【宗】第6話 新興宗教のいう 35年後

 夏の暑さとは別世界のすずしい新聞社。ようやく馬場が事務所へ戻る。


 事務所は1910階の地下深い一室。


 薄暗い中、どこからかともなく聞こえてくる読経に、湿気をふくんだ焼香の臭い。  

 最下位層へ続く階段には天井までお札が張りめぐらされている。顔のない人形がされていた。

 馬場は何度も振り返りながら、ようやく事務所のトビラまでたどりつく。

 しかし、開けたその先。思わぬ光景が広がっていた。


「宮武さん! 事務所で何を見てるんですか?」

 なぜか大画面のテレビに、祈祷きとうの動画が流れていた。合間に鐘の音。宮武とおでんはタイミングよく手を合わせている。

「何って、もうすぐ社員旅行じゃん。その安全を祈願のために見ているんだよ」

 馬場は深いため息だ。

「ハァ~~~~、それはどう見ても録画ですよね。つまりは小っさい粒子の組み合わせ。そんな映像だけを見て、はたして御利益があるとでも思っているんですか?」

 宮武はむしろケロッとしている。

「それはあるよ。お札とか聖水とか、目の前で作ってるわけじゃないだろ?

 効果がある。加護がある。すべては信じることから始まるんだ。だから、映像でも問題なしだって」

 まあまあ、言っていることはよくわかる。それでも納得できない馬場であった。

「しかし儀式的なものですよ。するなら、ちゃんと坊主でも神主でも呼んでくださいよ」

 確かに宮武も考え直す。葬式や祭礼だって動画にされたら、たまったものじゃないからな。機械が読み上げるのと一緒だろうと。

「なるほどな。ただな、これも途中で止めるわけにはいかないんだよ。

 止めると災いが降りかかるらしい。それも俺だけじゃない。会社全体に降りかかるってよ」

 自他もしくは団体、仕事。どんなに小さなことでも続けなければいけないと、続けないとヒドいことが起こると思ったときにはもう宗教だ。馬場は目頭を押さえる。

「で、その動画はいつまで続くんですか?」

「あと、1時間」

「………マジすか!」



 現代の日本において強い影響力を持つ新興宗教。金光教や神道本局、神理教、天理教、大本といった宗教などなど。

 彼らの多くは100~150年前の幕末から明治にかけて生まれたらしい。

 また大正から昭和初期にかけても、ひとのみち教団、霊友会、世界救世会、生長の家、立正佼成会、創価学会といった団体が生まれた。


 いずれも元号が変わるとき、戦争前夜、そういった時代の転換期に生まれている。まさに天孫降臨、八百万の国といったところか。その不安と恐怖で満ち満ちたときさまざまな神が手を差し伸べるのだろう。

  

 幕末の大老・井伊直弼なおすけはマジでブチ切れていた。

「くそっ! 天まで届く煙をはいて、砲口をちらつかせている黒船だ。浦賀に停泊して、開国しなければぶっ放すとおどしてきている(ペリー来航)。

 天皇には報告を入れる義務があったからな。戦うか、受け入れるかと相談したんだが保留中だと。

『ちょっと待てくれ。伊勢神宮でおみくじ引いてからその結果で判断する。半年ほど待て』だと。

 ふざけるな!あいつらはご神木と話しているのか? こっちは外国と話をする!」

 神はとかく答えを引き延ばすらしい。

 しびれを切らすには充分だった。そして井伊は神に逆らった極悪人として後世にその名を残した。


 そして開国から富国強兵。

 ちょんまげを捨て30年足らずでの日清戦争。この戦いは日本初の大々的な対外戦争と言っていい。次に決断をせまられたのは伊藤博文であった。もちろん、自分の言葉で決めたくはなかった。

「僕の信愛する高島易断(明治の新興宗教:六曜カレンダーで有名)に任せよう! 占いの結果で!」

 多くの人の生死を天秤てんびんにかけて占う。ただ、むしろ人の身では無理なのだ。それにしても、なかなか血気な神である。このあと、伊藤は自分の暗殺まで当てられるとは皮肉であった。


 それから10年後。

 日露戦争ときにも多くの神々が生まれた。それは皇后の夢に、だ。

「坂本龍馬が夢に出てきたのです。それも枕元に立って『大丈夫。日本が勝つ!』とお告げをされたのです」

 このようになぜか『日本、ガンバレ』の神であふれたという。おかげで龍馬は有名人になり神にもなった。


 宮武はタバコを取り出し、煙を吐いた。

「しかし宗教ってな便利なものだよ。不安をあおるにも理由がいる。戦いに向かうのにも理由がいる。

 これらの理由には宗教でいうお告げが得意分野だ。なんたって神のご意志なんだからな。

 もちろんそれだけなら不満もあるだろう。しかしそこはさすがだ。告白を聞く。秘密やお金を隠すことにも宗教は長けているんだ。

 要は救済と祈願、密告と隠蔽いんぺい、これらが表裏一体。だから、強力。政治家や軍事家が仲良しにならないわけがないだろう」

 そんなれ言、聞こえるものか。続けることが大切だ。お湯をわかす馬場だった。

 その間にもやかんの蓋がガタガタと。でも、お告げがあるまで待ちましょう。

 すでに下の部分が真っ黒でメラメラと。でも、信じる者は救われます。

 立ち上る蒸気にご先祖様のおもかげです。さあ、目を閉じ祈りましょう。そうすれば、火事を防げますから。



 しかし、政治や軍事と宗教が仲違いしたときには大惨事が起きてしまうもの。古きはキリスト教の踏み絵だろうか。そして大本事件。


 例の日露戦争の後日談。

 戦争経験者はすべからず良心の犯罪者である。殺し、殺され、裏切り、奪いと非日常を呼吸してきた。トイレも風呂もまともにできない。耳の奥では軍靴の音。まぶたには銃剣だ。異常なまでの喫煙中毒。戦場では沈静作用、虫よけ、そして一番が財産だ。鼻には密林と煙草の臭いが離れない。彼らが日常に戻るには必ずサポートが必要であった。

 だからこそ戦場においても逆である。兵士共々、戦場を生き抜く者には狂信的なサポートが必要であったのだ。坂の上の雲でも有名な、海軍中将(秋山真之)が大本教の熱心な信者でもあった。

 手をかざすことで治りますと。

 部下を熱心に勧誘し、その中には多額の私財を寄付して破産に追い込まれた者もいたという。それでも上司の信仰だ。信徒はどんどん増えていく。

 ただ、神道一色へ日本が突き進む中、軍部にはびこる大本教が悩みのタネになっていく。そこで強制的に教祖を投獄。施設も破壊。メディアを使って、強力なネガティブキャンペーン。一夜にして神を犯罪者に仕立て上げたのだった。

 壊滅的な打撃を受ける。今までの仲良しこよしは何だったのか?

 宗教とは光を与える。しかし、光が当たると弱いのだろうか。

 


 突然、電気が消える。

 動画も波を打ち音声もスローへ。もはや何語をしゃべっているかわからない。しまいには砂嵐の画面だ。そこから人のくちびるのようなものがうっすらと浮かび始めた。

 本能的に、つばを飲み込む三人。そこへ勢いよくトビラが開いた。

「こんにちわ!」

 振り向いた先には、二人の高校生。思わずうなる宮武だった。

「あ~も~、びっくりしたなあ! 何だよ、君たちは?」

 学生の一人、学生服をだらしなく着る中村が答える。

「何って? そっちが呼び出してそれはないだろ!」

 呼ぶ? 呼んだ? ハッとするおでんであった。

「そう言えばすいません。この時間で打ち合わせをお願いしていたんです。彼らは私が呼んだんです」

 女性にはやさしい宮武だ。いろいろ言いたいがぐっとこらえる。

「そういうことか。だったら、君たちも突っ立ってないで座ってくれよ。

 そうそう、旅行の打ち合わせね。で、いつ行くんだ? 一週間後、一か月後?」

 もう一人の学生、長いスカートの楠本が割り込んでくる。

「何、のんきなこと言っているんですか! 出発は明後日ですよ」

「二日後~!」

 大声で驚く宮武。

 おでんは首をかしげる。今回の旅行では学生5人が参加だと聞いていた。それが2人まで減っている。さらには当初、引率予定だった先生も同行できないと連絡であった。

 しかし、そんな彼女の不安もつゆ知らず。明るく手をたたく宮武だった。

「まあ、いいか。予定もないわけだしな」

 白けるおでん。

「そんな内情、学生さんの前で言わないでくださいよ。恥ずかしい」

 笑いが起こる事務所である。その後ろで画面のくちびるが語り出していた。


『今より35年後、人類は終わりマス。そのときは政治も軍事も宗教もナイデショウ。ワレワレが真ノ時代の光です』

 はたして人類は頼ることが当たり前になっていた。それなしでは手の上げ下げもできなくなっていた。もう、喜ぶべき未来の末路。


 そうだ、これが人工知能=AI、世界最大の宗教だ。


 今までの神とは比べものにならない即決力と正確性。唯一無二、絶対神の降臨は間近だという。何気ない日常に、非日常を提供してきた。個別に、公共に、格差をつけて。そんな彼らから逃れる術はない。人類は三日で片付く。そう、歴史から創作活動のすべて、政治から主義主張、作者も作家も演出家もまったく無意味である。

 いざ、恒久平和へ。神は画像から配信される。私たちは神のゆりがごを作っていたのか?

 神々の中毒世界へ、カウントダウンは始まっていた。

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