第2歩目 勇者、職業訓練校に入校する
第9話 勇者、いざ入校。
◇
バロニア大陸の中部に位置するヴァリアント城。城の周辺には北に王国魔法団、南に王国騎士団の拠点エリア、東や西には貴族や王族の住まう上流エリアが広がり、その段下となるドーナツ状の領域に城下町ジャイロは存在している。
「すげー。西ジャイロって初めて来たけど、酒場のおっちゃんがいる東ジャイロとはなんか全然雰囲気が違うな」
今、俺がいるのは、おっちゃんの酒場がある商業エリアとは反対側にある、西ジャイロと呼ばれる領域。この辺りは住居の他、スクールや図書館など学問の施設も多く、活気のある商業エリアとは違って、妙に穏やかで澄んだ空気が流れている。……ような気がする。
だってほら、ところどころヴァリアント王国の紋様を思わせるオブジェのような街灯や欄干がお上品に配置されていたり、家々や建物の作りは妖精さんやドワーフさんでも住んでいそうな小洒落たデザインになってる気がするし――俺にそう見えてるだけかもしれないが――、また、張り巡らされた階段の合間には、美しい音色で鳴く虹色の小鳥や、オレンジ・紫・青といった視覚を潤す幻想的なバタフライまでもがふわふわと優雅に飛んでるし。
田舎暮らしの俺からすると、なんか異世界って感じだ。
「まあ、この辺りは腕力というより学力で上流エリアを目指す人間が多く住んでいるからな。商業や流通に忙しない東に比べると静かだし、時間の流れも穏やかに感じるのかもしれん」
長い足で階段を登りながら、変装を施した王子が律儀に答える。変装つっても、外套のフードを深く被って黒マスクをしてるだけだけれども。
「ふーん。なんとなくわかる気がする。なんつうかこう……気後れするし、もうちょっとマシな服着てくるんだったな」
急に自分の普段着姿が見窄らしく思えてきて、俺はワシワシと頭をかく。マシな服と言ったって、動きやすくて穴のあいてる服ぐらいしか持ってねえんだけどな。
王子は街中にある移転装置に乗りながら、俺の不安を払拭するように言った。
「訓練校には専用の制服がある。心配はいらん」
「え、まじ⁉︎ 制服あんの⁉︎」
「ああ。俺が今着ている服もそうだ。選択するコースによって多少デザインも変わる。好きに着こなすといい」
「マジかー。いやマジかー」
目をキラキラと輝かせる俺。王子が今着てる服――制服の上にフード付きの外套を羽織っている――、なんかやたらカッコいいと思ってたけど制服だったのか。
そもそも俺は、制服っつーもんに憧れていた。ヴァニラ村にも稀にいたんだよな。制服着て他地区にあるちょっと上級なスクールに通ってるようなイケてる奴。学校に通えなかった俺は、いつもそれを羨望の眼差しで見ていたっけ。
そんなことを思いながら王子の傍に立ち、ドアを閉める。王子がスイッチを押すと、移転装置は緩やかに光って、俺と王子の二人を町外れの一角に飛ばした。
目の前に現れたのは、王国旗の掲げられた古めかしい建物。左右には学び舎と思しき棟が二つに、その奥にはグラウンドとドーム状の施設が見える。周囲に民家はなく、柵をこえさえすればそこはもう西ジャイロの外。読んで字のごとく、ここは町の外れというわけだ。
「ここが訓練校の学舎だ。俺はこれから講義があるから同伴はできないが、手続きを済ませたら一旦宿舎へ行って荷物を下ろすといい。受付の者には話をつけてある」
「うす。ありがとうゴザイマス王子」
「敬語。呼び方」
ジロリと睨まれ、俺は慌てて言い直す。
「あ。えっと……あ、ありがとう、イル」
王子相手にタメ語とか変な感じしかしない。しかし王子は満足そうに頷くと、ヒラヒラと手を振って長い外套の裾を翻し、颯爽と学舎棟の方へ消えていった。
俺はその背中を見送った後、受付があるらしい中央建物を見る。高まる緊張。はやる鼓動を抑えるよう深呼吸する。
(この推薦状さえあれば面接や試験はないっつってたけど……老舗っつうことは、昔気質で堅っ苦しい教官とか職員がいるイメージだし、なんかすげえ緊張すんな)
考えれば考えるほど身構えてしまい表情が硬くなってしまうので、緊張を解すよう、深呼吸の合間にヴァニラ村に残してきた弟たちの顔を思い浮かべる。
結局、王子が用意すると言い張って聞かなかった弟たち専用の『最強の布陣』とやらは断った。メーナおばちゃんもいるし、念の為の家政婦さんの手配と、村を定期的に巡回する警備団の配備だけをお願いした。
それだけでもなんだか申し訳ない気もしたが、全く何もせず、それが気がかりになってしまって訓練が疎かになるのも逆に良くないかと思い、最低限は頼ることにしたというわけだ。
(早いところ冒険者免許を取って、人の役に立つことをして、借りを返していかないとな……)
(緊張なんかしてる場合じゃねえな。よし……)
その決意を新たに、俺はきりっとした顔を上げると、勇んで訓練校の扉を開けた。
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