第4話 来客準備・2


 がら! ぱしーん!


 勢い良く玄関が開き、ばたばたとマサヒデが駆け込んで来た。


「弁当です! 手を止めて! 急いで食べましょう!」


「はい!」「はい!」


 ささ、とマツとクレールに手渡し、ぱっと蓋を開けて、急いで掻き込む。

 いつもなら味を楽しむ所だが、そんな余裕はない。


「空箱を!」


 マツが空箱を受け取り、一瞬で灰にして、さっと風の魔術で跡形もなく片付ける。


「座布団を並べましょう!」


「上座に、お父様と、お母様と・・・」


「ここに私と、マツさんと、クレールさんと、シズクさんと、カオルさんは給仕に回ってもらって、アルマダさんと、ラディさんと、ええと・・・クレールさん! 全然場所が足りませんよ!?」


「うわー! どどどうしましょう!?」


 マサヒデとクレールが慌てて顔を見合わせる。

 8畳の居間では、とても入り切らない・・・


「そうだ! 縁側に座ってもらいましょう。

 騎士さん達が4人、トモヤと・・・」


 座布団を並べていく。


「たっ・・・足りませんね」


「あの、全員まとめて来るわけではないですから、帰ってもらう・・・

 訳には、いきませんよね・・・な、何人来るんでしょう!?」


「ええと、まず、最低限、確実に来るであろう人を考えてみましょう。

 父上、母上は確実に来ますよね。

 アルマダさん、トモヤ、騎士さん達が4人。1人は留守居として、騎士さん3人。

 ラディさんも来ますよね。お母上、お父上はお店があるから来ないとします。

 これで8人・・・」


「そうするとですよ、カオルさんが給仕に回ったとしても、私達が座る分を入れて、12人分ですね。皆様の前に、茶と茶菓子を置く場所も必要ですし・・・」


「・・・」「・・・」


 マサヒデとクレールが顔を見合わせる。

 最低限来るであろう人数だけでも、縁側に座ってもらってもぱんぱんだ。


「どうしましょう!?」「どうしましょう!?」


 マツがぱたぱたと台所から出てくる。


「マサヒデ様! 湯呑と小皿、整いました!」


 マサヒデとクレールがマツに顔を向ける。


「マツさん、場所が足りません! 何か良い案はありませんか!

 最低限、来るであろう人数と我々を入れて、12人分必要です!」


「じゅ、じゅうに!?」


 マサヒデは指を繰りながら、


「父上、母上、アルマダさん、トモヤ、ラディさん。

 騎士さん達は1人を留守居に残すとして、3人。

 私、マツさん、クレールさん、シズクさん。

 カオルさんが給仕に回ってもらったとして、12人です」


「・・・」


「トモヤを呼びに行けば、ご住職もお話を聞くでしょう。

 ご住職も来るかもしれません。

 ラディさんも、御一家で来るかも。

 イマイさんも来たら、これで16人。

 幸い、オオタ様はお医者様が止めてもらえるそうですが」


 うわあ、とマツが両手を頭に当て、


「ど、ど、どうしましょう!?」


「何か、何か浮かびませんか!?」


「ええと、ええと・・・こういう時は・・・」


 あ! とクレールが手をぽん、と合せて、


「そうです! ギルドで会議場をお借りしましょう!

 カオルさんに、ここにいてもらって、来て下さった方を案内してもらって!」


「おお! クレールさん、素晴らしい!」


 がらり。


「あっ」


 3人の目が玄関の方を向く。


「ただいまあー」


「あ、シズクさんか・・・ふう、おかえりなさーい」


 どすどす、とシズクが歩いて来て、置いてあった座布団にぼすん、と座る。


「あー疲れたあー!」


「誰を呼んだんです?」


 シズクは、はあー、と息をついて、手をひらひらさせ、


「ああ、折角呼んだんだけどさ、今日は誰も来ないよ。

 急いで走り回ったのにさー! もう!」


「はっ?」


「出産直後だもん。いくらあのマツさんでも疲れてるだろうって。

 マツさん、全然平気だよ、本当に普通だよって言ったんだよ?

 なのに、皆して、何日かして、落ち着いた頃に行くから、なーんて。

 あのトモヤまで、そんな事言うんだよ」


「・・・」


 クレールが口を開けて、こてん、とマサヒデの肩に頭を落とす。

 マツも、かくん、と肩を落とし、がっくりして畳に手を付く。

 シズクが呆気にとられて、


「どうしたのさ?」


「いや・・・何でもありません。

 そうです、いくら何でも、出産日なんですから・・・そうですよね」



----------



「ふうー・・・」


 マツが淹れた茶を飲んで、マサヒデ達は一息つく。

 父上、母上は、今頃は街道を馬車で向かっているだろう。

 半刻程で着くはずだ。


「あの、マサヒデ様」


「なんでしょう」


「人族の出産って、どんなものなんです?

 そんなに体力を使うものなんですか?」


「さあ・・・私も良くは知りませんが、母親か子が死ぬ、という事もあります。

 運が悪いと、両方」


「ええ!?」


「大体、赤子はこのくらい? の大きさで産まれるんですよ。

 多分、ですけど」


 このくらい、とマサヒデは手で大きさを示す。


「そんなに大きく!?」


「ですから、それはもう大変だそうで。

 母親の方は、お七夜の祝に出られない方も多いとか」


「そ、そうだったんですか・・・知りませんでした」


 クレールも頷いて、


「私達もタマゴではないですから、そういう出産なんです。

 お腹の中で大きくなって、2年か、長くて2年半くらいして産まれるそうです」


「では、クレールさんも、大変なんですね・・・」


「ほら、よく『お腹を痛めた子』って言うじゃないですか」


「ああ! なるほど、そういう事だったんですね。

 皆さん、それでご遠慮なさって下さったんですね・・・」


 マサヒデは縁側の方を向いて、


「でも、父上と母上は来るでしょう。

 今頃、馬車でこちらへ向かっているはず。

 半刻もすれば、着くんじゃないですか?」


「マサちゃん、病院とか、ギルドの治療室に行っちゃうかもしれないね」


「あ、そうでしたね。どうしましょうか」


 がらり。


「只今戻りました!」


 さー、とカオルが駆け入ってくる。


「申し訳御座いません、数を揃えるのに時間がかかりまして・・・

 追加で作ってもらって」


 ふ、とマサヒデが力なく笑い、


「いえ、大丈夫ですよ。今日は、多分、父上と母上しか来ませんから。

 今頃、馬車を飛ばしてこちらに向かってると思います。

 他の皆さんは、何日かしてから来るそうです」


「えっ?」


「マツさんが出産直後で、ばてばてだと思ってるんですよ。

 ほら、人族の出産ってそうじゃないですか」


「あ・・・ああ、なるほど、左様で」


「私達、マツさんが普段と変わりないから、慌ててしまいましたけど。

 皆さん、何日かして、落ち着いた頃に来ますって。

 ふふ、もう落ち着いてるんですけどね」


 マツがカオルに湯呑を差し出す。


「さ、どうぞ」


「これは、ありがとうございます」


 カオルも座って、つーと茶を一口。

 クレールがマサヒデの方を向いて、


「マサヒデ様、お父様、お母様の馬車に使いを出しましょうか。

 病院ではなく、こちらへと」


「ん・・・いや、私が行きましょう。

 今日は、忍の皆様に走り回って頂きましたし。

 黒嵐を出して行ってきます。黒嵐で先導するなら、格好もつくでしょう?」


「あ! それは格好良いですね!」


「では、行ってきますね。

 茶の準備を頼みます」


 マサヒデは立ち上がって、部屋の隅に立て掛けてあった刀を取り、出て行った。

 少しして、がらりと玄関が開く。


「失礼します」


「はい」


 と、カオルが出て行く。


「カオル殿、茶葉の追加を持って参りました!」


 と、町人姿の男が茶葉の袋を差し出す。


「あ・・・その、ありがとうございます」


 複雑な顔で、カオルが茶を受け取る。

 と、ささっと商人姿の男が後ろから来て、


「カオル殿! 茶菓子の追加です!

 まんじゅうと、羊羹です!」


 大きな袋に詰まった茶菓子。


「どうも・・・」


「良かった! 間に合ったようですね!」


「あ、いや」


「では、我らは警護の任に戻ります」


 さ、と2人が庭に消えていく。


「ううむ・・・申し訳ありません・・・」


 小さく頭を下げ、カオルは羊羹を切りに台所へ向かった。

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