第9話

「びぇへへへへ…。今度バラン様にお会いした時には、もう勢いよく抱き着いちゃおうかな…!いやそれとも、先に彼の家族と仲良くなって、既成事実を作ってからの方が良いかな…♪」


 見るに堪えないほどとろけた表情を浮かべるエレーナ。食事会の場でバラン伯爵に会ってからというもの、彼に対するエレーナの気持ちはそれまでよりも倍増してしまっていた…。


「うわぁ……。時間がたてば少しはましになるかと思っていたけれど、むしろ悪化しているような…」


「ルーク、お前もそう思うか…。さて、一体どうしたものか…」


 そんなエレーナの様子を見ながら、いつものごとくルークとエディンはうなだれている…。

 しかし口ではそう言う二人であったものの、かつてオレフィス第二王子と婚約関係にあった時のエレーナは全く幸せそうな様子を見せていなかったため、内心ではいきいきとしている今の彼女の事を嬉しく思っているのだった。


「あぁ、そういえばこんなうわさを耳にしたぞ。なんでもエレーナが王宮から出されてからというもの、第二王子の住む第二王宮では内戦のような様相を呈しているのだと」


「内戦?どういうことですか父上?」


「オレフィス第二王子にはカタリナという妹君がいただろう?王子はそれまで彼女の事を何よりも優先していたのだが、今や自分の婚約者であるイーリスの事を溺愛していて、カタリナの事をないがしろにしているのだと」


「なるほど…。カタリナにしてみれば、第二王子であり兄が変わらず自分に夢中であるなら、ありとあらゆるものを兄の権力を使って手にすることができるというのに、イーリスが現れたばかりにその計算がくるってしまったと?」


 王族であるとは言っても、カタリナ自身には全く権力は与えられていないに等しかった。だからこそ彼女にとって、第二王子である兄の権力はなにより重要なものだった。


「きっとエレーナを追い出すことで、カタリナは兄の心をつかむことができたと思っていたのだろう。しかし突然現れたイーリスに、それを横取りされてしまったと…」


「イーリスはどうやらあの日以降、まるで自分が王子にでもなったかのように振る舞っているらしいですね。人々の事を見下しては、「自分はオレフィス第二王子の妃となる人間だ、逆らうなら王子に頼んであなたの存在を消すぞ」などと言いふらしているらしいですし…」


 女神の力を持つエレーナを追放したことに端を発し、王宮内の様々な人間関係が不安定になりつつあった。それはきっとエレーナの力が影響していると思われるのだが…。


「しかしわからないのだ…。エレーナの体には女神の力が宿っていることには違いないのだが、一体どんな女神なのか…」


「えぇ…。たしかひとつ前の王の妃は、【豊穣の女神】でしたよね?」


「ああ。そしてその前が【久遠の女神】だといわれている。それ以前は詳しい情報がないから分からないが…」


 二人はそう会話をしたのち、エレーナの方へと視線を移した。バランのイラストが描かれたノートを見ながら悶絶する彼女の姿を見て、二人は再び大きなため息をついたのち、言葉を続けた。


「あ、愛の女神とかですかね…?」


「か、勘弁してくれルーク…。あれが愛の女神だったら、この国に住まうすべての恋人たちや夫婦になんと説明すればいいのか分からないぞ…」


 女神の力の有無は教皇によって判定され、そこに欠陥はない。しかしどのような性質の女神の力を宿しているのかまでは分からず、エレーナに関してもいまだに謎のままだった。


「ま、まさかとは思いますけれど……疫病神みたいな女神じゃないですよね…?」


「わ、笑わせるなルーク!そ、そんなはずがなかろう!!……」


 …手作りのバラン伯爵抱き枕を抱えるエレーナを見ながら、二人は震えを隠せないのだった…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る