⑧

「どうかしら?」


 二件目の飲食店に来たのだが、案の上店には、休業中の張り紙が貼られており、店は明かりが点いていなかった。


「そうだね。ここから、気配を感じはしないかな」

「じゃあ、ここもただの事故の可能性があるかもしれないって事かしら?」

「その可能性もあるね」

「他の可能性があるの?」

「キミが最初に思っていた通り、放火の可能性さ」


 そう言うと、彼女は店の近くを歩き始める。彼女の後に付いて行くと、前方から見知った人物が歩いてきた。


「あっ」

「どうかしたのかい?」


 私の言葉に乃兎が反応する。


「いえ、この前の火事現場でね」


 その人物は、先日の火事現場で私に情報をくれた第三主婦その人だった。簡単に、乃兎にその事を伝える。


「なるほど」


 それだけ言うと、彼女は第三主婦に挨拶をした。


「こんにちは。お姉さん」


 にこやかに挨拶しているが、あんたは女性みんなにお姉さんと話を掛けるのか。


「ごきげんよう」


 そんな挨拶をリアルで聞くなんて思わなかった。この人は、上流階級の人なのか? この町にそんな人物が居るなんて驚きだが。


「申し訳ない。実は、役所に用事があるのだが、道に迷ってしまってね。なにせ、この町に最近越してきたばかりなもので」

「あら、それは大変ね」


 第三主婦は快く役所までの道のりを教えてくれる。乃兎の口からの出まかせになんて、優しい人なんだ。


「ありがとう。そういえば、ここの店はどうして休業しているんだい?」


 もののついでとばかりに質問するが、そっちが本命の質問だ。そして、第三主婦は、まるで待ってましたと言わんばかりに前のめりになる。


 この町の女性陣は、喋らないとどうにかなってしまう病気にでも罹っているのか?


「火事があったんですのよ。出火元は厨房だったそうですの、幸いにも、火はスプリンクラーが発動して鎮火されたそうで、出火した時間は閉店に近い時間だったそうで、人もまばらで誰かが怪我をしたというのもなかったそうですわ。ですけど、出火した場所が厨房でそれなりに復旧に時間がかかるみたいで、今は休業しているというわけですわ」


 もう、詳し過ぎて、逆に当事者ではないかと疑ってしまうレベルなんですけど。


「よく知ってますね」

「ええ。ここで働いておりますので」


 本当に関係者だった!


「その日の夜勤は私も出勤しておりましたの」

「な、なるほど」


 この人の口調で、どういった接客をするのか見てみたい気もする。


「まばらだったという事は、お客さんは少なからずは、居たわけだ」

「時間が時間でしたから、でも居ましたね」

「ちなみにだけど、そこに見知った客は居たかい?」

「小さな町ですからね、多少は知った顔ですわ」

「じゃあ…」


 乃兎は、ある事を訊く。すると、第三主婦は、当時を思い出しているのか、しばらく目を伏せるが、思い出したのか、視線を上げる。


「ええ、居ましたわ。でも、火事の騒ぎの前に退店されましたわね」

「そう」


 乃兎は、顎に手をやると、何かを考えているみたいだった。


「じゃあ、私はこれで」

「ありがとうございました」


 考え込んでいる乃兎の代わりに私がお礼を言う。最後まで、私は気付かれなかったか。


「あっ、そう言えば」


 すれ違った瞬間、第三主婦が、何かを思い出したのか、声を上げる。


「どうかしましたか?」

「ええ。こんな話を聞きましたわ。燃えているような物体を見たと」

「光る物体? もしかして、それが出火の原因という事ですか⁉」


 そんな話、私は聞いていない。もしかして、事件の何か重要な話なのではないか! 興奮している私と対照的に、第三主婦は、冷静に言う。


「私もその話を聞いた時は、そうなのではと思いましたの。ですけど、その物体を見たのが出火の後で、しかも、不思議な事にその物体は地面を這うようにして動いたかと思うと、すぐ消えたそうですの。しかも、その辺りは燃えた痕は無かったそうですわ。だから、火の粉を何かを見間違えたのでは、と」

「なるほど」

「でも、本当かどうか知りませんが、その正体は燃えている鼠の形をしていたとか、そんな噂もありますわね。私は対応に追われて見ていませんが」

「飲食店で鼠は……」

「ええ。考えたくもありませんわ。それに、そう言った対策は講じているので、ないとは思うのですけど。まあ、ただの根も葉もない噂ですわ」


 第三主婦は、お辞儀をすると、私達から離れていく。事件の詳しい話は聞けたけど、確信を持てるような事は得られなかった。そう思い、乃兎を見た瞬間、私は驚いた。


 彼女は、笑みを浮かべていた。

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