第38話 勇者、快諾する。
思いもよらないラウルの一言に、ぱちくりと、目を瞬く俺。
「……え?」
ものすごく単純なことを言われたというのに、俺は一瞬、理解ができていなかった。
「だめ……でしょうか?」
「い、いや、そういうわけじゃねえんだけど、で、でも……」
ギルドを創るには場所も人も必要だ。それはわかっているし、当然、それらを管理する
小規模のうちは誰がやるんでも構わないだろう。しかし規模が膨らんでくれば業務も増えるし、片手間でやっていては冒険にも差し支える。どうしたって腰を据えてギルドの留守を預かる要員の確保が必要になるだろうな、とは思っていた。
とはいえ、現状金も人も不十分で、いつギルドを創設できるかもわからないような状態だし、その辺りを煮詰めるのはまだ当分先の話だと思っていたのだが……。
「この三百万ベニーを使って、僕はばあちゃんと一緒にこの酒場を再建します。そうしたら、酒場業務は僕たちが一手に引き受けるんで、アッシュさんたちは安心して訓練や冒険に注力してください」
「な……」
「それでもいいよね、ばあちゃん?」
ラウルが顔を覗き込むと、女将はそれはそれは嬉しそうな顔で目を細め、即答した。
「当たり前じゃないか。まあ、そうは言ってもあたしゃもう歳だからね。ラウルを手伝う程度が席の山だけども」
「充分だよ。ギルド経営が軌道に乗るまでは、空いた時間に店を一般開放して、前の顧客さんを呼んでもてなしたり、ランチ販売やらで資金を稼いだりするつもりなんだ。僕は料理はちょっと苦手だから、慣れるまでは料理が得意なばあちゃんがいてくれないと困る」
「そうかい。あたしゃ歓迎だけどもね……だども、びっくりしたねえ。まさかアンタがそんなことまで考えて、そんなことを言い出すなんてさ」
女将はラウルの成長を喜びつつも、えらく驚いているようだ。
ラウルが照れを隠すようにサッと顔を伏せると、すかさずシド先輩が口を挟んだ。
「そうそう。言うのは簡単だけどさー、あんた、聞いた話によると極度のコミュ障らしいじゃん。そんなんでマスターやるとか、大丈夫なん?」
ごもっともな指摘である。ラウルはシド先輩の圧にビビってビクッと肩を跳ね上げつつも、
「た、確かに人付き合いは苦手なんですが……その、ばあちゃんはなんか勘違いしてるみたいだけど、『苦手』なだけであって『嫌い』ではない……っていうか……」
と、マスター登用への揺るがない意欲を指し示すよう、彼はまごつきながらも必死に食らいついていく。
「むしろ『好き』なんです……。僕、ばあちゃんだけでなく、この店の常連だった冒険者さんたちにいっぱい可愛がられて育てられてきたし、ワクワクする冒険の話を聞くのも、冒険の書を読ませてもらうのも大好きだった」
「……」
「マスター業務の実務経験はまだないけど……でも、ばあちゃんに仕込まれた技術はちゃんと学習してるし、好んで片っ端から英雄譚も読んできたから、冒険に関する知識もそこそこある方だと思う。人と話すのだけは苦手だけど、そこは、少しずつ克服できるよう死ぬ気で頑張るから……だから……」
「ラウル……」
そういえば女将も言っていたっけ。『学校にも行かず、酒場に引きこもって本ばっかり読んでた』って。
俺は、自分の〝好き〟について早口で熱く語るラウルの表情を見て、ひょっとしたらコイツは、『学校に行きたくなかった』んじゃなくて、『学校に行くより大好きな酒場にずっといたかった』だけなのかもしれないと、なんとなくそんなことを思った。
「だから……どうか僕を、仲間にしてもらえませんか」
「……」
「僕も、冒険者の一員になりたいんだ」
懇願するように、必死に頭を下げるラウル。
女将は目を細めてその姿を見守り、シド先輩はというと、ゆさぶりをはね返したラウルの心意気に免じてか、肩をすくめて引き下がった。
「まあ確かに、マスターやってれば生き別れたっつー妹の情報が入ってくる可能性も増えるだろうからアンタにとっても得はあるだろうし、場所と人手が欲しい俺らにとっても万々歳な話だからウィンウィンだけどな……さて、どーする?」
きっと、軽率な俺の答えなんてもうわかっているのだろう。
シド先輩は口の端を上げて、わずかに笑っている。
俺は、こちらを見て一任するように頷いている王子やアリアを一瞥した後、その期待に応えるよう、即断した。
「んー。じゃ、せっかくだし、頼むとするか」
「……っ!」
「こちらこそよろしくな、ラウル」
俺のその一言で、ラウルはそれはそれは目を輝かせて、こくこくと頷く。
「よっ、よろしくおねがいひましゅっ」
「ぶっ。噛んでやんの」
俺が笑えば、やや涙目になっていたラウルは今日イチ嬉しそうな顔で白い歯を見せて笑った。
――かくして俺たちは、思いもよらない方法で『場所』と『
具体的な手続きのみを残し、ギルド創設への第一歩を踏み出したのである。
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