第22話 銀のドレス


 魔術師協会、朝餉の時間。


「うん、美味い。ああもう、全部美味い」


 ずずっと味噌汁を飲み干し、飯をかき込み、ぼりぼりと浅漬を噛んで、茶を飲む。


「お代わり下さい」


「ふふふ」


 カオルが椀を受け取って、飯を盛る。


「味噌汁も下さい」


「は」


 がつがつと食べるマサヒデを見て、マツが目を丸くして、


「そんなにお食べになって、大丈夫ですか?」


「昨日、食べられなかった分ですから」


 ふう、と空になった椀を置き、箸を置いて、茶を飲む。


「このくらいで抑えておきますか。

 オオタ様が来るかもしれませんし、昼も少し抑えましょう」


「はあ・・・」


 クレールがにっこり笑って、


「マサヒデ様、元気になって良かったですね!」


「ええ! ご飯が食べられるって、幸せです!」


「そうですよね!」


「今朝起きた時の、水の美味さったらありませんよ!

 ただの水なのに、もう最高に美味しかったんですよ!

 そこに、この飯! 味噌汁! 浅漬! たまりませんよ、もう!」


 皆がくすくすと笑う。


「うふふ。マサヒデ様、良かったですね」


「ええ! もう、何もかも最高です・・・」


 ふう、と息をついて、残った茶を一気に飲む。


「そうだ、マツさん、招待状はもう出来たんですか?」


「ええ。昨日、全部お送り出来ましたよ」


「そうですか。ううむ、私が寝ている間に、申し訳ありません」


「いいえ。夫を支えるのが妻の役目ですもの。ね、クレールさん」


「はい! しっかり支えますよ!」


 ぐい、とクレールが細い腕を上げる。

 全く力こぶは見えない。


「ふふふ。また二日酔いになってしまったら、宜しくお願いしますね。

 ところで、今日は何をするんです?」


「私とクレールさんは、ドレス選びですよ」


「あ、じゃあクレールさんは、今日はホテルに戻るんですね」


「はい! 夜には戻るつもりですよ!」


 シズクが口を尖らせて、


「私はカオルに服作ってもらうんだあー」


「おお、シズクさんもドレスですか!」


「羽織袴あー! あーあ、私もドレス着たかったあー」


 かくん、とシズクが項垂れる。

 カオルがシズクの方を見て、仕方ないなあ、という顔で、


「ラディさんの羽織袴を見て、欲しいなあ、と言っておられたではありませんか。

 不足なのですか?」


「そうじゃないけどさ。ううん・・・」


 マサヒデがカオルに向いて、


「カオルさん。何故ドレスではないんです?」


「ご主人様、シズクさんには、警備について頂きますので、ドレスは。

 初めて着るドレスでは、動きづらいでしょうし」


「え!? 警備ですか!?」


「立ちんぼではありませんから。普通に会場内を飲んで食べて歩きます。

 万が一、何かあったら、馳せ参じるのがシズクさんの役目です」


「普通に飲んで食べて歩く? それ、警備なんですか?」


「客に混じり、一つ所に留まらず、ふらふらと歩いて回るだけですね。

 そうして、我ら忍で勘付けない所を、シズクさんの勘と嗅覚で補って頂きます。

 シズクさん、普通に飲んで食べて楽しんでもらいますよ。歩けば結構です」


 マサヒデが少し首を傾げて、


「まあ、それなら・・・でも、うん、そうだ!

 折角ですから、落ち着いたら、シズクさんのドレス、注文しましょうか」


「え!? ほんと!? やったあー!」


 皆がにこにこして、喜ぶシズクを見るが、カオルの顔は渋い。


「あの、皆様方」


「ん? カオルさん、なんですその顔」


「昨晩は言い出せませんでしたが・・・シズクさんの、腕を御覧下さい」


「?」


 がっしりとした、丸太のように太い腕。

 カオルがシズクの後ろに座り、肩に手を置く。


「この肩幅。首。腕。胴回り。マツ様、クレール様。如何でしょう」


 ぽん、ぽん、ぽん、とカオルが手を置いていく。


「・・・」「・・・」


 2人とも、気不味い顔で、目を逸して俯いてしまった。


「シズクさん。ですので、貴方の正装は羽織袴で・・・」


 シズクは喜びから一転、どん底に落とされた顔で、ちらっと後ろに目を向ける。

 カオルも目を逸らす。


「カオル・・・お前、容赦ねえな・・・」


「その・・・申し訳ありません。

 ちょっと、その・・・昨日は言い出せなくて・・・」


「いいよ・・・容赦ねえなんて言って、悪かった」


「いえ・・・」


「分かってたよ。でも、お前、服作るの得意だからさ。もしかしてって。

 仕方ねえよな。羽織袴しか・・・」


「・・・」



----------



 クレールはシズクが送る事になり、2人は出て行った。

 カオルはギルドの訓練場に、代稽古に向かった。

 マツは奥の間でドレスを選んでいる。


(ふむ)


 マサヒデは本を広げ、ゆっくりと読んでいく。


(これは・・・この少年は・・・そうか)


 人族であれば、誰もが知る人族の国同士の戦国期の伝説的な有名武将。

 類稀な戦の才を持ち、地方に流された兄の反乱に参加し、戦場では矢面に立ち、命を賭して戦いながらも、その戦功を恐れた兄に討たれた、悲劇の名将・・・


 と、多くはそう描かれているのだが、この物語では何と冷徹非情であることか。

 『我が意に刃向かう者は、例え幼き頃からの友と雖も斬る』

 このように描かれた物語は見たこともない。


 戦功に浮かれ、首都であまりに派手な暮らしをし、兄の諫めも聞かずにいた為にやむなく斬られた、とも言われている。


 多くの貴族の後押しを得たが、それは彼を通しての兄への後押しだと気付かず、自身の人気と勘違いし、結果、調子に乗って兄の反感を得た為だとも言われる。

 実際に彼の兄が討伐に来た際、ほとんどの貴族が兄の方に付いてしまったのだ。


 さて、多くの物語で悪役とされる王はどうであろう。


 老いて尚一族に心を掛け、情けを与え、不安に苛まれては子供のように泣き喚く。

 『我が一族にあらねば人にあらず』

 という言葉を吐いたというが、実際には温情のあった王であるという。


 この物語の舞台となる歴史書を読んでいた時に、アルマダは王の方に着目して、「乱を招いたのは、打首にせず配流に止めたためだ。政で中途半端な温情は、大きな恨みを買う事もある。時には冷徹であらねば、民の安寧はない」と、言った。


 皆、悲劇の名将の活躍に心を踊らせ涙するものだが、アルマダの見ている所は全く違っていて、カゲミツやマサヒデ達門弟を驚かせたものだ。


「諸行は・・・無常・・・か」


 ぽつり、とマサヒデの口から言葉が漏れた。

 最後に描かれた、2つの墓。


「因果応報と・・・輪廻転生・・・」


 ぱたりと本を閉じ、マサヒデはじっと天井を見つめた。


「マサヒデ様ー! どうですかこれ!」


「む」


 にこにことマツが駆け込んで来た。


「ああ、ドレスですか」


「はい!」


 ふわさ、とマツがドレスの肩を持って広げる。

 白いドレスだが、クレールとの見合いに着ていった物とは違う。


 刺繍も派手だが、色は同じなのに、随分と輝いて見える。

 生地の違いか? 朝で陽の光が強いからか?

 それにしても、やけに輝いていて、目が眩みそうだ。

 光るような物が飾り付けてあるわけでもないのに、何故だろう?


「ん? これは・・・前のドレスとは、随分と違いますね?

 色は同じなのに、ううむ?」


「あ! お気付きになられました?」


「ええ。何でしょう、生地が違うんですか?

 何か、輝いているというか、すごく派手・・・というか。

 んん? 同じ色なのに、なぜです?」


「うふふ。これ、銀の糸が編み込まれているんですよ!」


「ええ!? 銀が!?」


 ぎょ、とマサヒデが仰け反る。


「魔術が掛けられた、特注品の銀の糸ですよ!

 錆びませんし、生地も痛めないんです!」


「そうか、銀が編み込まれているから、こんなに光って見えるのか・・・

 はあー・・・これはすごいですね・・・」


「どうですか!」


「や、これはすごい。綺麗ですよ。

 クレールさんやカオルさんも驚いてしまいますよ。

 まさか、銀が編み込まれているなんて・・・ううむ・・・」


「よおし、まずはこれに合せてアクセサリーも合せてみましょう!

 クレールさんとカオルさんのご意見も聞いて、びしっと決めますよ!」


 くるっと回って、マツは奥の間に戻って行った。

 また、自分1人だけ負けてしまうのか・・・

 雲切丸を差して行けば、少しは釣り合いが取れるか?

 浮いてしまわないだろうか・・・

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