第20話 シズクの正装


 魔術師協会。


 がらっ! 勢いよく玄関が開けられた。


「たっだいまー!」


 カオルが出て来て、シズクの荷物を見て驚き、


「ちょっと、シズクさん!? どうしたんですこれ! まさか盗んで!?」


「ちーがうって! お前じゃないんだから」


「私が泥棒でもすると!?」


「しないの?」


「しませんよ! ・・・いや、仕事であればしますが・・・」


「別に怪しい物じゃないよ。はい、これ鮎」


 シズクが袋を突き出す。

 ずっしり。

 カオルが袋を開けて、


「こんなに!? 食べられませんよ!」


「大丈夫だよ。私もクレール様もいるじゃない」


「いや、そうですが、どうしたんです? は! まさか脅して!」


「もーう! 違うって!

 魚屋さんがさ、マサちゃんが寝込んでるって聞いてさ。

 それで、これはお見舞いの品だからって、タダでくれたんだ」


「お見舞い?」


 シズクは「ばさ」と2つの大きな袋を突き出し、


「ほら、これ、あられとせんべい! すごいだろ! こんなにでっかい袋で!

 お米屋さんも、お見舞いくれたんだ!

 ね、まだ皆やってる? 少し休憩して、おやつにしようよ!

 米は台所に置いときゃ良いんだよね?」


「むう・・・はい」



----------



 皆であられとせんべいを食べながら、シズクの話を、笑いながら。

 さて、そろそろ夕餉の支度を、とカオルが立ち上がった時、奥の間が開いた。


「ご主人様」


「ううむ・・・楽しそうですね」


 と、頭に手を当てながら、マサヒデが寝巻きのまま廊下を歩いて来る。


「お座り下さい。すぐに白湯をお持ちします」


「ありがとうございます」


 眉を寄せながら、マサヒデが力なく居間に座る。

 マツが心配そうに、


「マサヒデ様、どうですか?」


「大分、楽になりましたよ。まだ、頭が痛いですけど」


「お熱もあるのでしょう? 少し食べて、またお薬を頂きましょう」


「ええ・・・」


「さ、お食べになりますか? 美味しいですよ」


 マツがあられとせんべいが入った皿を差し出す。

 む、とマサヒデが顔をしかめ、


「ううむ。全然、食欲が湧きません」


「お薬を飲むのでしたら、嫌でも何か入れませんと」


「ふう・・・そうですね」


 息をついて、あられを摘む。

 こり、こり・・・こくん。


「はあー・・・」


 カオルが戻って来て、マサヒデの横に座り、白湯が入った湯呑を差し出す。


「ご主人様、さすがにあられ一粒では。

 頑張って、もう少しお食べ下さい」


「ううむ、分かりました」


 マサヒデはあられを一粒ずつ運び、ゆっくりと噛む。

 皆が、きつそうな顔のマサヒデを見る。


「ご主人様。夕餉は鮎に致しますが、如何されますか」


「食べたくないです」


 全然元気がない。

 よし、とカオルが立ち上がり、


「これを見れば、元気になりましょう」


 カオルが部屋の隅に置いてある箱を持ってくる。


「む」


 袱紗。桐箱。


「雲切丸・・・ですか」


「拵えも、もう出来ております」


「ううむ、奥に隠しておかないと・・・父上に見つかったら・・・」


 マツが膝を進め、


「マサヒデ様。お七夜のパーティーには是非これを」


 マサヒデは慌てて顔を上げ、


「だ、駄目ですよ! うっつ」


 勢い良く顔を上げた時に、ずきん、ときて、側頭部を抑える。

 ふう、と一息ついて、


「父上が見たら、力ずくでもと、取られてしまいます。

 これは絶対に手放したくないんですよ」


「取られないように出来ませんか? 綺麗ですのに」


「・・・出来そうもありませんが」


 ぽん、とクレールが手を叩いて、


「ふふーん! 出来ますよ! 堂々とお腰に差して行けば良いだけです!」


「ええ?」


「マサヒデ様がこれを持ってるって、皆に見せつければ良いのです!

 皆、マサヒデ様が、すっごく綺麗な刀持ってるって、知っちゃいますねー!

 さてさてー、無くなってしまったらどうしましょう?」


「どうするんです」


 にこ、とクレールは笑って、


「トミヤス様、パーティーの時のお腰の物は如何されましたあー?」


 そして、頭を抱えて、芝居がかった口調で、


「お父様に無理矢理奪われてしまったのです! 嗚呼、何ということだ!

 剣聖ともあろう者が、あろうことか息子に剣を向け、力ずくで奪うとは!

 物欲に負けて剣を振るうなど、何と情けない父か! あれが剣聖なのかあー!」


 にっこりと笑って顔を上げ、


「うふふ! どうです? お父様は後ろ指を差されてしまいますね!

 お父様、これは大変ですねー!」


 ぷ! と皆が吹き出す。


「あーっははは! クレール様、あったまいいー!」


「口止めされるに決まってるじゃないですか。

 どうせ、私から献上した事にしろ、などと・・・」


 マツが笑いながら、


「まあまあ、ものは試しですよ。

 もし無理矢理にでもなんて言い出したら、私からもお口添え致しますから」


「口添え? 何て言うんです」


 マツは床の間に目を向け、


「私達のタマゴ、お父様(魔王)に預けて、もう誰にも見せないようにしちゃいますって」


「ぷー!」「あはははは!」「くす」


「マサヒデ様、構いませんよね? 世界一、安全な場所ですし。

 当然、お父様もお母様も見たいでしょうし・・・ね?」


「ふ、ふふふ」


 力なく笑うマサヒデに、マツが力強く、


「良いですね、マサヒデ様! あなた様のおしゃれは、私達が決めるんです!」


 と、声を掛ける。

 マツ、クレール、カオルがじっとマサヒデを見る。

 後ろで、シズクが腹を抱えて笑いながら、ごろごろ転がっている。


「分かりましたよ。

 カオルさん、薬、下さい。

 まだ頭がずきずきします。寝ます」


「では、こちらを」



----------



 夕餉を終えた後。


 膳を片付け、縁側で茶を飲んで一服・・・


「ああっ!」


 と、マツが大きな声を上げた。

 皆が驚いて、


「どうなさいました!?」「マツさん!?」「奥方様!」


 と、マツを見る。

 ば! とマツが縁側から居間のシズクに振り向いて、


「たっ、たたったっ、大変ですよ! シズクさん、ドレス作りませんと!」


「ああっ!」


 は! とクレールがシズクの方を向く。


「私?」


 シズクが自分を指差す。


「そうですとも! 正装はお持ちではないのでしょう!?」


「正装」


 シズクが自分が着ている服を見る。

 染みだらけのシャツ。

 丈夫なだけの、これまた染みだらけの作業着のようなズボン。

 ふわっと顔を上げ、


「・・・ないね・・・」


 さあー、とマツとクレールの顔から血の気が引く。


「うわあー! どうしましょう!? どうしましょう!?

 間に合いますかね!? 間に合いますかね!?」


 クレールが立ち上がり、頭を抱えてうろうろする。

 マツも真っ青な顔で、


「あと、たった6日しかありませんよ!? まともな物が出来るか・・・

 ああ! どうしましょう!? どうしたら!?

 カオルさん!? ドレスは作れますか!? 刺繍、刺繍もありますけど!」


 カオルは静かな顔で、


「奥方様、クレール様、羽織袴で宜しいではありませんか。

 私もこれで参りますし、ラディさんも羽織袴ですよ。

 明日、生地を買ってきて、私がお作りします」


 ほ、とマツとクレールは落ち着いて、クレールはぺたんと座ったが、


「紋服で良いですかね? カオルさんも、ラディさんも、羽織袴ですよね?」


「ああ、シズクさんは紋はありませんか。

 紋無しの、羽織袴ですが」


 クレールが呆れた顔で、


「そこではなくって、男装が被っちゃうかなって」


「ふむ・・・それでは、此度は私はドレスで参りましょうか?

 私は、侵入用にそれなりの物を作ってありますので」


「侵入用って・・・」


「パーティーなどは、情報収集にはうってつけの場ですし。

 貴族の方々に混じっても、おかしくない物を用意したつもりです」


「そう、ですか・・・」


 シズクがぱっと手を挙げて、


「カオル! 私、ドレスがいいんだけど!」


 カオルは首を振って、


「いえ、羽織袴でないと無理です」


「なんでっ!?」


「あなたはヒールが履けないではありませんか。

 シズクさんの体重では、ヒールが折れてしまいますよ」


「あ」


 マツとクレールがシズクを見る。

 シズクはみるみる力が抜け、かくん、と肩を落とす。


「そっか・・・そうだよな・・・」


 クレールがぽん、と手を叩き、


「あ、ローヒールなら良いではありませんか!

 そもそも、シズクさんの背で、ヒールは必要ありませんし」


 ぱ! とシズクが顔を上げて輝かせたが、


「いえ、ドレスは駄目です」


 ぴしり。


「なんでさ!?」


 カオルはシズクの方に身体を向けて、


「あなたには、私と共に、参加者に混じって会場内の警備をして頂きます」


「ええ!? 私、警備なの!?」


「立ちんぼで動かずに、と言う警備ではありません。

 参加者に混じって、です。普通に食べて飲んで、皆様にご挨拶。

 何かあった時、さっと駆けつけるのです。ドレスでは動けませんからね。

 シズクさん、あんなひらひらした物を着て動けますか? 私は動けますが」


「む、むむむ・・・」


「それに、そういう時は、動けてもドレスでは迫力がありませんから。

 ですので、私も羽織袴にしようと考えておりましたが」


「マサちゃんもカゲミツ様もいるのに、警備なんているー?」


「いります。主催、主賓の皆様のお手を煩わせてはなりませんでしょう?」


 カオルは人差し指を立てて、きり! とシズクを睨み、


「何があっても! 私達だけで全て解決するのです! 良いですね!」


「ううん・・・」


「シズクさんでしたら、皆様にお付き合いして、いくら飲んでも平気ですし。

 万が一不逞な輩が混ざっていても、歩いているだけで相手の気を抑えられます。

 警備にぴったりではありませんか」


「・・・うん、分かった。羽織袴にする・・・カオル、明日、頼むね・・・」


「はい」


 がっくりとシズクが肩を落とし、俯いた。

 可哀想に・・・と、マツとクレールが哀れんだ顔をシズクに向ける。

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