⑥

「おい、どうした」

「はっ⁉」


 自分のデスクでボーっとしていた私に、上司の声が降って来る。


「え、え、何ですか?」

「…お前、本当に大丈夫か?」


 あまりの慌てように、心配になったのか、珍しく私を気に掛ける言葉を掛けてく

れる。


「だ、大丈夫です!」

「なら、いいが」


 そう言って自分の仕事に戻っていく。私も取り繕ったが、昨日の出来事が頭の中で未だに理解出来ていないのか、昨日、彼女と別れてから、こんな調子だ。

 私は、待機状態で真っ黒になっているパソコンのディスプレイに映る自分の顔を見ながら、昨日の事を思い出していた。



「『司書ライブラ?』『創想像スピレ?』」


 混乱している私に、彼女は優しく語るように言葉を紡ぐ。


「創想像というのはね。簡単に言ってしまうと、人の想像によって具現化した事象の事だよ」

「人の想像?」

「そう。例えば、ある人が翼の生えた魚を想像したとするよね。でも、現実にそんな魚は存在しない。でも、その想像が多数の人間によって共有され、認識され、その想像が現実に近くなった時、それが創造され現れる」

「そんなマンガみたいな…」

「でも、実際にそれは存在している」


 優しい口調では、あるがその言葉には私を騙そうという意図は感じられなかった。


「そして、その事象を集め、保管するのが、ボク達、司書ってわけ」

「でも、そんな、いきなり」


 私は、ただ火事の原因が事件性のあるものだと考えていた。それが、まさかこんな意味の判らない展開になるなんて。


「じゃ、じゃあ警察が発表を渋っているのは……」

「多分、お偉い人から待ったを掛けられているんじゃないかな。この手の事件は、一般の人が関わっても、しょうがないから」

「それじゃあ、あなたはこの事件を解決する為に来たの?」


 私の質問に彼女は答える。


「いや、それは偶然だね」


 てっきり、肯定の言葉が出てくるのかと思ったのだが、出てきたのは私の予想を裏切るものだった。


「偶然、この町に来たら創想像の気配がしたから、あの現場を見に行ったんだ。ボクとしては、予想外もいいところだよ」

「はあ」


 そんな言葉しか出て来ない。というか、まだ頭が追い付いていないのが、本音だ。


「まあ、信じろというのが無理あるよね。もし、キミが信じるも信じないもキミの自由さ。ただ、ボクから言える事は一つだよ。この件に関して言えば、興味本位で近づかないのが、キミの為さ」


 彼女はそれだけ言うと、私に背を向けて「ご馳走様、お姉さん」とだけ軽く手を振って、立ち去っていく。


 私はその背に対して、ただ見つめる事しか出来なかった。



 これが、昨日の出来事だ。彼女の言った事が本当の事かどうかは判らない。普通に考えれば、そんな空想みたいな話なんてあるわけがないと切って捨てる所だけど、私には彼女が、嘘を言っていたりしている風にはどうにも見えなかった。


 だとすると、私はどうするべきなのだろう。彼女の助言の通り、この事件には関わらないようにするべきなのかもしれない。


 うん、そうだよ。私は、ただの一般人なんだから、いつも通り仕事をしよう。私は、パソコンの電源を落とし、席を立つ。


「どうした?」

「取材に行ってきます」

「昨日、行って来たろ?」

「追加取材です」


 それだけ言うと、私は外へと出る。向かう場所は決まっている、火事現場だ。


「興味本位で近づくなですって! そんな言葉でこの私を止められるわけないでしょ! こうなったらとことん追ってやるんだから」


 むしろ、私の心に火が点いた。それに、もしこの件を記事に出来れば、間違いなく、上司は驚愕し、タウン誌の存続にも繋がるかもしれない。


 三件目の火事現場は、未だに黄色いテープで囲われ、中には入れないようになっていた。しかし、中に入れないと言っても、全焼しているので、残っているのは燃えて炭化している店だった物だけだ。


 取り敢えず、来たはいいが、ここからどうしたものか。また、以前のように主婦の方々の情報網に頼るできなのかもしれない。きっと、私なんかよりも、多くの情報を持っているはず。


 そうと決まればと、動き出そうとした振り返った私は、動きを止める。


「おやおや、奇遇……でもないか」


 昨日の彼女、白詩乃兎が私に声を掛けてきた。


「ここに居るって事は、そういう事だと受け取ってもいいのかい?」


 彼女の口調は変わらないが、言葉の強さが私に安易に関わるなと忠告しているようだった。


 しかし、もう私は決めたのだ。


「心配してくれるのは嬉しいけど、このまま引く事は出来ない」


 あんな話を聞いてしまっては、このまま引いてしまっては心残りで、この先きっと私はどうしてあの時って後悔すると思う。それに、この事件を解決して、その真相をタウン誌に載せる事が出来れば、タウン誌が無くなるなんて事はないかもしれない。


 でも、警察の公的機関にまでは働きかける事が出来る組織に、タウン誌に真相なんて載せて、私が消させるのでは? という疑問が頭をよぎったが、一旦この考えは置いておこう。


 私の決意が揺るぎないものだと、判ってくれたのか、彼女はやれやれといった感じで、大仰な仕草をする。


「判ったよ。見かけ通りの性格をしているね、お姉さんは」

「それは、褒めているの?」


 いや、きっと褒めてはいない事は判る。


「そうと決まったら、ボクの傍を離れないようにね」

「ねぇ、聞いてる?」

「改めてよろしく。もう一度名乗っておくよ。ボクは、白詩乃兎はくしのと

「……波佐見霧子はさみきりこよ」


 彼女は私の名前を聞いて頷くと、そそくさと離れていく。


「あれ、ここはいいの?」

「事件の事を調べるのなら、まずは最初の現場から見てみよう」


 それも、そうだ。


 こうして、私は事件を追う事になった。先を歩く彼女の背中を見ながら、この先どんな事が待っているのか。見えない恐怖もあるが、それと同じくらいワクワクしているかのような高揚感があった。


 この背に付いて行く。しかし、その背が急に止まる。


「ところで、最初の現場は何処なんだい?」


 本当に大丈夫なんだろうか?

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