第10話 ロブレムの策略

≪ロブレム視点≫


 妖刀、”メルブルク”。

 神話時代から存在したと言われる、伝説の刀だ。


 一説によると、「魂を絶ち切る刀」と言われているらしい。


 柄と鞘は龍の装飾が施されており、不気味なオーラが漂っている。

 一目見ただけで分かる——この強さ。


 ”メルブルク”を使えば、たとえ”魔眼”持ちのロストだったとしても殺せるだろう。


 けれど、俺は”メルブルク”を使えない。

 いや、誰も扱うことが出来ない。


 なぜなら”メルブルク”は、使だからだ。



「ロブレムくん、感じますか?」


「あぁ、強烈な自我を感じる……こりゃ、ヤベーな」



 ごくりと生唾を飲み込む。


 鞘を引き抜いた瞬間、俺は死ぬだろう。

 精神を破壊され、忽ち魂を吸い取られるのだ。


 歴史上、多くの剣士が”メルブルク”を扱い、挑み破れた。



「”メルブルク”を使うのではなく……使わせるのですね」


「そうだ。ロストにこの剣を譲渡し、魂を吸い取られてもらおう」



 クククッ!

 この作戦は、間違いなく成功するだろう!


 ロストだって、ただの人間なのだ。

 妖刀のまえでは何もできまい。

 ”メルブルク”に魂を吸い取られ、絶命するに違いない。


 さぁ、復讐の時間だ!



「あのロブレムくん……恐らくその作戦は成功しないと思うよ?」


「はっ?」


「ロストは”魔眼”を持ってる。普通の人間と違うんだ」


「はぁぁぁぁぁぁ!? お前、俺の作戦に不備があるって言いたいのかよ?」


「怒らないでください。口が悪いですね」


「うるさい! 俺は必死にあいつを殺す方法を考えたんだ!! 引きこもって、古今東西の魔法を調べてな! 家族から除け者扱いされても頑張ってきたんだよ!!」


「もとは言えば……君が決闘に勝っていれば、こんなことにはなってなかったよね?」



 クソがッッッッ!!

 調子に乗りやがってぇぇぇぇ!!!


 お前らみたいな”天才くん”には分かんねぇーんだ!

 俺の気持ちがッッ!



「あんまり調子に乗ってると、ぶっ殺すぞ?」


「僕を殺しても意味ない気がするけどな」


「だったら、お前がロストを殺せよ? お前だって、だろ?」


「いや、無理だね。僕じゃロストを倒せない、



 ごちゃごちゃうるせーな!

 黙れよぉぉ!!!


 否定するなら代替案を出せよ!

 ほら、なんか言ってみろ雑魚ガキがッ!



「他に方法はねぇーのか?! あぁぁんッ!!」


「あるよ。でも四年かかる」


「ふざけんぁぁぁぁぁぁぁ!! 待てるわけないだろッッ!」



 俺はフェアラートの首を絞めた。



「ひぃぃぃぃ!」


「クソがぁぁっぁぁぁぁ! ぶっ殺すぞォォ!!」


「ご、ごめんって……僕たちは仲間だ、ね?」



 チィ。

 ようやく俺様の凄さが分かったか。


 お前らのような怪物に真正面から勝てるとは思ってない。


 だがな、俺の努力を見くびるな!

 俺は、一族の存亡のために奮闘するヒーローなんだ。


 俺の手で、俺の頭脳で、ロストをぶっ殺す!



*    *    *


≪ロスト視点≫



 それは、ある日の朝。

 突然、起きたことだった。


 目を覚まし朝食を食べて部屋に戻ると、俺の部屋にロブレムが立っていた。


 六年前、ロブレムと決闘してから俺たちは一言も言葉を交えていない。

 にもかかわらず、彼はそこにいたのだ。



「どう、されましたか?」



 伺うように、俺は問う。

 ロブレムは、満面の笑みで答えた。



「お前のお祝いを、したくてな」


「お祝い?」



 俺が聞くと、ロブレムは顎を突き出した。

 どこかを……指名している?


 そう思い、彼の目線の先に首を向けると一本の刀が地面に落ちていた。


 見慣れない、龍の装飾が施された立派な剣である。

 俺の錯覚だろうか?

 不気味な気配を、この剣から感じる。



「お前がSランク冒険者に選ばれたと聞いてな。お祝いに、その剣を授けようと思う」


「えっ? 本気ですか?」


「あぁ。一流の職人が生成した大業物だ。ぜひ使ってくれ」



 マジか。

 これってもしかして、仲直り?


 うわぁぁぁぁぁ嬉しいな。

 仲直りできれば、再びロブレムと決闘できる。


 さすれば、今度こそロブレムを殺せるかもしれない。


 うひょ~最高過ぎる。

 これでまた、俺のご褒美が増えたぜ。



「ありがとうございます、ロブレム兄さん。僕は兄さんを一生涯尊敬します」


「グフフッッ! 俺も誇りに思っているぞ~さて、早速使ってみるがいい」


「はい!」



 胸に期待を張り巡らせながら、俺は剣を握る。

 凄まじい圧力だ。

 柄に触れるだけで、目眩がする。

 少し怖いけど、一流の剣だからしょうがないよな。



「ではロブレム兄さん、ありがたく頂戴します」


「ほう。鞘を引き抜くが良い!」



 万感籠る想いで、剣を引き抜いた。

 直後、刀から世にも恐ろしい漆黒のオーラが放出する。


 な、なんだ?

 とてつもない引力に、体ごと吸い取られそうな感覚。

 全身が小刻みに震えて、今にも意識を失いそうになる。



「バ、オマ、オレコソ、エイ、ダ。カ、シ」



 ロブレム兄さんの声が、耳に入ってこない。

 五感が阻害されているのだ。

 自分と自分以外の世界が分断された気分。

 少しでも気を抜いたら、恐ろしい”何か”が自分に襲い掛かると思う。


 一体、どんな刀を寄越したんだッ!?

 

 ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


 い、息が……出来ないぃぃぃぃぃぃ!!!


 し、死ぬッッ!!!


 誰かッ……助け、て…………。





『小僧、俺の魂に触れたな?』





 脳裏に響く、誰かの声。

 それは低い男性の声だった。




『お前は何を望む? この刀で何をしたい?』



 何が起きたのか、俺には全く分からない。

 けれど俺は本能的にこの問いに答えないといけない気がして、内心で答えた。


 ——殺す。ただひたすらに。前世では得られなかった無上の幸福を、自由を、尊厳を、俺はこの世界で勝ち取る。邪魔する奴は、骨の髄まで焼き殺す。




『クククッ……久しぶりに、面白い人間が現れたな』




 男が、満足げに笑う。

 いま、笑う場面じゃないのに。


 てか、この声は何だよ?

 幻聴?

 走馬灯?




『良い、お前の魂は他の者とは格別だ。を継承しただけある。存分に暴れるがいい。ついでに、お前の最も欲するものを授けてやる。片手で剣は振れんからな』




 あいつの目?

 【死魂眼しこんがん】のことか?


 授けるって……何だ?


 よく分からなかったけど、少しづつ苦痛が消えていく。

 謎の男と会話を交えたおかげか、体の中で膨大な魔力を感じる。


 すげぇぇぇ……。


 想像すら出来なかった万能感が、全身に満ちていく。

 先ほどのまでの痛みが嘘みたいだ。



「——これは、俺の刀だ」



 瞬間、俺は現実空間に戻った。

 五感も、何もかもが元通り。

 悪夢のような男の声も、まったく聞こえない。

 唯一残ったのは、胸の埋め尽くす充足感。



「ロブレム兄さん、この刀を授けてくれてありがとうございます。一生、大切にしますね」


「はっ……えっ……」



 ん?

 なんだ?


 ロブレム兄さんが驚いた表情で、腰を抜かしている。

 口をパクパクとさせながら、何か言いたげな雰囲気だ。



「ロ、ロスト……う、腕がッッ!!!」


「えっ?」



 言われるがまま、俺は左腕に目を向ける。

 だが、目立った異常はない。


 続いて、右腕へと視線を移す。

 そこで気づいた。





 —―ことに。





 


 


 



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