第17話 これがコウアン・前


 職人街、イマイ研店。


 からからから・・・


「失礼致します!」


「はーい!」


 さらりと襖の開く音がして、イマイが出てくる。


「ああ、カオルさん、いらっしゃいませ。

 今日はー・・・お一人?」


 ん、ん、とイマイがカオルの後ろを覗くように、背を伸ばす。


「はい。本日は、こちらをお届けに」


 カオルが懐から招待状を差し出す。

 イマイが受け取って、首を傾けて、


「んん? 招待状・・・?

 何これ、仰々しいね。トミヤスさんから?」


「どうぞ、中をあらためてもらえますか」


「うん」


 ぺり。


「ふんふん・・・お七夜・・・ああ、命名式のパーティー、ね。

 それでこんなにかしこまった・・・」


 あ! とイマイが目を見開いて顔を上げ、


「え!? パーティー!? 僕!?

 えっと、誰が来るの!? やっぱり貴族さんが一杯!?

 うーわ、どうしよう!? どうしたら良いと思う!?」


「まあ、貴族の方も少しは来られますが、ほとんどは身内です」


「やっぱり来るの!? ええ、どうしよう!?」


 慌てるイマイを見て、カオルが「ぷ」と小さく吹き出し、


「イマイ様、大丈夫です。既にクレール様とお知り合いではありませんか。

 クレール様より上の方は参られませんから」


「あっ! あ、ああ、そうか。そうだよね、うん。そうだった・・・

 って安心出来ないって!」


 ん? とカオルが訝しげに、


「イマイ様、クレール様の身分はご存知で?」


「知ってるよおー! こないだ、カオルさんがトミヤスさんと来た時。

 あの時、横でトミヤスさんから聞いてたんだよ。レイシクランでしょ?

 もーうびっくりしちゃって、腰抜かしちゃったよ!

 カオルさん、本当に聞こえてなかったんだね。あははは!」


「あ、左様でしたか・・・」


 ナミトモに見入り、横でマサヒデとイマイが何を話しているか、全く耳に入っていなかったのだ。あれは忍失格だった。

 失点になっていないだろうか?

 ナミトモだから許しては・・・くれないだろう・・・


「僕、クレールさんに馴れ馴れしく刀はどうの、魔術はどうのなんて話しちゃってたもんね。まあ、喜んでくれたみたいだから良かったけどさ。他の貴族の人達が皆そうって訳じゃないから、気を付けないとね」


「確かに。では、お誘い致します方々を軽く。

 冒険者ギルド、商人ギルド、商工会、町議会、奉行所の、各役職の方。

 トミヤス道場の皆様、ホルニ様、マサヒデ様のご友人のハワード様方。

 おおよそ、80人前後になるかと」


「そんなに!? トミヤスさん、顔広いね!?」


「いえ、奥方様です。お一人とはいえ、マツ様は魔術師協会の長ですから。

 ですので、この町の運営に携わる皆様には、声を掛けなければなりませぬので」


「あー、そうっかあ。マツ様、協会長だもんね。そうなっちゃうのか・・・」


「役職の方々は身分のある方もいらっしゃいましょうが、同じ町の方ですし。

 お食事も、立食式に致します。

 テーブルマナーなど、うるさいものはお気になさらず」


「そう。じゃ、ちょっと安心かな。うん、行くよ」


 おや? あれだけ慌てていたが、随分と軽い。


「よろしいのですか? ご身分のある方々も来られますし、面倒でしたら・・・」


「あ、いいよ。びっくりはしたけどさ、少しは慣れてるから。

 これ自慢だけど、僕、国の職人大会とかでたまには入選したりするからさ。

 こう見えて、結構パーティーとか出てるんだよ? すごいでしょ」


「ああ! なるほど!」


「ふふーん、心配してたでしょ? 服あるのか、とか」


 カオルは図星を突かれ、少し目を逸らす。

 もし礼服がなければ、カオルが仕立てようか、と問うつもりだったのだ。


「は、その、少し」


「一応、そういうお固い場にも出てはいるんだよ。

 あはは! マナーは未だに全然だけどさ!

 でも、そんなの覚える暇があったら、研ぎを覚えないと」


 イマイはとにかく刀、研ぎの一直線だ。

 尊敬すべき点でもあり、欠点でもあり・・・

 だが、こうだからこそ、イマイの研ぎの腕がある。


「では、ご参加下されるという事で、お伝えしておきます」


「うん。じゃ、入ってよ。新しいのが来たんだ」


「あ、いえ。本日は・・・何しろ、招待状を送る先が多いもので」


 ぺちん、とイマイが額を叩き、


「あー、そうだよね! ごめん、しばらく忙しいよね」


 カオルは頭を下げ、


「は。落ち着きましたら、また」


「うん。いつでも来てね。パーティー、楽しみにしてるから」


「では、失礼をば・・・」


 と振り返り、あ、と思い出して、


「あ、そうでした。

 イマイ様、雲切丸は。私が持って行きます」


「ああ! そうだったね! もう鞘の掃除も柄巻も終わったから。

 ちょっとまってて、持ってくるよ」


 イマイが奥に戻って行き、がたがたと音がして、慎重に袱紗に包まれた箱を抱えて出てくる。


「これが、雲切丸と」


 箱が差し出される。


「こっちが、拵え。カオルさんには言うまでもないけど、鞘が割れたまま入ってるから、あまり揺らさないようにね。一応、動かないようにしてあるけど」


「は。ありがとうございます。ご請求書などは?」


「拵えの方の箱に入ってるよ。

 立て替えておいたから、僕の方に持ってきてくれる?」


「それは、ご親切に」


「実際の所、足りない材のお金だけで、作業の請求はほとんどなしだったんだ」


「そうなのですか?」


「そりゃあ、皆、最初はおっかなびっくりだったけどね。

 少し落ち着いたら、誰も彼も、そりゃあもう気合入っちゃって。

 こんなのやらせてもらって本当にいいの? 感謝感激ありがとう! ってね。

 そうそう、ちゃんと口止めもしといたからね」


「ありがとうございます。では」


 とカオルは箱を抱え、頭を下げる。


「じゃ、いつでも来てね!」



----------



 魔術師協会。


 からからから・・・

 薬剤の入った袋を置いて、慎重に、カオルが玄関を開ける。


「只今戻りました」


 静かにマツが出て来て、


「おかえりなさい。あら、そのお荷物は?」


「雲切丸・・・ご主人さまのコウアンです」


「ああ! 出来上がったのですね!」


「はい。あとは、鞘を奥方様の魔術で直して頂ければ」


 ぽん、とマツは手を合わせ、


「わあ、楽しみ! 綺麗なんですよね? 早く見ましょう!」


「はい」


 マツとカオルが居間に上がる。

 クレールとシズクが笑顔でカオルを迎え、


「出来たんですね!」


「早く見せてくれよ!」


 早く早く、と子供のように、にこにこと顔を崩している。


「ふふ。皆様、お待ち下さい。まだ私も見ておらぬのですから」


 箱を置いて、縁側の障子を閉め、襖も閉める。


「まずは拵えの方ですね。

 奥方様、鞘が割れたままなので、お願いします。

 こちらに並べますので」


「はい」


 カオルが綺麗に縦に2つに割られた鞘を取り出す。

 2つ並べて、鯉口、鐺(こじり)の金具を置く。

 金具も、綺麗に磨かれている。

 マツが金具を見て、


「カオルさん。これ、金ですね。金無垢(純金)?」


 す、とカオルは金具をつまみ上げ、


「いえ・・・この重さは鍍金(ときん:金メッキ)ですね。

 鞘が派手なので、私もてっきり金無垢かと思っておりましたが・・・」


 カオルが鍔を手の平に乗せる。

 これも金無垢ではない。


「え? 金無垢ではないのですか?」


「金は柔らかいので、使うとなるとすぐに曲がったりひしゃげたりします。

 これは飾り物ではなく、ちゃんと武器として使えます」


「これは実戦に耐えてさらに綺麗、という事ですね」


「もちろん、ぶつかったり擦ったりしたら、塗られた金は簡単に剥がれますが。

 本当に、ただ飾るだけの物であれば、金無垢もあります。

 奉納用の物であったりとか、ご身分の高い方々のお贈り物だとか」


「なるほど。まあ、鍍金でも美しい事には変わりありませんしね。

 では、見てみましょう・・・」


 す、とマツが手をかざす。

 ぴたりと割れた鞘がくっついて、金具も綺麗にはまる。

 元の形は分からないはずなのに、不思議なものだ。

 割られて崩れていた部分の塗りまで直っていて、傷一つない。


 カオルは掃除で綺麗にされた鞘の中が、また戻らないかと気を付けて見ていたが、割れた鞘が張り付く瞬間も綺麗なままだった。一体、この魔術はどういう仕組なのだろう?


「わあ、戻りましたね!」


「すっげえー! マツさんのこの魔術、いつもビビるよなあ・・・」


 ふう、とマツが息をつき、


「出来ましたね。これが、鞘ですか」


 黒地に、ちらちらと細かく青い輝き。

 ん? とマツが首を傾げる。


「・・・確かに綺麗ですけど、マサヒデ様が仰るほどでは・・・」


「お待ち下さい」


 カオルが立ち上がり、さらりと縁側の障子を開ける。


「わあ・・・」


「やっぱり綺麗ですね!」


「すげえよな! ね、マツさん!」


 日の光を浴びて、きらきらと青貝の微塵が輝き、まるで虹のようだ。

 黒塗りであるが為、それが更に美しく輝いて見える。

 はあ・・・とマツの目がうっとりと輝いた。

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