Redo -リドゥ-

くろぬか

一章

第1話 終着地点


 ゴトンッと、玄関の郵便受けから何かが放り込まれる音が聞こえた。

 凄いタイミングだな。

 なんて、呆れた笑みを浮かべながら首から縄を外して椅子を降りる。

 社宅として与えられた狭いワンルームの中で、玄関へと視線を向ければ何か宅配物が届いたのが見えた。

 通販なんて頼んだ覚えは無いし、誰かから荷物が送られてきたのだろうか?

 いや、それもないか。

 乾いた笑い声を洩らして、邪魔された宅配物の元へと向かう。

 送り主の名前はない、しかし間違いなく宛名は俺の名前が書いてある。

 では、一体誰が?

 手元には大きめの茶封筒。

 触れた感じから、書類などではなく何かしらモノが入っているのだろう。


「まぁ……今更後先考えて怖がる必要もないか」


 死んだ魚の様な目をしたまま封を切り、封筒を逆さまにして中身を床にぶちまけた。

 埃の積もった玄関に、何枚もの書類と……スマホ? が一つ。

 なんだか随分とゴツイというか、本当にスマホかよと言いたくなる程に物々しい。

 タフネススマホでもこんなにごつくないぞ、なんて感想を抱いてしまう程に厳つくて真っ黒な代物。

 本当に何なんだコレは、誰が送って来た。

 そんな感想を頭の片隅に思い浮かべながら、本体横にあるボタンを押し込めば。


『初めまして、“唐沢からさわ あゆむ”様』


 モニターに明かりがついたと同時に、電子音声っぽい女性の声が聞こえた。

 急にスマホが喋り始めた上に、自身の名前を呼ばれたのだ。

 普通の精神状態なら、驚きすぎて取り落としていたかもしれない。

 しかしながら、今はそんな余裕すらなかった。

 へぇ? くらいに首を傾げ、次の瞬間にはどうでも良いかと思考を止めてしまう始末。

 本当にもうどうでも良いんだ、何たってこれから俺は――。


『まだ、死ぬのはお止めください。どうせこのまま死ぬつもりなら、我々にお付き合い頂けませんか? 変わるかもしれませんよ、やり直せるかもしれませんよ? “色々と”』


「……何だお前は」


『失礼いたしました、自己紹介いたします。B0066番、名称はまだありません。まず貴方にお願いしたのは、私の名前決める事です』


「面倒くさい」


『円滑なコミュニケーションに名前は必要です。どうぞ、決めて下さい』


 何だコイツ……コイツ、で良いのだろうか?

 というか、スマホ片手に誰とも分からない相手を喋っているって結構不気味だよな。

 そんな事を考えながらも、頭をフラフラと揺らしてどうにか名前を考え始める。

 声は女だし、ソレっぽい名前の方が良いのだろうか。

 花子、梅子、マツ子……。


『貴方のネーミングセンスが皆無と言う事は理解しました。もう少しマシな名前を考えて下さい。ゲームとかやらないんですか?』


「ここ数年ゲームなんぞやる時間無かったよ……というか、何で分かるんだ」


『信じるかどうかは貴方次第ですが、直接でなくとも本体に触れている状態であれば貴方の思考はこちらに伝わります。つまり、イヤフォンさえ装備して頂ければポケットに突っ込んだままでも私と話す事が可能です』


「……あっそ、便利だね」


『興味ありませんか、そうですか』


「まぁ、ない」


 そんな訳で、再び頭を悩ませたがろくな名前が思い浮かばない。

 そりゃそうだろう。

 さっきまで人生卒業しようとしていた人間に対して、コイツは何をお願いしているのだろうか。

 というか、コレは何なんだろうか。

 なんて、ボケッとする頭で口を開いた結果。


「保留で」


『……名称“保留”ですか?』


「いや、違……あぁ、もうソレでも良いか」


『良くありませんよ。唐沢様から提示された“保留”に対して、こちらから候補を提示します。ホリュウ、から“リユ”。もしくは“ユウ”は如何でしょうか?』


「あぁーそれじゃ、リユで。ユウはダメだ」


『……失礼いたしました。では、私は今後“リユ”。名称を登録します』


 そんな訳で、やけに感情が籠っていそうな電子音を垂れ流すゴツイスマホは“リユ”となった。

 それで、結局これは何なんだろう。

 ボケッと考えながら、スマホを覗き込んでいると。

 しばらく読み込み画面が続いたかと思えば、今度はズラッとアンケートの様な項目が表示されて来た。


『ゆっくりで構いません、一つ一つお答えください。貴方の今後に関わりますので』


「いい加減、説明をしてもらいたいな」


『良いではありませんか。小難しい話を聞くより、こうして単純な質問にひたすら答える方が、心が晴れるかもしれませんよ?』


「……俺を止めに来たのか?」


『ソレは貴方次第です。場合によっては、貴方はやはり自らを殺す選択をする可能性もございます。そして私には、その行為を止める術がありませんので』


「……あっそ」


 答えのない会話を繰り広げた後、リユは静かに俺がアンケートに答えるのを待っていた。

 第一問 貴方は社会に不満を持っていますか?

 イエス。

 第二問 それは社会が悪いと思いますか?

 ノー。

 第三問 社会が悪く無くとも、不満を持っている。それは何故ですか? 思うままに書いてください。

 社会そのもののシステムは多少問題があっても回っている。だとすれば、問題が無いわけでは無いが各個人の問題が大きい。

 しかし、狭いコミュニティではどうしようもない事もあるから。

 それは会社であったり、人間関係であり、社会そのものではないから。

 第四問 貴方は、何かを守るために生きていますか? 貴方個人の為では無く、誰かの為に生きていますか?

 イエス。

 第五問 その人、またはその人達を守る為に貴方は人を蹴落とせますか? 犯罪として扱われない行為で相手が蹴落とせる場合、更には金銭が得られる場合。貴方は他の誰かを犠牲に出来ますか?

 ……イエス。


 俺には妻と子供が居る。

 二人に金を残そうとして、死亡した際の保険を使おうとしていた真っ最中なのだ。

 そんなこんなで質問は続き、気付けば百は超えただろう。

 呆然としたままポチポチとスマホをいじっていれば日は陰り、スマホの明かり以外は真っ暗になっていた。


 第百六十四問 貴方は全ての人類を敵に回したとしても、戦えますか? それで貴方の大切な人が救われるというなら、貴方は戦いますか?

 ……イエス、だ。

 ご回答ありがとうございます。

 アンケートの結果を含め、最後に貴方自身を教えて頂きます。

 端末を耳に当てて下さい。

 回答して頂いた結果を含め、“アバター”が設定されます。

 初期アバターその物を今後設定変更する事は出来ません。

 ※後日ポイントを使用してカスタマイズする事は可能です。

 アンケートの回答を変更する場合、下の戻るボタンを押してください。

 ※質疑応答は最初からリセットされます。質問の答えによって、質問数は変わります。


「おい、コレで良いのか?」


『お疲れさまでした。回答の変更などが無ければ、そのまま私を耳に当てて下さい』


「今更全部やり直す気力なんてないよ」


 疲れた目元をグリグリと押しながら、呆れた声を上げてスマホを耳に当てた。

 聞こえてくるのは……ノイズ?


『おめでとうございます。貴方は、“プレイヤー”として生まれ変わります。是非、長らく生き残って下さいませ“唐沢 歩”様』


「おい、それどういう――」


 耳元から聞こえるノイズが大きくなって来たかと思えば、ブツンッと音がしそうな勢いで意識が途切れ掛けた。

 それこそ、気絶するみたいに。

 フラフラする頭、ひっくり返りそうな胃の中身。

 それらをグッと堪えながら、手に持っていたスマホを睨みつけてみれば。


『お休みなさいませ、“マスター”。次に起きた時はきっと、貴方は今までの貴方ではなくなっていますから』


 そんな声を聞きながら、微かに残った意識が闇の中に沈んでいく。

 あぁくそ、結局こうなるのかよ。

 俺の人生、結局最後まで誰かに搾取されて……それで。


『貴方は貴方です。しかし、“常識”という枠組みから外れた貴方は……どうなってしまうんでしょうね?』


「うる……さぃ」


『おや、まだ意識がありますか。これは期待大ですね』


「俺は……アイツらに、金を……」


『ご安心ください。貴方が勤めていた会社の給料など、そこらに転がっている紙切れに思う程の大金が手に入ります。それも、本人次第ですが。貴方は人生をリビルドする機会を手に入れたのです。ですから、今はお休みくださいませ。“マスター”』


 一体、何がどうなっているんだ。

 そんな思考を最後に、スマホを握ったまま俺は意識を手放したのであった。


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