第25話 オオタと飲み会


 カオルが買ってきた乾酪(チーズ)をつまんでいると、


 がらがらがらがら・・・

 音が近付いてくる。


「うん?」


 何の音だろう、とマサヒデ達が首を上げると、がらりと玄関が開いた。


「オオタで御座います!」


「あ、オオタ様ですね」


 マサヒデが立ち上がって、迎えに出る。


「これはオオタ様。その、昨日は申し訳ありませんでした」


 頭を下げながら、ちら、と目を向ける。

 後ろにマツモトが居る。

 だが、メイドの姿が見える。

 それだけではない。ワゴンが見える・・・


「いやいやいや! 構いませんとも!

 しかし、今日は私の祝いの盃、受け取って頂けますかな?」


「勿論です。さあ、お上がり下さい」


「では遠慮なく! 失礼致します!」


 オオタとマツモトがにこにこと笑顔を浮かべ、上がってくる。


 がらがらがらがら・・・

 メイドがワゴンを押し、庭の方へ回っていく。

 ワゴンで酒を持ってきたのか・・・


「オオタ様、ご無沙汰しております」


「おお、マツ様! お加減は・・・」


 ぴた、とオオタが足を止めた。

 床の間に目が向いている。

 真っ黒なタマゴが、もやを垂らしている。

 医者から聞いてはいただろうが、さすがに目の辺りにすると驚くだろう。

 後ろで、マツモトも目を見開いている。


「・・・如何、ですかな・・・」


 ごくん、と喉を鳴らす音。


「ははは! 初めて見る方は、皆さん驚きますね!

 さ、オオタ様、マツモトさん、中にどうぞ! 火を吹いたりはしませんよ!」


「や、これは失礼致しました・・・」


「失礼致します・・・」


 オオタとマツモトが入ってくる。

 縁側のすぐ外で、メイドがワゴンを開き、酒の準備をしている。


「こちらへ」


「は・・・」


 オオタは額の汗を拭きながら、座布団に座った。


「気にしないで下さい。こんなもやが出てたら、驚くのも当たり前ですから」


 もやもそうだが、あまりに禍々しいこの色は・・・


「は、はあ・・・いや、医者から聞いてはおりましたが、驚きました」


「これ、マツさんの魔力をいっぱい引き継いでいるから、出てるんだそうです。

 そのうち、止まってしまうんですって。

 お医者様も最初は驚いていましたが、将来は大魔術師間違いなしだそうで」


「おお、なるほど、そういうことでしたか!

 大魔術師・・・うむ! 剣聖の子が大魔術師ですか!」


「剣聖の子だなどと」


「いやいや、トミヤス様なら、すぐに剣聖になりましょう?」


「ははは! すぐだなんて、無理ですよ!

 私では、どんなに頑張っても、あと20年は必要です」


「わはは! ご謙遜にも程がありますな!

 お父上は、首都におる頃に剣聖になられたのでしょう?

 トミヤス様も、10年もしたら、とっくに剣聖になっておられますとも」


「父上と私では、元々の才が違いすぎますよ。

 父上の域に届くまで、私ではあと何年必要なことか。

 全く、目にも見えないんですから・・・」


 マサヒデはシズクの方を見て、


「ねえ? シズクさんも思いますよね。

 私が10人居ても勝てないって、肌で感じたでしょう?」


 シズクはにやっと笑って、


「今はね。でもさ、最近のマサちゃん、すごいもん。

 ほんと、ぐんぐん強くなってくもん。

 私も、ちょっと強くなった、今度はどうだ! と思ったら、とっくに上!

 全然敵わないんだもん。すぐにカゲミツ様に追いつきそうな気がするね!」


「ほれ、シズク殿もこう言っておられますぞ!

 剣聖もすぐでしょう。魔の国へ行くついでに、竜でも退治してきては?

 剣聖! 竜殺し! まさにお伽噺の世界の英雄がここに! わははは!」


 オオタが笑いながら、ぱん! ぱん! と手を叩く。


「さあ、祝いの酒と参りましょう!

 マツ様、医者から聞きましたが、酒を呑んでも平気でございましょう?」


「はい」


「よし! 酒の準備をしろ!」


 縁側に座ったメイドがワゴンの横に居るメイドからワイングラスを受け取って、皆の前にワインを並べていく。


「では、トミヤス様とマツ様のお子に! 乾杯!」



----------



 ごく、ごく。


「ふうっ」


 注がれたワインを飲み込む。


(あっ)


 1杯呑んだだけで分かった。

 酒を飲んだ時の、あの変な感じがしない。

 酔い止めが効いている。


「お? トミヤス様、呑めるようになりましたな?

 先日は、三浦酒天でお父上に散々呑まされたとか?」


 開けたグラスに、メイドがワインを注ぐ。


「ええ。全く、父上ときたら・・・どうしようもないんです。

 まあ、元々酒好きなんですが、普段は抑えているもので。

 何かの祝いとか祭となると、もうがぶがぶと!」


「わはははは! パーティーが楽しみですな!」


「いやあ、私は不安で仕方ありませんよ。

 また、あんなに呑まされたりしたら・・・いや、呑まされるのか・・・

 ふう、昨日の二日酔いは、もうたまりませんでしたよ」


 くす、とマツ達が笑う。


「おかわりー!」


 シズクがグラスをメイドに突き出す。

 マツモトがそれを見て、


「む、シズク様では、ワインでは物足りないでしょう。

 君、ウイスキーかバーボンを出しなさい」


「は。シズク様、どちらになさいましょう」


「バーボン!」


 マツモトがにこにこしながら、


「百一瓶を持ってきたね。シズク様、これは特別な瓶ですよ」


「ほんと!? 楽しみー!」


「ストレートになさいますか?」


「うん! 特別なんでしょ! 1杯目はストレートでいこう!」


「は」


 薄い麦茶のような色の酒が注がれていく。

 よく、シズクが食堂に呑む時に注文している酒の種類だろうか。

 シズクがグラスを受け取って、すんすんと鼻を鳴らす。


「む・・・む!? マツモトさん、これは違うね!?」


「分かりますか?」


「じゃあ、いっただきまーす!」


 ぐびっ!


「なんと!?」「むっ?」


 一口で50度の酒を飲み干してしまった。

 オオタもマツモトも、これには驚いた。

 全く顔色も変わっていない。


「おおー・・・うん、ちょっと、何て言うか、薄味な感じかな?

 でも、食堂でいつも呑んでるのより、強いよね?

 割に、強さは感じないね! これは美味しーい!」


「ううむ・・・君、8年樽を。

 シズク様、こちらも呑んで頂けますか」


「いいともー!」


 ぽん、とコルクが抜かれ、シズクのグラスにバーボンが注がれる。

 すんすん・・・


「むむむ・・・これも良いね・・・

 匂いは、さっきのよりちょっと濃いかな? 強さはほとんど同じと見た!」


 ごくん。


「ぷひゃー! 美味いっ! 私はこっちの方が好きかも!」


 マサヒデは食堂で見慣れているが、初めて見る者には驚きだろう。

 50度の酒を一息に、顔色も変えずに呑んでしまうのだから。


「そんなに美味しいんですか?」


 マサヒデが声を掛ける。

 マツモトが慌てて、


「あ、トミヤス様」


「そうだねー。マサちゃんは、最初に呑んだやつの方が良いと思うね。

 ちょうだい」


「は」


 メイドがグラスにバーボンを注ぐ。


「ちょっと君」


 マツモトが止めたが、シズクが受け取って、


「はい!」


「どうも」


 くぴ。

 む! とマサヒデの顔が変わり、


「う! けほっ、けほ・・・なんですこれ!

 シズクさん、いつもこんなの呑んでたんですか!?」


「慣れると美味しいんだって!」


 マサヒデは顔をしかめて、


「慣れたくありませんよ、こんなもの・・・」


 くす、とカオルが笑う。


「あ、では私が呑みますよ」


 マツが手を差し出す。


「すみません、マツさん、お願いします。私にはとても・・・」


「マツ様!?」


 いくら何でも、産後なのだ。

 慌ててオオタが手を伸ばしたが、マツも一息で呑んでしまった。


「うん、さすが百一瓶ですね。度数の割に、呑みやすいです」


 マツが少し小首を傾げ、


「でも、どうかしら・・・

 やっぱり、8年樽を呑んでおられる方には、物足りないかも。

 私も、8年樽の方が好みですね」


 オオタが驚いた顔で、


「・・・ううむ、マツ様、ワインだけではありませんでしたか・・・」


「うふふ。オオタ様、私、普段から呑みはしませんが、ほとんどのお酒は呑んでおります。味も分かるつもりです。何でも当てますよ」


「むむむ・・・さすがはマツ様です。

 しかし、ほとんどの酒を呑んでいるとは申せ、これは分かりますまい。

 マツ様、目を閉じて頂けますか」


 マツが目を閉じて、目に手を当て、


「うふふ。楽しみですね」


 むん、とオオタが頷き、


「おい、あれを出せ」


 メイドが目を見開き、


「オオタ様、本当に開けるのですか?」


「開けるつもりでなければ、持ってこん! 出せ!」


 ワゴンから、これは高い、と分かる、古い派手な箱が取り出された。

 慎重に、メイドが箱の蓋を開けると、中から、これまた綺羅びやかな瓶。

 陽の光を反射して、ぎらぎらしている。

 マサヒデ、カオル、シズクが瓶を見て驚き、


「え!?」「これは!?」「うっわ・・・」


 と、声を上げる。

 開けるのか? と言うメイドの反応も、分かろうというものだ。


「わあ、何かしら!」


 目を瞑ったまま、マツが声を上げる。

 メイドが慎重にグラスに注ぐ。


「よし。箱と瓶をしまえ」


「は」


 メイドがワゴンに箱と瓶をしまうと、


「さ、マツ様。もう目を開けて構いませんぞ」


「何かしら! オオタ様、楽しみです!」


 にこ、とオオタが笑う。

 マツモトも、にやにや笑う。

 これは希少な酒なのだろう。


「よし。マツ様にグラスを。

 同じく、バーボンです。

 ふふふ、これはいかにマツ様でも分かりますまいな」


 マツがグラスを受け取り、すん、と匂いを嗅ぐ。


「あら! これ、5代目王ですね? 久し振り」


「なんと!?」「まさか!?」


 オオタとマツモトが声を上げた。

 まさか、口に含みもせず、香りだけで当てられるとは!?

 メイドも目を丸くしている。


「うふふ・・・」


 ぱらり、と前に垂れた髪を指で後ろに掛けて、優雅にグラスを傾ける。


「うん、この芳醇な香り。さすが5代目王ですね。

 王宮御用達に相応しい味です。オオタ様、ありがとうございます」


「ううむ・・・お見事です。

 年に数本も出ない物まで、まさか香りだけで当てられるとは!」


「次は何を出してくれますか? うふふ・・・」


 にこにこ笑いないながら、マツがグラスを揺らす。

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