第7話 神童の戦い方

 ”タイガーキング”との戦闘が始まった。

 こいつはSランクの魔物だ。

 本来ならば森の奥に生息する魔物なんだが、どういうわけかここまで来やがった。



「ガルルッ!!!」



 血だらけの牙を剥き出しにしながら、盛大に吠える。

 その咆哮は空気を揺らすほど。


 圧倒的な威圧をまえにして、俺は驚嘆した。


 タイガーキングの雄叫びは、とてつもなく凄まじい。

 直後、奴は地面を蹴った。

 まっすぐこちらに飛び込んでくる。



「まずは、味見だな」



 口を開け、俺を噛み砕こうと迫るタイガーキング。

 その速度は、神速である。

 すんでのタイミングで避けきり、俺はがら空きの胴体に刃を入れた。



「チィ……」



 切断できなかった。

 タイガーキングの皮膚は鉄のように高く、そう簡単には血を流さない。

 俺が負わせた刀傷が、どんどん回復していく。


 規格外の再生力……これがタイガーキングの特徴だ。



「ガアッッ!!」



 奴は前足を振り回した。鋭利な爪が、ヒュンと空気を斬る。

 紙一重のタイミングで回避するも、俺の頬にかすり傷が走った。

 次いで、奴は猛獣のごとき攻勢で飛び掛かってくる。


 俺は、剣を縦にして防御する。



「重っ!」



 爆弾のような衝撃波。

 奴の身体と剣がぶつかった瞬間、俺の内臓がふわり揺れた。

 ジェットコースターに乗った気分だ。



「皮膚が固いな……」



 キングタイガーの皮膚を斬り刻むには、より速く、より重い一撃を与えなければならない。

 そのうえ、アイツの再生能力を凌がないと……手強いな。


 視点を変えてみる。

 キングタイガーの再生能力は、魔力を消費して獲得したもの。

 つまり、少しづつでも良いから魔力を使わせれば、あいつはジリ貧で負ける。


 一撃で屠るのではなく、連撃で。

 かつ、相手が弱ったタイミングで致命傷を負わせれば……。



「グアッ!」

「来たな」



 キングタイガーの飛び込み。

 地面を蹴り、横へ移動。奴の攻撃を躱す。

 と同時に、後ろ脚を斬り刻んだ。


 分厚い胴体は放置して、四肢を削ぐ。

 そうすればあいつの機動力は低下するはずだ。



「せめて、骨を絶てれば!」



 振りかかる猛攻を見切り、徹底的に四肢を削り取る。

 少しづつではあるが、動きが鈍くなってきた。

 いける——そう思い、奴の顔面に剣を振り下ろす。


 だが、思わぬ”飛び道具”に尻尾を掴まれた。


 ——尻尾だ。


 エイリアンのような、鋭い尻尾。

 鞭のような速さで放たれ、かつ刃のような殺傷性。

 攻撃力と機動力を掛け合わせた奴の尻尾に、俺は予想外の外傷を受ける。



『ちょっと……がッッ!!!』



 致命傷を負った俺を見て、アザベルが叫ぶ。


 俺は、右腕を斬り落とされたのだ。



「安心しろ。もう一本の腕がある」


『で、でも……大量出血で死ぬではないか!』


「あぁ、だからその前に勝負を決める。それにこの状況は俺にとって好都合だ」


『好都合?』


「そうだ。戦闘で最も厄介なのは、初見の攻撃。それさえ耐え凌げば、あとはなんとかなる。腕じゃなくて首を狙われてたら終わってた。その点、これは好都合」


『お主、やっぱイカれてるのぉ』


「サンキュー」


『褒めてないわ!』



 加えて、【死魂眼しこんがん】を使って”タイガーキング”を解析できた。

 あいつの魂や、魔力の使い方など……相手を知ることが、勝利への近道だからね。


 分析して分かった、奴の特徴。

 勝機は未だ薄いが、”これ”しか方法がない。


 俺は足を止め、剣を鞘に納める。

 そして、抜刀術の構えを取った。

 目を瞑り、魔力出力を増幅させる。



『お、お主なにを……』



 アザベルの問いに俺は答えない。

 彼女の声は無視して、極限まで集中する。


 この三年間、俺はリリアお姉ちゃんから剣術を学んだ。

 アルベルフ家が代々継承してきた、”天魔速神術てんまそくしんじゅつ”を。


 ”天魔速神術てんまそくしんじゅつ”は対魔族に勝利するための剣術で、その使い手は魔力を介在した超人的な身体能力を必要とする。


 魔族は、基本的に反則的な魔法を使う。

 初見殺しに近い魔法が多い。

 そんな奴らの攻撃を逐一捌いていたら、命が幾らあっても足りない。


 だからご先祖様は、こう思った。



 ——魔法を撃たせる前に、殺せば良い。



 こうして生まれたのが、”天魔速神術てんまそくしんじゅつ

 剣の速さ、身軽さ、繊細さを利用し、刹那のに敵を惨殺する。


 「やられるまえに、やれ」を体現したのが、この剣術だ。


 この一撃で、相手を屠る!





「グルルルルアアッ!!」


 肉の塊が、明確な殺意を持って突進してくる。

 大きな口を開けて、俺を丸呑みする勢いで。


 俺は、動かない。

 剣も、抜かない。

 目も、開けない。


 ただ、静寂を以て機会を待つ。


 俺の寸前まで迫り、巨大な口と前足が振りかかろうとした直前――あいつの喉に向かって一突き。



「グルルッ!」



 【死魂眼しこんがん】で覗いて発見したんだ。


 こいつは外側からの攻撃に過敏に反応し、不随反射的に魔力を放出する。

 故に——


 


 外傷に対しての神経発達が整った分、内側の治癒に関する神経発達が未熟だったのである。

 だから内側から受けた傷への治癒速度が異常に遅い。



『う、うそじゃ……』



 アザベルは口を開けて驚嘆していた。

 ”タイガーキング”は地面に倒れ、血だまりを形成している。


 紙一重の勝負だったな。

 最初から【死魂眼しこんがん】と”天魔速神術てんまそくしんじゅつ”を使えば良かった。

 反省しなければ……っと感傷に浸っていた、その時。



『ば、馬鹿者ッ!!!』



 アザベルの拳骨が、俺の頭を打った。

 地味にこいつの拳は痛い。

 マジでやめて欲しい。

 頭が悪くなるから。



『う、腕を失ってまで戦うなんて頭がおかしいのぉ! てかどうしてそんなヘラヘラしてられるのじゃ!』


「勝てたから嬉しくて……つい」


『うむ、やはりロストは狂ってる。腕を斬られて悲しくないのか?』


「全然。むしろ嬉しい」


『はっ?』



 腕を失った傷は、恐らく一生残る。

 それ即ち、俺は死ぬまで今日の戦いを忘れないってことだ。


 もし無傷で終えたり、治るような傷しか負ってなかったりしたら、俺は”タイガーキング”に勝った喜びも歓喜も記憶の彼方に捨ててしまうだろう。


 苦労したからこそ、苦しんだからこそ、それを乗り越えたときの”自信”や”感動”は後世まで生き続けるのだ。


 だから、腕を失って嬉しい。



『なんかそれっぽいこと言ってるけど……死んだら終わりじゃない!』


「お前、意外と正常なんだな」


「わらわを何だと思ってるッ!!』



 笑みを浮かべる俺を見て、アザベルは呆れたように肩を落とす。


 こいつにとって、俺は重要な存在。

 貴重な”魔眼”を渡したのだから、出来れば俺に”悪魔”を殺して欲しいのだろう。

 心配する気持ちも、何となく分かる。

 でも強くなるには、危ない橋を渡らないといけない。

 死を恐れていたら、強くなれないんだよ。



「取り敢えず、こいつを運んで街に帰るわ」


『速くしないと、日が暮れるぞ』



 ”タイガーキング”の死体を引きずりながら、俺は歩き出す。

 ゴブリンの入ったリュックを背負いながら。


 ふと見上げると、オレンジ色に染まる空が見えた。

 風に揺れる軽やかな落ち葉と一緒に、豊潤な千切れ雲が空を漂っている。

 東の空は群青色に変貌し、煌びやかに輝いていた。一方、西の空では斜陽が残り火の光を放っている。

 青とオレンジのグラデーションが彩る誰そ彼時の空に、俺はどうして、これほどまでに胸を締め付けられるのだろうか。

 恐らく俺は、この夕焼け空を死ぬまで忘れはしないのだろう。




 ”試練”が始まって一日目!

 初日にして腕を失った俺に、明るい未来はあるのだろうか?!


 さぁ~て、明日からジャンジャン魔物狩りしていくぜ!




 




 



 


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