第3話 シキ・アキト

ーー 平成○○年 三月二十日 春分の日 ーー


 午前十一時二七分


 私の名前はシキ・アキト。

 新潟県在住、二十六、会社員。


 家族は両親、弟、妹と私の五人。両親と私は三人で実家暮らし。

 私も弟も妹も結婚はしていない。父方の祖父母は二人とも他界。母方の祖父母は二人とも遠方で叔父家族と同居。


 父はシロウ、五十二、地方公務員。

 母はナツコ、四十八、専業主婦。

 弟はトウジ、二十三、県外で会社員。

 妹はハルカ、二十、都内の大学生。


 今日は三月二十日、春分の日で祝日。家族五人は全員休み。


 弟は有給と祝日の連休が取れたようで地元の友人と昨夜遊ぶために実家に帰省。

 夜通し飲んで遊んで、今日の夕方には向こうに戻ると言っていた。


 妹は大学の春休みで実家に帰省中。大学を楽しんではいるようだけど、ストレスも溜まっているようだ。

 実家にいる間は、両親や遊びに来た地元の友人とずっとおしゃべりに夢中だ。


 父と母は妹が帰省しているのが嬉しいのか、笑顔が絶えない。


 煙草を買い足すためにコンビニまで行こうとしたところで母と妹に捕まり、ディスカウントスーパーまで車を出すことになった。


 今頃、父は家庭菜園の手入れを切り上げ、弟はそろそろ起きた頃だろうか。


 母と妹が、あれもこれもと買い漁って、ワンボックスタイプの車の後ろが一杯になっている。

 今はその帰り、家に一番近い交差点の赤信号で停車中。


 祝日のいなか道だからか、後続車も対向車もいない。


 ……ここまでの記憶も意識も正常なはずだ。


 少し厚手の服の上から腕をつねる。痛い。正常……だよな? 夢じゃない。


 後部座席の母と妹を見ると、私と同じように呆然としながら何かに耐えるような表情をしている。

 耳を塞いでみたり、車の外に顔ごと視線をさ迷わせたりしている。


「母さん、ハルカ。これ……地球の声……だよな……」


「お兄ちゃんも!? お母さんも聞こえてる? ……やっぱり地球の声……だよね?」


「アキト、ハルカ、私にも地球の声が聞こえています。怖いわね……アキト! 信号青! 家まで急いで!」


「わかった!」


 地球の声ってなんだよ! 進化? 祝福? 試練? 嫌な予感がする。


「お母さん! 空が!」


「なによこれ……」


「母さん! ハルカ! 地震だ! 揺れがでかい!」


 車を運転していると軽い地震なんかは気が付かないんだけど、走行中の車で揺れを感じるなんてヤバイ。

 しかも揺れが強くなっている。フロントガラスから見える範囲でも木々や電線、近所の家が大きく揺れている。


 空は晴れているのに光って更に明るくなってくるし、地震は強くなってくるし、地球の声は止まないし、なんなんだよこれ!?


 かなりゆっくりと車を走らせているが、地震の揺れでハンドルが取られそうだ。

 停車した方がいいか? でも、家まではもうすぐなんだ。


 混乱してはいるけど、自分より混乱して後部座席で騒ぐ母と妹の存在で落ち着いてくる。


「母さん! ハルカ! ヤバかったら車止める! でも、父さんとトウジが心配だから家まで走る! どこでもいいから掴まって! 舌噛まないでよ!」


「お兄ちゃんわかった! お母さん!」


「アキト! 判断は任せます! 気を付けて!」


 なんてかっこつけてみたものの、家は目の前だ。

 敷地内の駐車スペースは、地震でカーポートが崩れかねない。


 家から近く電柱や近所の建物から離れた、なるべく車が傷つかない場所に停車する。

 まだ車のローンが残ってんだよ!


 停車したことで地震の揺れが更に強く感じられる。

 っていうか揺れすぎだろ! 車が跳ねてんじゃねぇか! いい加減収まれよ! 地震長すぎんだよ!


 その間にも地球の声は収まらない。

 わずかな怒りを感じる声が、自分に向けられていないとわかっているのに身がすくんで動けない。


 新しい地とか海とか空とか生命とか意味がわかんねぇよ! 生きろじゃねぇよ! 言われなくても生きるわ! 絶賛生きることに必死になってる最中だわ!


 車から出ようとするが、強烈な揺れで動けずにいると、ついに隣の家が崩れ始めた。

 後部座席からは、母と妹の悲鳴が聞こえる。


 あそこの家は空き家だったけど、小学生の頃は何度か遊びに行ったことがあった。


 家屋の倒壊を横目に見ながら、日常も崩壊しているような気がした。


 周囲からなにかが崩れる音が聞こえる。

 見える範囲の電柱が、折れたり倒れたりしている。


 あ……待て、待ってくれ……やめろ、やめてくれ……


 まだ父さんとトウジが、そこにいるんだ。


 後部座席から、母と妹の悲鳴が聞こえる。


 目の前の我が家が崩れるのを、見ていることしか出来なかった。

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