第31話 勇者、救われる。
◇
「うるあァッッ」
店を飛び出し、入り口付近にいた蛹型モンスターに片っ端から斬りかかる俺。
先ほどと同様、店の周辺には夥しいほどの数のモンスターが蠢いている。
いまだ慣れない真剣のため覚束ない剣捌きではあるが、俺は一体、また一体と、勢いのみで斬り伏せていく。背後の扉からは俺に続いてシド先輩が出てきて、ジャカジャカ弦楽器を鳴らしながら、あの破滅的なデスヴォイスで周りの蟲をドン引きさせている。役に立っているのか、立っていないのかよくわからないが、先輩のジャカジャカはなかなか効果的に俺の闘志を燃え上がらせている……ような気がする。
「三、四……っと!」
押し寄せる虫のうち、四匹目の蛹型モンスターを倒したところ、俺は、視界の端で怪しげな手印を組み、ブツブツと呪文のような何かを詠唱している術者の姿を認めた。
(あいつだ――!)
先ほど店にやってきた男の後ろにいた部下のうちの一人だ。木の陰で怪しい動きをしているアイツが蟲を操る術者であろうと直感で判断し、背後にいるシド先輩や、毒霧をばら撒こうとしていた王子に、通信機イヤカフを通じて合図を送る。
「王子、シド先輩、あそこ!」
俺の視線が指す方向を見て、二人は同意を示すよう素早く頷きを見せる。
俺は目の前の敵を切り伏せながら、つま先をソイツがいる方角へ向けた。
迫り来る巨大虫の攻撃をジャンプで躱しながら、木の陰まで接近する俺。あと少しで術者まで到達する……といったところで、ふいに俺は、足を止めた。
「……っ!」
入り口付近から離れ、木の陰にいる術者付近まで接近したことで、店の側面が見える位置に立っていた俺は、割れた窓から鍵をこじ開けて内部に侵入しようとしている黒髪の男の姿を認めた。
(あいつは……!)
女将の愛弟子であり、息子同然に育てられてきたという〝ラウル〟とかいう奴だ。
この騒ぎに乗じて、勝手知ったる者が店内に侵入中……とくれば、嫌な予感しかしない。
――土地の権利書が危ねえ!
俺は再び直感を走らせて、術者そっちのけでUターンする。
「あ、おい!」
「ちょ、コーハイくんどこに⁉︎」
入り口付近にいた王子やシド先輩は、いまだラウルの存在に気づいていない。
俺は押し寄せてくる巨大虫たちを切り伏せながら、通信機となっているイヤカフに片手を当てて速やかに報告した。
「王子、シド先輩! まずいっす、あのラウルって男が、あっち側の窓から店の中に……!」
「なにっ」
「え、マジ?」
だが――。そう伝えた矢先のこと、蛹型モンスターが吐き出した糸が、ものすごい速さで俺の左足を絡め取った。
「……!!」
あっと思う間もなく、視界が揺れて体が倒れる。
その瞬間を待っていましたと言わんばかりに、倒れた俺の元へ巨大虫たちがわらわら押し寄せてきて、次々と鋭利な尻尾を振り上げた。
「やべ……っ」
見上げた青空が俺を斬り刻もうとする鋭利な尻尾の数々で埋め尽くされ、ガチでやられる、と、強く目を瞑った。
ビュッと、風を切るような鋭い音が俺の鼓膜を掠める。
終わった――そう思いかけた俺のすぐ傍らに、ドサドサドサッと大量の硬いものが落ちた。
「……え」
恐る恐る目を開け、体のすぐ脇に落ちた物体を確認する。それは、俺を斬り刻もうとしていた蛹型モンスター達の鋭利な尻尾の数々だ。
根本から切断され、無惨な形で転がっている。
俺は影を辿るように視線を上げた。
「あ……」
そこに立っていたのは、血に塗れた長剣を握りしめ、赤く燃えるような髪を風に靡かせている、アリアだ。
「アリア……!」
いつ見ても不安になるほど華奢な体格で、長身揃いの俺たちの中で際立って小柄な
「剣の振り、下半身の落とし方が甘ぇんだよ。素振り5000回からやり直せ」
「開口一番それ⁉︎ つか、いつから見てたんだよ⁉︎」
「うるせー。向こう側からこっちまで、慣れない体で敵を薙ぎ倒しながら来てやったんだ。間に合っただけでもありがたく思え」
アリアは俺の足首に巻き付いていたモンスターの糸のようなものを剣でぶった斬りながら、皮肉めいた口調でそう吐き捨てた。相変わらずの口ぶりだが、先ほどまでの落ち込みはどこへやら、どこか吹っ切れたような顔にも見える。
俺はホッと胸を撫で下ろしつつ、奮い立ったアリアの気概を受け止めるよう立ち上がった。
「おう、マジで助かったわ」
「ここは俺が引き受ける。お前は早く、ヤツを追え!」
今のアリアには迷いがない。ヤツはそれだけ言って俺に背を向けると、「うおおおッ」という気迫のこもった雄叫びと共に、勇猛果敢にモンスターの群れに飛び込んでいった。
戦場に赤い髪とモンスター達の鮮血が舞う。『紅き騎士』の名に恥じない堂々とした剣捌きで、周辺の敵を片っ端から一網打尽にし始めるアリア。いやまじで剣を握ってるアイツ、イケメンすぎるんだが。
「悪い、すぐ戻る!」
だが、のんびり見惚れている場合でもない。俺はその場をアリアに託すと、急いで店内に侵入していったラウルの後を追いかける。
途中、別方向から巨大虫たちがワラワラと押し寄せてきたが、王子が毒霧を放ってくれたおかげでなんとか混戦を回避。
「王子!」
「ここは俺の毒と、我が国が誇る『紅き騎士』に任せておけ」
「……っ」
アリアの背中を信じるよう、そう呟いて力強い笑みをのぞかせる王子。
やはり王子は見限っていたわけではなかった。アリアのことを信じ、その活躍をただ静かに待ち侘びていたようだ。
「行け!」
「うっす!」
王子の掛け声に背を押されるよう、俺は全速力でその場を駆け抜け、ラウルが入っていったものと同じ窓から室内へ飛び込んだ。
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