真夏の契約

岡豊泉寺

第1話 プロローグーーDIFと人工島

「諸君、この半年間よく頑張った。全ての課程を修了したことで、諸君はこれからこの街で五年間過ごすこととなる。その中で、自分の力にあった職業を見つけて生活して欲しい。ただし、己の力に過信してはいけないぞ。この街は群雄割拠な場所だ。諸君を遥かに超える力を持った者たちが、それぞれの場所で息をひそめている。彼らの機嫌を損ねてしまえば、すぐに淘汰されるだろう。だからこそ……うん、話が長い? 分かった。それでは諸君、ここから巣立っていくがいい。諸君らがDIFとして、長く生活できることを祈っている」

 話が終わると同時に半年間、彼らの行動を制限し、彼らを守る盾だった閉ざされし門が今、ゆっくりと音をたてて開かれた。

 耳に届く喧騒の音。

 駆け抜ける様々な自動車。

 辛く厳しかった世界から解き放たれた若き鳥たちは、歓喜を上げながら次々と鳥かごから巣立っていく。

 半年に一度見られる風景を、感慨深く眺めていると、見目麗しい女性が近づいてくる。

「市長、次の場所へ移動の時間です」

「分かった。亜里沙君、この後の予定は?」

「この後は、新しくできたノースエリアの施設を見学。お昼休憩を取った後、エリアリーダーとの会合です」

 歩きながらも秘書の片倉亜里沙かたくらありさは、手帳を見ながら今日の予定をすらすらと伝えてくれる。

 彼女の仕事に対する姿勢はまさに秘書の鑑だ。もう一人の秘書に、彼女を見習ってもらいたいが――そんな希望は捨てておこう。

「分かった。あっ、ところで、彼は私の依頼を承諾してくれたかな?」

 用意された車へ乗り込もうとした時、思い出したように亜里沙へ尋ねる。

「渋っていましたが、最終的に折れました。明日か明後日には、東京へ行くでしょう」

「そうか、そうか。彼なら、私の期待に応えてくれるだろう」

 満足しながら車の後部座席へ乗り込み、亜里沙の運転で次の目的地へ向かう。

「おっ、さっそく暴れているよ」

 車窓からは、拳に炎を纏わせた金髪の男性と、右腕を鞭に変化させた高身長のメガネの男性が互いに攻撃を放っているところだった。

 勝負の行方は気になるが、残念ながら車はそのまま通過してしまった。時間が迫っているので仕方ない。

「三月が終われば四月が来る。時が流れるのは早いな」

 この街、ニューライトブルーシティーが建造されてもう十二年になる。

 初めの頃は、明るく賑やかで笑顔の溢れる場所なんかではなく、殺伐と狂気が渦巻く荒廃した鉄の島の中で、力と力がぶつかり合う弱肉強食の世界だった。

 それも全て十三年前の、『真夏の悪夢』と呼ばれた悲しい事件。

 街一つが消滅した直後、まるで天が悲しんでいるかのように、世界中に降り注いだ流星群を皮切りに、人知を超えた特殊な力を手にした者が次々と確認された。

 まるでフィクションから出たような力だったため、人は彼らをDIF(Dimension Imaginary Force)と呼ぶようになった。

 そう、世界が否応なしに変わらざるを得なくなった出来事だ。

 当初はDIFの力で、世界の経済は向上し、枯渇しかけていた資源は潤い、エネルギー不足は解消され、環境は少しずつ回復していったことで、彼らは世界から称賛された。

 その一方で力に溺れたDIFが、無関係な市民にその力を振るってしまう事件がいくつも起きる。その結果、人々が彼らに対して恐怖を覚えるのもそんなに時間がかかることはなく、さらに増え続けるDIFにやがて、反DIF運動が世界で起こり始める。

 この状況に危機感を抱いた世界の首脳陣と、始まりの九人と呼ばれるDIF側の代表が話し合いを行った。

 DIFたちが安心して生活できるようにすること。

 人間とDIFが安易に接触しないようにすること。

 その力が世界の平和を脅かすことのないよう監視すること。

 この三つの事柄が守られるよう互いに話し合っていくが簡単に案は出なかった。

 いい案が見つからず、このまま無駄な時間が流れるのかと思われた時、ある国が一つの提案を出した。

 それはDIFを隔離できるようにするためには、海に人工島を造りそこに移住すれば問題ないのでは、というものだった。これには海に面している国家が反発したが、代わりにその人工島はその国家の領土にしてもよい、と他の国家が許可したので渋々ではあるが、自分たちの排他的経済水域内に人工島を開発することで合意した。

 これにより、世界のDIFは近場の人工島へ移動し、そこで住むことを余儀なくされてしまった。

 今でも思い出すこの人工島で誰がリーダーとなるかを決める時、我の強いDIFたちばかりだったため、もめにもめ一触即発の事態に陥るが、当時の始まりの九人の一人が現れ、言うことを聞かない連中を完膚なきまでに倒し、私をリーダーに指名した。

 戸惑いはあったが、DIF最強の一角に「やれ」と言われたら、「喜んで」としか返答できないだろう。

 後で聞くと、他の人工島もここと同じようになっており、始まりの九人が介入したことで速やかにリーダーが決まったとのことだった。

 一度まとめ役が決まったならば、後は思いのままDIFの力を遺憾なく発揮するとどうなるのか、そんなものは目に見えていた。人工島は一年足らずで世界の主要都市と遜色ない独自の巨大な都市を作り上げ、一気に経済が発展していくことなった。

 この経済の波に経営者が乗らないはずもなく、様々な企業が人工島へ進出した結果、莫大な利益が生まれる。さらに人工島を受け入れた海洋国家は、収益の一部が国に入ったことで国益はうなぎのぼり。

 もちろん、このニューライトブルーシティーも例外ではなく、色んな企業のお陰で発展しておりますよ。

 人工島を発展させた功績はもとより、便利でメリットの方が多いDIFになりたいと思うのは当然であり、人々はこぞって人工島へ住みつき次々とDIFとなっていった。『真夏の悪夢』と言われていた悲惨な事件は、人類を新たなステージに押し上げたということで、いつしか『真夏の契約きせき』と呼ばれるようになった。

 DIFしかいなかった人工島も今では、普通に人間が行き交う姿が見られる。ニューライトブルーシティーも、商業・観光施設が密集しているノースエリアは、活気に満ち溢れ、陽気な声が絶え間なく聞こえている。

 今年も収益が楽しみだ。

 ただ光あれば影もある。

 人工島になじめなかった者は人知れず世に放たれ、独自の組織を作ったり、己の力を悪事に使い優越感を浸る奴らが出てきた。

 現に人工島からあぶれたDIFが、いくつもの犯罪者組織を運営しており、彼らの手で何人の要人が暗殺されたことか分からない。

 ただし、そんな組織もこの世界を守護する者たちの前では、一瞬で消滅させられるのだが――。

「市長、着きました」

 美しい街並みに思いをはせていたら、目的地に着いたようだ。

 ドアを開け外へ出ると、清らかな風が前髪を揺らす。

「さぁ、行こうか」

 ニューライトブルーシティー市長、青山龍太郎あおやまりゅうたろうは今日も忙しなく己の職務を全うするのであった。



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