第2話 パーティー予定


 冒険者ギルド、医務室。


 念の為、とマツは医者に色々と検査を受けたり、何やら訝しげな質問の回答をしていたり。間には訓練場で怪我をした冒険者が運ばれてきたりして、もう昼前になってしまった。


 マサヒデとクレールは待っていたが、カオルは床の準備を、シズクは皆に報せてくる、と先に出て行った。


 医者は色々と書き込んだ書類をもう一度読み直して、笑って頷き、


「肉体面、精神面、共に異常なし。

 長い間お引き止めして、申し訳ありませんでした」


 マツが頭を下げ、


「ありがとうございました」


 と礼を言った。

 後ろの椅子に座っていたマサヒデとクレールも頭を下げ、


「ありがとうございました」


 と礼を言って、立ち上がる。

 医者はにこにこと笑って、


「特に疲れも異常もありませんし、普通に動いても平気ですよ。

 そうそう。もうお酒も飲んで宜しいですから、皆さんでお祝い下さい。

 念の為、今日は軽くにしておいて下さいね」


「はい!」


「オオタ様、マツモト様には、私からお報せしておきましょう。

 ふふ、あのオオタ様の事です。

 酒瓶を持って飛び出してくるでしょうが、お止めしておきます。

 本日は、ご家族でゆっくりとお祝い下さい」


「うふふ。ありがとうございます。

 お祝いの席をご用意致しますから、ギルドの皆様もお誘いします」


「それはそれは。楽しみにしております」



----------



 立ち上がって3人が治療室を出ると、クレールがマツの顔を見上げ、


「マツ様、祝の席は、明日では早すぎますか?」


「うふふ。クレールさん、いくら何でも、それは急ぎすぎですよ。

 皆様、準備も要りましょうし、お仕事の予定も調整して頂きませんと・・・

 そうだ、パーティーはお七夜にしましょう! 命名式なんですから!

 皆様の前で、お父上の考えたお名前を頂きましょう!」


「はい!」


 クレールが、きりっと顔を締め「ぱん!」と手を叩いた。

 すたすたと冒険者が歩いて来て、マサヒデ達の前で止まる。

 変装した、クレールの配下の忍だ。


「トミヤス道場のお父様へ使いです。

 急ぎですから、口上で構いません。では、口上を述べます。


 本日、辰の刻、マサヒデ様と、マツ様のタマゴが無事に産まれました。

 お子は男児です。

 マツ様の経過は順調、健康体で、既にいつも通りです。

 七日後、酉の刻、ブリ=サンクのレストランにて祝の席を御用意致します。

 お七夜の命名式にて、カゲミツ様のお名付けされた名をご発表下さい。

 宜しければ、門弟の皆様にも、是非お誘いを願います。

 急ぎの事、口上でお伝えする事をお許し下さい。

 こちらから向かうべきですが、産後の事、急ぎ、馬車をお送り致します。


 口上は以上です。繰り返しなさい」


「本日、辰の刻、マサヒデ様と、マツ様のタマゴが無事に産まれました。

 お子は男児です。

 マツ様の経過は順調、健康体で、既にいつも通りです。

 七日後、酉の刻、ブリ=サンクのレストランにて祝の席を御用意致します。

 お七夜の命名式にて、カゲミツ様のお名付けされた名をご発表下さい。

 宜しければ、門弟の皆様にも、是非お誘いを願います。

 急ぎの事、口上でお伝えする事をお許し下さい。

 こちらから向かうべきですが、産後の事、急ぎ、馬車をお送り致します」


 クレールは頷いて、


「宜しい。もう2人、使いが必要です。ここへ呼びなさい。

 呼んだら、あなたは全速でトミヤス道場に走りなさい」


「は」


 くるりと振り返った忍の顔に、笑顔が浮かんでいた。

 すぐに2人の冒険者が満面の笑みで歩いて来る。


「あなたは馬車の用意をし、トミヤス道場へ向かわせなさい。

 お父様、お母様はすぐにこちらへ参るはずです」


「は」


「あなたはブリ=サンクに使いです。

 七日後、酉の刻よりレストランを貸し切りにするよう手配を。

 人が多く集まります。立食式で。

 最高の食材を用意するよう、調達にはホテル在中の者も手伝わせなさい。

 レイシクランとシズクさんが居ることも伝え、食材は多めに用意するように。

 内祝い(出産祝いのお返し)の用意もさせるように。

 金はレイシクランが持ちます。全て言い値で構いません。

 私も後でドレスを合せに戻りますから、ドレスの用意をさせるように」


「は!」


 冒険者は振り返って、早足で歩いて行った。

 マサヒデは、ぼーっとクレールの口上を聞いていたが、はっと驚いて、


「ちょっと、クレールさん、またレストラン貸し切るんですか?

 それも、門弟の皆さんまで呼ぶって」


「勿論、ギルドの皆さんも忘れてませんよ」


「ええ!?」


 クレールが指を折りながら、


「あと、ラディさんのご家族に、お奉行様に、ハチさんに、ご住職に、イマイさんに、三浦酒天や、虎徹の方々も来られるでしょうか・・・お仕事で難しいでしょうか・・・それと、ええと・・・」


「待って下さいよ」


「あ、お奉行様は、お仕事がお仕事ですから、来られないかも・・・

 でも、お誘いと報告はしておきませんといけませんよね。

 7日あれば、何とか空けてもらえるでしょうか」


 マツがにこにこしながら、


「クレールさん、コヒョウエ様をお忘れではありませんか?

 お父上のお師匠様なんですよ」


「あ! そうでした。居場所は探らせておりませんが、急ぎませんと。

 そうそう、ご子息が道場をやっておられましたね。

 そちらへお報せを届ければ良いでしょうか」


「ちょっと待って下さい! 何人呼ぶんですか!」


 は? という顔でクレールがマサヒデの顔を向き、


「ブリ=サンクのレストランなら、100人は入れますから、大丈夫ですよ。

 冒険者の皆様やメイドの皆様は無理ですけど、残念ですね」


「100人!?」


 ぎょ、とマサヒデが小さく仰け反る。


「さすがに一杯では窮屈ですし、80人を目安にと」


「ええ!?」


 クレールは驚いた顔のマサヒデにきりっと顔を向け、びし! と指を差し、


「マサヒデ様! しっかりして下さい!

 お忘れですか? 貴方様のお子は、誰の孫かお分かりですよね!」


「うっ!」


 マサヒデは言葉に詰まってしまった。

 普段の地味な生活で忘れがちだが、マツは魔王の娘。姫なのだ。


「本来、国を挙げて各国の王侯貴族を招き、何日もかけての祝祭とすべきなんです。

 それを、内々のたった100人で、一晩のパーティーで済ませるんですよ?

 マツ様は普段から身分をお隠しされておられますから、これで納めるのです」


「・・・」


 全く言い返せない。

 クレールは軽く周りを見渡し、少し声を控えて、


「良いですか。魔王様のお孫なんです。

 国王陛下をお呼びしても足りないのですよ。

 そのくらい、お分かりですよね?」


 分かる。

 クレールの言っている事は、全くの道理だ。

 ただ、それが自分の事となると、大きすぎて想像もつかない。


「はい・・・」


 うん、とクレールは腕を組んで頷き、


「よろしい。マサヒデ様、初のお子様で浮かれているのは分かります。

 でも、もう少ししっかりして下さい」


 浮かれていたのは確かだが、マサヒデには余りに大きすぎる。

 これで『納める』とは。


「ふう、故郷のお父様が、後で魔王様にどんなお小言を言われましょう。

 お父様にも、お詫びの報せを送らねば・・・」


 クレールは悩ましげに俯き、額に手を当てて首を振る。

 マツが済まなさそうな顔で、


「クレールさん、私が身分を隠しているばかりに、ご迷惑をお掛けしてしまって。

 ご両親には、私からもお詫びのお手紙をお送りします」


「あ! いえいえ、そんなつもりでは!

 誤解を招くような事を、申し訳ありません。

 それよりマツ様、ドレスは新調されますか?

 今からなら、カオルさんに手伝ってもらえば、間に合うかも・・・」


「うふふ。そうですね・・・」


 呆けた顔のマサヒデを置いて、2人は歩き出した。

 マサヒデは離れていく2人にふわっと手を差し出して、


「あっ・・・待って・・・」


 と、小声を上げた。

 2人は気付かずに、にこにこしながら歩き去って行く。


「・・・」


 つい先程までタマゴが産まれて浮かれていた気分が、完全に吹き飛んでしまった。

 7日後には、想像もつかないパーティーになるのだ。

 パーティー。クレールとの見合いの時とは、規模が違いすぎる。

 一体、どうなるのか・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る