行ったそうな。それは奇跡の高音ボイスと、貴婦人たちの夜のおとものためだとか。

 つまりは精子のない肉棒でな。さながら、良い声で鳴く高性能バイブといったところかの。

 クフフッ、我らもちょうどそんなオモチャを探していたところ。だいぶ、しなびておるがうんうん。良い声で鳴いてくれる」

 人形作りの外科手術とは。

 洋の東西で重宝されたのはコショウであった。もちろん、それは食材保存もあるが消毒の有効性もあったのだ。

 浮気や不倫は全国共通。それも身分が高くなればなるほどストレスや不満がたまるもの。そして、性欲へとつながっていく。

 東洋でも王妃たちの世話係として、睾丸を切除した宦官かんがんが用意された。

 そこで人形にかける魔法の粉だ。消毒用に熱湯と混ぜて、睾丸へ三回かける。そうそう、全部取るわけじゃない、子種が育つ睾丸だけだ。

 手際よく、老婆は宮武のそれをひもで巻いていくのであった。


 

 睾丸はみるみるうちに黒紫へと変色。パンパンにふくれ上がっていく。痛みも秒を置いてじっくりと脳内をかけめぐり、脳髄を焼いて鮮明になっていく。その様子に、その体の悲鳴に、宮武は初めて腹の底から恐怖した。

 俺は、俺という性はどうなるのか?

 トイレは? 下着は? 性別は?

 それどころか舌も嗜好しこうも変化する。美味しくない、気持ち悪い、ザラザラする。いつも不安におそわれ不安定。ただの物音に反応する。どこか視線を感じてぐっすりと眠れない。これが一生、つきまとうのだ。冷たいシップのようにぴったりと。

 それは寝ても覚めても苦しめる。生きる意味を、生きる罪を。

 しかし、答えは出ないのだ。そのうちにホルモンのバランスがおかしくなるので、薬を常に多用する。

 その副作用だろうか? 肌のたるみ、ちょっとしたしわまで異常なほどに気にかかり、ツメを立ててはかきむしる。ついには過食、拒食、内臓病から意味不明な出血もあり、髪の毛は抜け落ち、けだるさだけが全身を支配していくのだ。


 そして恐怖は死期が近づくほどに襲いかかってくる。ふけ方が普通の人の何倍も醜くなるのだ。顔のくずれた妖怪。ブヨブヨの化け物。外見も内臓も。だが、分類できない性は害悪なのか?

 知ったことではない。そもそも上辺だけの同情すらいらない。切除手術を決断したときに、すでに割り切ったのだ。ただ、ただ、過去の自分から同情されるのが一番、つらい……。そう、醜く写った鏡が語りかけるぞ。

 無邪気に走っていた、あのとき。恋心を抱いた、あのとき。必要以上に思い出補正がなめてくる! だから、鏡にお金をはりつけ心を隠すしかなかった。

 カストラートに宦官だ。そのほとんどは本人意志。だが、生きていくために選ばざるをえなかった死出の道。ただし、その道は金塊で埋まっていた。さあ、どうするかい? 究極の選択だ。

 それに引き換え、日本はむしろ健全だろう。

 大奥では腐るほどのお金や権限が与えられた。ただし、迷い込んだ男性は最後。生きては骨一つ返さない。将軍様と側近だけが五体満足で帰っていけるという。

 


 宮武は涙のあと。あまりの激痛に意識を失っていた。

 だが目覚めると、すでに髪を振り乱した美女が騎乗位で腰をふっている。

「アラッ、お目覚めね。宮武様の肉棒はとても良好よ」

 彼女の激しい腰使い。上下に動くと、内臓が飛び出すほどの激痛が走った。

「やめろ!!! 痛い!!! 痛いから!!!」

 それでも宮武の肉棒を犯し続ける。快楽は快楽をよび、苦痛は苦痛をよび、まったく二人は正反対の顔をしていた。結合部は宮武の失った睾丸のあとでびちゃびちゃになっていた。


 その性なきSEX、人形のSEXに、

 老婆は想いをふけるのであった。

「思い返せばどちらも同じじゃ。

 どんな楽園も決してきらびやかな世界ではない。むしろ薄暗いおどろおどろしい人形小屋じゃ。最高のオイルを塗り、値札をはり、出身地のタグをつけて出迎える。そして、すぐ後ろには使い捨ての人形の山。ゴミは男も女も去勢も老いも若きも変わりない。ご主人様からにらまれれば即終了じゃ。そのおびえを隠した笑顔を楽しむが喜びだとも言ったとか。

 表情が命に直結する。また一つ、しわが増えたわ」

 虫の息の宮武。最後にさけぶ。

「なん………でも、するっ! なんでもするから、た、た、助けてくれ!!!」

 一時の静寂。

 ブヨブヨにくずれた顔の老婆が生温かい息でささやいた。

「そうよな。特別に助けて上げてもいいが、代わりの命が必要じゃ。もっと若い命。時間は半年よ。でないと我らと同じ、永遠の人形になってもらうからの」

 ザラザラとした舌で宮武の耳をなめ上げる。重いまぶたが閉じる中、確かにその悪寒だけは記憶した。

 不幸は夢だったと思えてならない。



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 ヒタヒタ……… 使い捨ての人形は愚痴をこぼさない。

 ヒタヒタ……… 涙も流さない。

 だが、ときとして都市伝説を生む。


 むかしむかし、犬好きの将軍様がおったそうな。

 その将軍様は表の顔はインテリを鼻にかけ、裏の顔は豪遊好きの女好き。どうやらマザコンで低身長のコンプレックスが拍車をかけたという。

 また、遊び方も目をおおうばかりで、部下の妻を強制的に別れさせては自分の愛妾あいしょうにすることもあり、逆らえない部下は命がけの切腹をし抗議までしたという。(まったく響かなかったらしいが)

 さらには自分を将軍にまで推薦した人物も首チョンパ。豪遊がすぎて先祖からの財産も枯らしてしまう始末。ついには遊び金欲しさに親族や大名へ難癖をつけては財産を取り上げていったのだ。そのため、町は失業者であふれてしまったそうな。


 そんな将軍様にも幼なじみがいてな。同じ女好きの趣味もあり、低い身分だったが側近にまで成り上がっていったという。

 大名たちも取り潰されたくないと彼にちょくちょく頼ったそうな。おかげで権力も集中。ついにはある日。幼なじみに魔が差したのじゃ。

「自分のルーツは滅ぼされたお家(武田家)の復興だった。これは将軍様にかなえてもらった。しかしだ。このままなら将軍家も乗っ取れるかもしれん!」

 彼は用意周到じゃった。

 極秘裏に、自分の子を宿した愛妾を将軍様へ差し出す。それはそれはとてもかわいがってくれたという。産まれた子もすくすく育ち、将軍様も次期将軍にと思うようになっていた。


 ただ、その計略に気づいた者が一人おったそうな。それは王妃であった。どうやら育った子が幼なじみと似てきていると勘づいたのじゃ。

 だが、王妃はすでに子を産めず、将軍様にも見向きもされなくなった人形。つまりはただの生きながらえるお飾りじゃった。それでもすべてはお家のため!と立ち上がったという。


 王妃は将軍様を大奥の『宇治の間』へ呼び出し殺害。自らも命を絶ったそうな。それからというもの、ずっとず~~~と開かずの間。夜な夜な幽霊も出るという。


 どうも、このむかし話は今後の将軍様のしつけのために逸話だろう。

 それが時代が立つにつれ都市伝説になり、真実にまでねじ曲がっていったとか。実際にはしわ多き人形のわずかな抵抗のあとかもしれない。


 

 真実の華園(古典からAIにいたる芸能界)はもっともっと都市伝説であふれている。そして、残酷であるのに。


 

  

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