第26話 勇者、チンピラにチンピラ扱いされる。

 ◇



 ――ガンガンガンガンガンガン。


「おーい、マゼンタさ……」


 不躾に扉を叩く喧しい騒音とがなり声を、弾き返すように扉を開ける。


「ん〜?」


 扉の前に立っていたのは、いかにも治安が悪そうな、無精髭に引っ掻き傷とタトゥーのある強面顔の男で、その後ろには彼の部下だろうか。五、六人の武器携行者の姿がある。


「なんか用っすか?」


 だが怯まない俺は、すっとぼけた声で首を傾げて問うた。


「なんだお前。妙にいけ好かねえガキだけど……またあのばーさんが呼んだ助っ人かァ? その制服きてるってことは、職訓シニセの訓練生だよな?」


「そんなのどうだっていいだろ。何か用があんなら俺が聞くけど」


「はぁ? お前があ? 笑わせんな。お前みてえな雑魚に用はねえ。とっととばーさん出しな」


「女将さんはいない」


「嘘ついてんじゃねえ! あそこっからこっち覗き見てんだろ⁉︎ 杖やでけえ腹と尻が見えてんだよ!」


「腹がでかいだの尻がデカいだの失礼なヤツだな……。だったらなんだよ? いいからさっさと要件言えよ」


 開き直る俺に、男は舌打ちを落とした後、深く息を吐き出してからわかりきっていた回答を述べた。


「決まってんだろ。早くこの店の権利と土地を引き渡せっつってんだよ。この店をどかさねえと、カジノの建設が進まなくて困んだよ」


「その話なら女将さんが断ってるはずだが?」


「ああ? 聞こえねえなあ? 身内もいねえ、客もいねえ、老い先短ぇばあさんの意志なんかどうでもいいんだよ。ヴァリアントの将来のために、俺らがばあさんの資産を有効活用してやるってんだ」


「頼んでねえし。それに、そもそもこの界隈の店の客を根こそぎ奪って、あちこちを廃業に追い込んだのはアンタ達なんだろ」


「人聞きの悪いこと言わないでもらっていいですかねえ。俺らはあちこちの店にアドバイスしてやっただけだぜ? 『この辺は最近、気温や水質の変化でが湧きやすいから他の土地に移った方がいいんじゃないか』ってね。対策を怠った奴らがそこかしこを害虫に食い荒らされて、店を再建できずに勝手に出て行ったってだけの話だろ?」


 詭弁を弄してにやにやと笑う男たち。


 いくら騙されやすい俺でも、この笑いが俺を馬鹿にしていることぐらいわかる。


「だーかーら。どうせその害虫だってお前らの仕業なんだろ! とにもかくにも、アンタらなんかにこの店は絶対に渡さねえから帰れよ!」


 腰につがえた剣に手をかけ、メンチを切るように男を睨み上げる俺。


 今まで実戦で真剣など使った試しはなく、あくまで威嚇のための構えではあったが、いざとなったら本気で斬り合う覚悟ぐらいは持っていた。しかし、思いの外、その男はわざとらしい驚きの顔でハンズアップし、紳士を装った態度でこちらを制す。


「おいおい、まさかこんな街中で武器を抜こうだなんて、そんな頭の悪いことはやめてくれよ?? 俺らはさァ。こう見えても今や冒険者業界を牽引する〝優良〟企業で、基本はジェントルなわけよォ。斬り合いだなんて野蛮なこと、とてもとても」


「ぐっ。さっきまでと態度ちげえし、んな、いかにも喧嘩が好きそうな顔で武器まで携行してるくせによく言うぜ……」


「これ? これはさァ護身用だよ護身用! いやあ。最近の若いモンは喧嘩っぱやくて敵わないなあ」


「……」


 む、むかつく……。


 いかにもチンピラっぽいヤツにチンピラ扱いされるこの理不尽さよ。


 苛つきが止まらず衝動で剣を抜きたくなるが、ここで牙を剥いてしまったら奴らの思うツボだ。正当防衛を主張され、有る事無い事誇張吹聴されて、完全に悪者扱いされること必須。そうなったら女将さんの店の立場が余計に悪くなってしまう。俺は込み上げる怒りをグッと堪えた。


「じゃあどうしようってんだよ? 話し合いするったって絶対にまとまるわけが……」


「もちろん最後まで真摯に話し合ってまとめるつもりですよー、こっちは。……ま、こんなに気勢のいいガキがいるだなんて思ってなかったし、今日のところは挨拶だけで引き上げて、後日改めるけどな?」


「えっ」


 偽善的な笑みを浮かべたかと思ったら、妙にあっさりと手のひらを返すその男。


 そりゃ確かに『帰れ』とは言ったけど、まさかそんなにあっさりと引き返すとは思ってなかったんで、俺はもう、アホみたいに拍子抜けしてしまった。


「ちょ、ま、マジでもう帰んの?」


「帰れって言ったのはそっちだろ? まあ、ばーさんの気が変わるまで何度だって通うつもりだがな」


「あー……いや、もう二度とこなくていいっすお疲れ様でしたハイさようなら」


 いずれにせよ帰ってくれるならそれでいい。奴のセリフを遮って扉を閉めようとしたら、足をガッと挟まれた。


 なんだよ、まだなんかあんのか……と、忌々しげに細い隙間の先にいるソイツを睨みつけると、そいつはニヤけ顔のまま、無理やり扉をこじ開けて言った。


「いやいやまた改めて来るってえ。……そうそう、それはそうと」


「……なんだよ?」


「さっきも言ったけど、『害虫』にはマジで気をつけた方がいいよォ? 最近の虫はタチが悪くてねえ。下手したら建物だけでなくあのばーさんまで喰っちゃうかもしんねーから」


 よくわからない助言と皮肉めいた嘲笑を置いて、「じゃあ」と店を後にする男たち。


 後ろにいた部下のような男たちも、そいつに続くように踵を返して歩き始める。


 マジで帰るらしい。予想外の展開にポカンとして俺がその場に突っ立っていると、


「ラ、ラウル!」


「あ、こらばーさん!」


 ふいに背後で家具の陰に隠れていた女将が、呼び止めるような声を張り上げた。


 シド先輩が服の裾を捕まえて引き留めてはいるけど、今にも飛び出しそうな勢いで奴らの部下連中のうちの一人に、悲痛な視線を送っている。


「……」


 視線を受けた男が、一瞬、足を止めて女将さんを見た。


 歳は俺と同じぐらいだろうか。色白の黒髪で目の下にはクマがあり、見るからに不健康で陰気そうな顔とヒョロっこい体格をしている。彼は藍色の三白眼で女将さんや俺を冷ややかに睨みつけた後、ギリ、と奥歯を噛み締めた。しかし何も言わずにそのままフイッと顔を背けて、無言で上司と思しき男の後をスタスタと追いかける。


「ラウル……」


 嵐が過ぎ去った後のように静まり返ったオンボロのホールで、女将さんは届くことのない呟きをこぼし、悲しそうな目を伏せた。



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