➁

ズルズルと豪快に麺を啜る。やっぱりラーメンと言ったらこれだよね。


 私は、取材の為に訪れたラーメン店で、今まさに仕事の真っ最中だ。見る人からしたら、ただ醤油ラーメンを啜っているだけに見えるのかしれないが、これは立派な取材なのだ。


 魚介スープに、油に絡まるようなちぢれ麺。そして、この店がこだわっている自家製チャーシューに、欠かす事の出来ない存在メンマもここは一から作っている。


 ここは、私が物心つく頃には、すでにお店を構えており。昔からここには通わせて貰っている。そう、常連なんです!


 『麺やべぇ』は。


「霧子ちゃんは相変わらずいい食べっぷりだね!」


 カウンター越しに、麺やべえの店主でもある大将から、声を掛けられる。


「やはい、きょきょは、おいひい、のへ」

「うん。ちゃんと食べてから喋ってくれるかい」


 モグモグ。ゴクン。


「はい。ここは美味しいので!」

「ははは。ありがとね」


 大将は、そう言いながら笑ってくれる。営業中の所をさっき無理を言って取材させて貰った。これも、顔なじみならではだからだ。 


 流石にスープまで飲み干すわけには………あれ、いつの間に? 気が付けば、器の中は空であった。


「ご馳走さまでした! すいません、無理言って」


 手を合わせてご馳走様をすると、改めてお礼を言う。


「霧子ちゃんの頼みなら構わんよ。それに、こっちも宣伝しても貰えて嬉しいしな」

「そう言って貰えて助かります」


 本当に大将には頭が上がらない。


「それで、今回は何を…」


 そう、事前に取材に行くかもと伝えた時に、新作を鋭意制作中との話だったので、今回はそれを取材させて貰おうかと思い、話をしたのだ。ちなみ、その新作が何なのか、私はまだ知らない。


 さっきの定番の醤油ラーメンでもいいけど。もう、何度も特集を組ませて貰ってはいるが、何度でも推したいこの味。


「ふ、ふ、ふ、それは、これだ!」


 ドンっと置かれたのは、


「こ、これは!」 


 皿一杯に盛られたチャーハンだった。ラーメンだと思っていたのに、ラーメンじゃないじゃん!


 ちなみに一応そのチャーハンの写真を撮り、味わったのだが、あまりの美味しさに、すでに醬油ラーメンを完食したというのに、チャーハンもペロリと平らげてしまった。


「どうだい?」

「さい、こう、です!」

「だろ」


 私の絶賛に、大将は得意げな顔をする。しかし、そういう顔になってしまうのも仕方ない。これは、それだけの価値がある。

 

 チャーハンを食べ終え、大将の取材と言っても準備中でもあるので、手が空いた時にでも、少しだけ話を聞こう、と。それまでは、もうちょっとこの好意に甘えておく事にしよう。


 カウンター席で頬杖をつきながら、大将の仕事姿をぼんやりと見ていると、店の外から、違う種類のサイレンの音が聞こえてくる。


「おっ、またどこかでか」


 大将もその音を聞いて、そう言う。私もその音を聞いて、大将と同じ事を考えていた。


「多いですよね」

「ほんとにな」

「もし、これが火事だったら。今月に入ってすでに四件目ですよ」


 そう、この町では今、火災による事件が多発していた。


 最初の一件目は、コンビニで起きた。火事とは言っても建物が全焼してとかではなく、小火騒ぎ程度であった。二件目は、ある飲食店で、これも一件目のコンビニと比べれば、少しだけ被害の規模は大きかったが、それでも被害はそれほどでは無かった。


 しかし、三件目から様変わりする。火事になったのは、新しく出来たばかりの雑貨屋だった。店は、全焼した。幸いなのは、店の人は間一髪で火の手から逃れられて、無事だった事だ。


 そして、この三件目からは、少しだけ周りがきな臭くなってきた。一件目、二件目までは、火元となった思われる場所が、火を扱う場所に近かったのだが、この三件目の火元が、火の字をまったく関係ない所からの出火だという事が判った。


 つまり、自然発火ではなく、人為的に火を点けられた、放火の可能性が出て来たのだ。そして、一件目、二件目も放火なのでは? という疑問が人々の間に疑惑として浮上したのだ。


 こう考えたのも、一件目から二件目の火事は五日経ってからだった。しかし、二件目から三件目は四日だった。火事が起きるスパンとしては、早すぎるのではないか?


 こじつけと言う人もいるが、そこに可能性を感じてしまえば、それを完全に否定する事など、誰にも出来なかった。


 それこそ、火が回る勢いで、噂が広まっていった。連続放火事件と。


 しかも、警察の方から、連続放火を否定する言葉が出ていない事が、更なる促進剤となった。断定しないという事は、向こうも向こうで調査中なのか、それとも何か他に狙いがあるというのか。その真意を窺い知る事は出来ない。


「店が全焼なんて、他人事じゃないからな」

「大将、気を付けてくださいよ」

「ああ。こればかりは、気を付けねえと」


 私も行きつけの店が無くなるのは、嫌だからね。でも、もしただの火事ではなく、人為的なものなら、どうやって防ぐ術などあるのだろうか?

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