第14話 決闘

「では、決闘開始」



 放たれる審判の宣言。

 同時に俺は、走って斬りかかる。

 当然のことながら、俺の剣撃は弾かれてしまう。

 しかも余裕の表情で……。

 ”特級冒険者”と名乗るだけあって、歴戦の猛者であることは間違いないだろう。

 Sランクよりも地位の高い、最強の”冒険者”なのだから。


 だが、俺も負けるわけにはいかない。

 いや、負けたくない。

 誰であろうと、俺は黒星をあげたいのだ。



「こんなものかい?」


「スミマセン。ボク、ヨワイデス」



 バーノンの剣先から、風の刃が現れる。

 恐らく魔法だな……。

 回避しようと半身を捻るも、頬にかすり傷が走った。

 鮮血が、視界を横切る。

 迫りくる、怒涛の攻撃。

 バーノンの剣技を予想し、ガードしようと剣を横一文字に振ったとき……腹部に激痛を感じた。


 気づけば俺はよだれを垂らし、剣を杖替わりにしてつくばっていた。



「どうやら剣技は俺の優勢だな」


「……背中で剣の持ち手を変えたのですね」


「そうだ。もしロストくんが”魔眼”を使っていたら読めていたかもね、知らんけど」



 チィ……。

 敵である俺にアドバイスを言えるぐらいの余裕が、バーノンにはある。


 このまま戦えば、俺の負けは必須。

 俺はもとから才能なんて恵まれちゃいない。

 ならば、どんな手を使っても勝ってやる!


 ——死魂眼しこんがん ”解禁”!



「——これが、”魔眼”!?」


「本気でいきます!」



 俺の【死魂眼しこんがん】に気取られたのか、バーノンの顔が曇る。

 だが俺は奴の表情など無視して、すかさず地面を蹴った。


 横薙ぎに振られた刀を、身を低くして回避。

 懐に潜り込み、刀を叩き込む。


 魔力の籠ったバーノンの右手と俺の木剣が、空気を揺らして衝突した。

 俺の攻撃を防いで安心したのか、バーノンは笑みを浮かべる。



「惜しいなぁ~もう少し早ければ」


「俺の波動は、まだ


「——ッ!」



 ……刹那。

 一秒にも満たない微細な時の中で——

 眼前に迫るバーノンの顔が、慌ただしく歪んだ。



「なんだ、これは——?」



 バーノンは戸惑ったように呟く。



「教えてやんねぇーよ!」


「ならば、吐かせるのみ!」



 防御ばかりしていたバーノンが、焦ったように攻撃を始める。

 風のように鋭く速い剣の捌き。

 その速さは、リリアお姉ちゃんに限りなく近いスピードだった。


 だが、全ての動作には”とある工程”を踏む必要がある。

 肉体が動くまえに


 ——”魂”が躍動するのだ。


 【死魂眼しこんがん】で魂を読み取り、動きを予知。

 その結果、俺はバーノンの攻撃を危なげなく避け切った。



「クッ……ならば!!」



 バーノンの猛攻に拍車がかかる。

 風の刃が木剣をまとい、威力が底上げされたのだ。

 当たれば最後――俺は致命傷だ。


 バーノンは鎧を靡かせながら凄まじい速度で迫り、掴んだ剣をハンマーのように振り下ろした。


 その動作を直前まで観察し、俺はくるりと数回転。

 身をひるがえし、奴の背後を取る。

 丁度、バーノンが振り終えたタイミングだ。

 不発に終わった、奴の一撃。

 このスキはデカい。

 体を回転させたことで獲得した運動エネルギーで、俺は宙を舞う。


 ジャンプしながら、両手を柄に添え——狙い定めた。


 ハッとした表情でバーノンが振り向く。

 その額に向けて、渾身の面打ち。

 重い感触が手に伝わって、同時に激しい轟音が目の前で鳴った。



「グッ……!!」



 バーノンが歯を食いしばりながらよろめく。

 見ると、彼のおでこから真っ赤な血が流れている。

 ひどい流血だ。

 血は鼻を伝わり、唇を通って、顎まで流れていた。



「ロスト、キミは一体……」

「アルベルフ、お前の息子はバケモノだ」

「あのバーノン一家の当主が……負けた?」



 バーノンが負傷し、観客の間で波風が立ち始める。

 どうやらこの男の実力はかなり有力だったようで、彼らはひどく驚嘆していた。


 さすがに、やり過ぎだったかな?


 そんなことを危惧していると、バーノンは嬉しそうに笑い始めた。



「これは、おもしろい……」


「何が、です?」


「実は、この決闘は仕組まれたものなんだ。俺と君の父さんとの約束でね」


「だと思いました」


「アルベルフ家の面子を立てるため、君に勝敗を譲れと言われたんだ」


「はっ?!」



 パッと父さんのほうに視線を移す。

 父さんは満足げに笑みを刻んでいた。


 ルシウスめ、俺を出汁に使ったな。


 てことは、今まで俺は手加減されていたってことか?



「最初、俺は手を抜こうと思った……だが」



 バーノンがほっこりと笑みをこぼす。



「その必要は無かったようだ。君は、遥か高みに登りし存在だ」


「…………ッ!」



 予想外の誉め言葉に、思わずドキッとする。

 頬が赤くなっていくのが分かって、俺は焦りながら目を伏せた。



「けれど、このままでは終われない! 次は本気でいくッ!」



 瞬間、バーノンの闘志が爆弾のように燃え上がる。

 萎えていた魂が、再び活気づいてきた。


 なるほど……命を燃やすのは、”ここから”ってわけか。



「分かりました。ならば俺も、全身全霊であなたを叩き潰します」


「言うじゃねーか。それでこそアルベルフの人間だ」



 俺は、左手で握った木剣を左腰に収め、刀身を握ったまま固まる。

 その状態で右手を柄の先端に添えた。

 手の位置を確認し、ホッと落ち着く胸の鼓動。

 呼吸を整えながら、羽織を靡かせて、体を前に倒す。スパイダーマンのように。



「おまえ……その構えは?!」



 バーノンの声が聞こえる。

 俺は奴の質問には答えず、静寂を保った。

 目を瞑り、集中をする。

 狙うは——奴の体と”魂”。



*     *     *


≪バーノン視点≫



 ロストは木剣を左腰に収め、あの”構え”をとった。


 あれは——抜刀術の構え!


 鞘から刀身を抜いた状態で始まる通常の剣技とは異なり、帯刀した状態より、鞘から剣を引き抜く動作で一撃を入れ連撃を走らせる他国の武術である。


 今回は鞘がないため正確には抜刀術ではないものの、体のフォームが抜刀術のソレだ。


 さらに!

 アルベルフ家に代々継承される秘伝の武術――”天魔速神術てんまそくしんじゅつ”。


 その”天魔速神術てんまそくしんじゅつ”の使い手が放つ抜刀術……それ即ち、!!



「アルベルフ家の名にかけて、お前の鎧を斬り砕く」


「——ッ!」



 なんて威圧だッ!

 十歳のガキが放つ殺気じゃねぇよ!


 ちくしょう!

 こんな化物を煽るんじゃなかった!


 でも、やるしかねぇ。

 俺は、バーノン一族の当主。


 俺こそ、バーノン家の名にかけて”魔眼”の抜刀術を見抜くのだ!


 かわす……!


 かわしてやるさ……!


 魔法で風の刃を生成!


 俺の剣術と風刃を組み込んだ必殺のコンビネーションで、あいつの刀身を折る!



「はぁぁぁぁ!!」



 雄叫びを上げ、俺は地面を蹴る。

 突風を放ちながら、最速で突進した。

 同時に、ロストも剣を抜く。けばけばしい殺意を張り巡らせながら、俺の風刃を一太刀で退けた。


 なんて威力なんだ!


 けれど、剣を薙ぎ払ったせいで隙ができた。

 この俺がその隙を見逃すはずがない。

 ガラ空きとなったロストの腹部に向けて、木剣を振り下ろす。


 いける……ッ!


 この速度なら、あいつが統制を整える前に……!


 俺の刃が、あいつの体を捉える!!



「この勝負、俺の勝ちだッ!」



 と、内心で叫んだ瞬間――視界の端に黒い影が見えた。


 ——だ!


 身長差をジャンプで克服し、キックを仕掛けたのだ。

 このままいけば、あいつの蹴りが俺の顔面を直撃する。


 だがな!


 俺には”魔力”がある。

 魔力で強化した肉体は、人間の拳や蹴りなど簡単に退けられる!


 十歳の少年が繰り出すキックでは、歴戦の猛者であるこの俺の防御を打ち破ることはできない!!


 やはり——



「俺の勝利!」



 刹那、ロストの蹴りが俺の右頬を捉えた!



 ん……!!


 違う……!!!


 なんだ、この蹴りは……?!


 おかしい……!


 直撃したハズの顔面に痛みがない!


 そのかわり……苦痛が全身を駆け巡る!!


 俺の魔力防御、防具、受け身……あらゆる物理的な障害を無視して、この子供の攻撃が……肉体を壊していく。



 ダメだ……




 意識を…………




 保て、ない…………。



*     *     *


≪ロスト視点≫



「か、勝てた……」



 地面に倒れ意識を失うバーノンを見て、俺は勝利を確信する。


 紙一重の戦いだった。


 ”特級冒険者”に任命されるだけあって、バーノンの実力は本物だった。

 少しでもタイミングがズレていたら、俺が負けていたかもしれない。



「十歳の子供が、バーノンに勝った……」

「凄すぎる」



 動揺が広がる観客席。

 ふと視線を向けると、ニヤリと笑みを浮かべた父親の姿があった。


 俺が勝ってご満悦のようだ。

 これでアルベルフ家の地位も保たれるだろう。


 そう確信し、ホッと胸を撫でおろした時、突然、金切り声のような叫びが飛び込んできた。


 その声は国王――ダグラス・プレトリアだった。




「娘が……メルシェアが、どこにもいない!」



 バルコニーに、衝撃が走る。

 


 


 



 






 




 

 

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